104「この子本当に護衛なのか?」
そろそろ冬。だいぶ肌寒くなってきた。ノイレンたちがカンタラに滞在してひと月が経つ。ノイレンは毎日隊商の商人について市へ行き客寄せパンダをしていた。ノイレンのダンスを見た隊の商人は皆「この子本当に護衛なのか?」と疑問を持った。それだけ客寄せパンダが板についていた。そして市への行き帰りにノイレンは毎度キョロキョロと”お上りさん”に。隊の商人たちはそれにも違う意味で同じ疑問を持った。
「よく飽きないね。ここは昨日も通ったよ。」
「そうなんだけど、ほらあのパン屋、昨日はあんな形のパン置いてなかったよ。」
「そうだっけ。ノイレンはよく見てるなあ。」
「お店に並んでるのを覚えんのは得意なんだ。食べ物だけだけど。」
ノイレンは人差し指で鼻をさすった。ホームレス時代の"杵柄"が好奇心をくすぐるのに役立っていた。
「そういえばさ、ここんとこライラ見かけないけどどうしたの?」
数日前から彼女の姿が見えない。
「ああ、ライラなら今別働隊と一緒にジーナに行ってるよ。」
「ジーナ?」
「ここから東へ二日行ったところにある港町だよ。大きな海が目の前に広がってて眺めのいい町なんだ。そこの海産物が上等でね、西では高値で売れるんだよ。もちろんこの街でもそれらは手に入るんだけど、現地で仕入れるほうが安くてね。ライラはその護衛でいつもあっちまで行ってる。」
「へえ。」
そんなことは全く聞かされていなかったノイレンは少し不満そうに相槌を打った。
『そのジーナて町に行ってみたかったなあ。どんな面白いもんがあるんだろ。』
このカンタラでも見るもの聞くもの全てが珍しく、ワクワクが止まらないノイレンは見知らぬ港町や、見たことのない海にうしろ髪を引かれた。
「あと数日もすれば戻ってくるよ。そしたら僕たちも西に帰る頃間だ。」
「え、もう帰るの?」
「当たり前じゃないか。僕たちは行商で飯を食べてるんだから、いつまでもここにいるわけにはいかないよ。」
「それはそうだけど、わたしこの街のことまだ全然見てない。」
「何を言ってんの、毎日あれだけキョロキョロしてるくせに。それに夜な夜な出かけてるでしょ。みんな知ってるよ。」
「あれは酒場でダンスしてるだけだ。昼間はずっとみんなと市場にいるじゃんか。帰る前にあちこち見て歩きたいなあ。」
ノイレンが口をとがらせると商人は彼女の目を見たまましばし考えた。
「ノイレンの”パンダ”にはだいぶ世話になってるし、アミランに話してあげる。」
「ほんと?」
「期待しないでね。」
「やった!」
翌朝早くノイレンは馬に乗って隊商宿を飛び出していった。
ここのところ市場と酒場の往復だけだった馬さんの足取りがとても軽やかだ。
「さあて、どこ行ってみっかな。お前たち行きたいとこある?」
馬さんと馬さんの周りを戯れるように、尻尾を振りながらついてくるわんこたちに訊いた。
「ぶひん。」「わんっ。」
「よし次の角を曲がるんだな。」
当てずっぽうに馬さんやわんこたちの気の向くままに角を曲がったり、時にはノイレンが美味そうな匂いに釣られて吸い寄せられていったりと、カンタラの街歩きを楽しんだ。
「お、あれなんだ?」
「ひゃあ、すげえ。」
「美味そうだな、みんなも食べるか?」
まったく懲りずに"お上りさん"だ。通りすがる人たちがくすくす笑いながらノイレンを見送った。
とある露店で売っていた菓子の甘そうな匂いに引き寄せられた。一口大の丸い形をしていて、周りがゴマだらけの怪しげな菓子。黒くて甘い練り物がそのゴマだらけの生地に包まれていて、食べてみると今まで味わったことのない美味さだった。
「店の人アンコって言ってたよな。東方には珍しいもんがあるんだな。これ豆の味もして美味いな。」
丸ごと口に入れ、頬を膨らませながらモグモグした。馬さんやわんこたちにもあげると喜んで食べた。
「ねえ、これってどのくらい日持ちするの?」
初めて食べたあんこの美味しさに、キニロサまで持って帰りたくて店の人に訊いてみると、「今日中に食べないとだめだよ」と残念すぎる答えが返ってきた。
「全然ダメだな。仕方ない帰ったらサフィアに自慢してやろ。アイツ東方のもの好きだから悔しがるだろな。」
ノイレンはサフィアの反応を想像してイタズラっぽく笑った。
「みんな、あっちに行ってみよう。」
食べ終わるとぴょんと鞍に飛び乗り指さした。
「ひひん。」
馬さんはひとりでに歩き出した。しばらく進んで、地元の人たちが集う市場を抜けると、通りの向こうから仰々しい一行がやってくるのが見えた。立派な馬車に誰か乗っている。よくみるとローブを目深に被っていて顔は全く見えない。その隣にどこかのお屋敷の執事らしい、パリッとした服装の男性がいる。さらに馬車の前後には護衛らしい騎馬が二頭。
「何だありゃ。」
ノイレンは馬さんを止めて通り過ぎていく一行を眺めた。
「あんた"お上りさん"かい。ありゃ占い師の星先生だよ。」
そばにいたおしゃべり好きそうなおばさんが教えてくれた。
「占い師?」
「先生んとこは代々占い師の家系でね、昔からよく当たるってんでこの街じゃ知らない人はいないよ。あれに乗ってるのは若先生さ。隣にすました顔のおっさんが乗ってるの見えたかい? この先にある街のお偉いさんのお屋敷に呼ばれたんだよ。」
「へえ、」
「若先生も大先生と同じで上は皇帝陛下から各地の領主様やその取り巻きに引っ張りだこさね。なかには大学の先生でも頼ってる人がいるくらいさ。」
「すげえな。」
遠ざかっていく馬車を見送ってノイレンは手綱を波打たせた。
数日後。ライラたちが港町ジーナから戻ってきた。
「おみやげなの。」
久しぶりに顔を合わせたライラはカラカラに干された魚を一尾ノイレンにくれた。
「あ、ありがと。これどうやって食べるの?」
もらったはいいが食べ方がわからない。するとライラは剣を抜いて刃を裏返すと峰で魚を叩いてほぐした。
「こうするの。とても美味しいの。」
そしてほぐした身の皮をはがすとノイレンに差し出した。
「あーんして。」
「自分で食えるよ。」
ノイレンは恥ずかしくてトンビが食べ物をさらっていくように素早くライラの手から取ると自分で口に入れた。
「む、美味い。」
「でしょ。」
ライラはとてもご満悦な笑顔でノイレンを見た。その目が糸のように細くなっている。
「私もこれ大好き。いっぱい買ったの。」
「いいなー、ね、わたしにも少し譲ってよ。」
うんいいよ、という返事を期待したがそれとは裏腹にライラは口をつぐんだまま黙っている。そこでノイレンは彼女がほぐしてくれた身を一つまみ彼女の口元にすっと差し出した。
ぱくっ。
一瞬にしてノイレンの手から消えた。
「しかたない、少しなら譲ってあげるの。」
「やったね。」
「少しだけなの。」
ニンマリしたノイレンに釘を刺すかのようにライラはもう一度念を押した。
別働隊が戻ってきた翌朝、一行はカンタラの街を出てキニロサへの帰途に就いた。
「今回はいつもより長居したからキニロサに着くのは四月になっちまうな。」
隊列の中ほどの御者台に座っているアミランはその横を並行しているノイレンに呟いた。ノイレンはすっきり晴れ渡っている大きな空を見上げた。十二月をもう十日も過ぎている。年末が近い。大きな空のその遥か西の彼方、そこにいる人々に思いを馳せた。
『帰ったら行くからね。』
今彼女の目に映っている澄んだ青い空はどこまでも続いている。地平線の向こうに目を凝らした。
キニロサに戻れば次の旅の準備と、東方で仕入れた品の売買のため三ヵ月の猶予がある。その間にノイレンはシェヒルに顔を出しに行くことになっていた。もっともそれは父のカーツォと顔を合わせたくないサフィアの代わりに報告と、書類などをあれこれ本部に届けるためにだ。
「アミラン、年越しはどのあたりになりそう? どこかの街か、それとも野営か。」
「どうした、なにか気がかりでもあるのか?」
「いやそうじゃないけど、」
「そうだな、この調子でいけばジークの町あたりで年を越すことになるだろう。」
ジークとはカンタラがあるこの国と隣国の境にある小さな町だ。キニロサまではそこからさらに数国、国境を跨がねばならない。
「ジークか。あそこ食いもんは美味かったけど、なんかやたらと臭かったな。」
「はっは、あれは線香の匂いだ。ジークはここの国教の中心地だからな。」
「センコウ?」
「わしらの国のお香みたいなもんだ。この国の人たちはそれを焚いて神に祈りを捧げたり、死者を弔っとるんだ。」
「そうなんだ。そりゃちょうどいいかも。」
「なんだ?」
「いや、なんでもない。」
ノイレンは馬さんのタテガミを見ながら人差し指で鼻をさすった。その時ラバ車の反対側にいたライラが勢いよく馬を駆って飛び出していった。
「ライラ?」
「盗賊だ! ノイレン行け!」
御者台から身を乗り出すようにして隊列の先頭を睨んだアミランが叫んだ。見ると先頭のラバ車がいるあたりに土煙が立ち込めていた。ノイレンも馬さんの腹に拍車をかけ急行した。そのうしろをわんこたちが全速力で追いかけた。
隊列の先頭に近づくと土煙の中に馬に乗った盗賊が数十人認められた。少なくとも二十人はくだらない。ライラは既に交戦状態に入っていた。手首の捻りで遠心力を乗せたタルワールの切れ味は恐ろしい。一振りで盗賊の腕や首が宙を舞っている。
見るとラバ車の中から、てるてる坊主のように縛られた袋が盗賊に向かっていくつも投げつけられている。
「あれか、前にライラが言ってた土袋って。」
アミラン隊は自衛のため、砂状の細かい土の粉を詰めた袋を各ラバ車に用意していた。その袋は的に当たると結び目が解けて中の土の粉が飛び散り煙幕のように視界を遮る。盗賊の目潰し効果もある。
ノイレンは真っ先に目についた盗賊の左腕をすれ違いざまに斬り落とした。盗賊はバランスを崩して落馬し、自分の馬に腹を踏んづけられて絶命した。
「わんっ!」
土煙が酷くて全体を見渡すことが難しい中、ノイレンが叫ぶとわんこたちが果敢にも盗賊に飛びかかっていった。盗賊の足や腕に噛み付いたり、前に回り込んで馬を威嚇し、その足を止めさせたりと活躍した。
「いいぞお前たち!」
ノイレンは足を止められた盗賊に向かって突き進んだ。彼女に気づいた盗賊は手綱を引いて馬の頭をノイレンに向けた。このままでは正面衝突する。どちらが先に逃げ出すか、盗賊がそのタイミングを見計らっていると、ノイレンの馬さんは彼女を乗せたまま高く飛び上がった。驚いた盗賊は頭の上を通り過ぎていく馬さんとノイレンの姿を仰ぎ見た。その盗賊の頭を馬さんは後脚で蹴り飛ばした。
「うぎゃっ、」
盗賊は宙を飛んで地面に叩きつけられた。
「馬さんすっげーな。かっこいいじゃん。」
「ぶひひーんっ!」
ノイレンが馬さんの首を撫でて褒めると、馬さんは自慢げに嘶いた。
ラバ車からは群がる盗賊に向けて土袋が次々と投げつけられている。それを払おうと無闇に剣を振り回している盗賊にノイレンは馬さんを走らせ、相手の動きを見定めて盗賊の胴に剣を突き刺した。短いうめき声をあげて盗賊は落馬した。
「次!」
ノイレンは目を細めて土煙の中を突進していく。蹄の音、馬のいななき、盗賊たちの叫び声が入り乱れる中ノイレンは新たな盗賊に斬りかかった。
剣と剣がぶつかり合う音が土煙の中に響く。互いに譲らず剣を組んだままノイレンは手綱を操り馬さんを盗賊に寄せていった。近づくにつれ相手の目がはっきり見えた。あらゆるものに飢えた、乾いた目をしている。欲するものは全て手に入れたい、ただそれだけに執着しているようにノイレンには思えた。
その膠着状態から抜け出そうと盗賊は馬を左回りに動かしてノイレンから離れようとした。
「させるか!」
叫ぶと同時にネオソードが盗賊の首を鋭く駆け抜けていった。斬り離された首が土煙の中を転がっていくときに何かを叫んだようだが、言葉が違うのかノイレンには理解できなかった。
「馬さん、次行くよ!」
「ぶひん!」
ノイレンは四人目に向かっていった。
先に戦い始めたライラは既に両手の指に達するほどの盗賊を仕留めていた。
「負けてられるか!」
ノイレンは馬さんを走らせ、すれ違いざまに盗賊の腕や首を狙った。馬の勢いがありすぎて、胴体を狙うと剣が相手の肉に食い込んだまま持っていかれてしまう。それを避けるために細いところを狙うようにした。
「四つめ。」
「五つめ。」
「六つめ。」
ほとんど返り血を浴びることもなく盗賊を斬り倒し、十二まで数えると、ノイレンは剣を胸のところで水平に構えてあたりの様子を窺った。
静かだ。
主人を失った盗賊の馬は歩みを止めその場に立ち尽くしている。そこにライラがやってきた。
「ノイレン大丈夫?」
「ああ、わたしは平気だ。ライラは?」
「私も大丈夫。」
二人は背中を預けるように互いに反対を向いて馬をその場で回転させた。ぐるっとひと回りしてみてももう盗賊に襲われている悲鳴も何も聞こえない。
「全部片付いたの。」
「よかった。みんな無事かな。」
「大丈夫。こういう時何かあったら声に出すことになってるから。」
ライラは一応先頭のラバ車の被害状況を確認してからノイレンと共にアミランのいるところまで戻ってきた。
「ご苦労だった。ライラ、ノイレン。」
アミランがにこやかに二人を労うと、ノイレンのわんこたちが声を揃えて主張した。
「わん!」「うわん。」「わうっ。」
「そうかそうか、お前たちもご苦労だった。」
わんこたちは元気よくしっぽを振った。馬さんも主張しようとしたが、ノイレンにタテガミを引っ張られて止められた。
「被害は何もないの。あいつらの馬、十頭手に入れた。残りは怪我とかしててダメ。」
「ほう十頭もか。それは棚ぼただな。」
アミランは含み笑いをした。
「盗賊の馬どうするの?」
「売るの。」
ノイレンが訊くとライラが短く答えた。
「いいのか? そんな馬泥棒みたいなことして。」
「かまわん。先に襲ってきたのはやつらのほうだ。馬は戦利品だ。」
いまいち納得のいっていないノイレンにアミランは微笑んだ。
「この先にある村で売れるだろう。代金は皆で山分けだ。」
ライラはにっこりしてうんうんと頷いた。
季節が巡り暖かくなってきた四月上旬、アミラン一行はキニロサへ帰ってきた。
ノイレンはアミランたちと別れるとカーツォ商会キニロサ支部へ帰着の報告に向かった。
「お帰りなさいノイレン。あなたの帰りを一日千秋の思いで待ってたの。元気そうでよかったわ。」
執務室にいたサフィアは飛び跳ねるようにノイレンの傍へやってくると彼女の手を取った。
「ただいま。大げさだなサフィア。なんだよ。」
いくら久々の再会といってもいきなり手を握られてノイレンは動揺した。ドキっとするよりキモいという感情が勝った。見るとサフィアの目が潤んでいる。
「ちょ、サフィア、いくら久しぶりだからって泣かないでくれよ。」
「だって、ノイレン・・・帰ってくるの待ち遠しかったんだもの。」
困ったノイレンは自分の執務机でなにか書きつけているナディアに助けを求めた。
「おい、サフィアの姉ちゃん。なんとかしてくれよ、あんたの妹。」
「ん? ああ、帰っていたのか黒髪。」
ナディアは涼しい顔でわざと今まで気づかなかった振りをした。
「いくらなんでもそりゃないだろ。」
ノイレンはジト目になった。
「どうしたんだよこいつ。」
振りほどこうにも手を握って離さないサフィアにうんざりしてきた。
「ふふん、今にわかるさ。」
ナディアはそれだけ言って片方の口角を上げた。まるでノイレンの困惑ぶりを楽しんでいるようだ。
「ったく、しょうがねえな。(話を)聞いてやるから手を放せよ。」
ノイレンは無理やりサフィアの手を振りほどくと、二人の執務机の間にある応接卓のソファにドカっと腰を下ろし、腕組みをしてサフィアを見上げた。
「せっかくいろいろ土産話しようと思ってたのに。なにがあったんだよ。」
サフィアはスススっとノイレンの隣に座ると上目遣いにノイレンの目を見つめた。
「実はね・・・」
サフィアはノイレンがいない間にキニロサ支部に起こった事件を語って聞かせた。
次回予告
旅の恥は掻き捨てのノイレン。計画を成功させたい発案者のサフィア。それに賛同し軌道に乗せることで支部の乗っ取りと同義を得ようとするナディア。姉妹の無謀な賭けに断固反対の父カーツォ。相容れぬ親子の対立が招く暗雲がノイレンの行く手に立ち込める。
君は彼女の生き様を見届けられるか。
次回第百五話「姉さんとノイレンがいれば」




