2.「これ書いていいのかな……」
どうも! 千場です!
検索妨害なライフハック系ブログの始まり方が、誤クリックからの「どうも! 〇〇です!」←(なんか英数で青地)だと、見た瞬間にブラウザバックする千場です!
前回このコラムを書いてから、一年以上の時が経ちました。
その後みなさまどうでしょうか? 何か一作でも書き上げることができましたでしょうか?
「出来た!」という方はおめでとうございます。「結局……」という方は残念でしたね、講座の内容が良くなかったのかもしれません。そうであれば申し訳ありませんでした。
いったいどれくらいの貢献があったのかは私にはわかりませんが、当講座を参考に小説を書き始め、実際に仕上げられているという方からのコメントもいただいております。
全力で書いたものではありますが、みなさんに対して自分が出来ること、それを精一杯やった、それ以上でも以下でもない講座でした。本当に書き出す人が現れ、私以上に創作を楽しまれているご様子は想像だにしなかったことですので、素直に嬉しい以外の感想はありません。
本当に、ありがとうございます。
さて、今回はあれから一年経っても「結局は……」だった読者のみなさんに向け、久々の『素人講座』をやっていこうと思います。
書きたいな、という気持ちがあって講座を読んで、多分他の方の講座も読んで、それでも書けなかった。一応書きたいものもあるのに……そういう人の三、四割くらいの方が抱えている問題である、
――「これ書いていいのかな……」
に、触れていこうと思います。
タイトルにしてまで書いておいて、おそらく抽象的過ぎて伝わっていないと思いますが、要するに“自信がない問題”という内容です。決して差別的であったり、不道徳が過ぎていたりといった、昨今厳しいデリケートな内容の打破を語ったものではありませんので、そこはご容赦願います。
では、前置きはこれくらいにして早速始めて参りましょう!
これを読んでいるみなさんの頭の中に、「§2」で語ったような、「かきたいもの」が閃いていることを前提としてのお話になりますが、それがすでにあるのに形にできない――あるいはプロットの段階まで取りかかっているのにそれ以上に進めない、という場合、“作品に対する自信がない”状態がうかがえます。
自信といえば、「複雑で作業工程が多すぎて」とか、「あたらなければならない資料が多すぎて」とか――“最後まで仕上げる自信がない”という問題に直面しておられる方もいらっしゃるでしょう。
もちろんそちらも問題なので一応の解決策を示させていただきますが、そちらは自分の力量に合わせてシンプルに、ミニマムになるように見直せばいい問題だと思います。実はそれほどの問題ではありません。自分の中での「自作への期待値」が高すぎるだけの問題です。
良い作品になるかどうかは実際に書いてみるまでわかりません。期待値が高すぎるとその乖離に苦しむだけで、せっかくの創作を楽しめなくなってしまいます。もっと気楽に、もっと簡単に書けるようにやりましょう。
それよりも問題で書き出せない理由は、やはり「書くのを想像するだけでなんだか恥ずかしくなってくる」という現象ではないでしょうか。
そもそもが日本では――世界を知るわけではありませんが、“自分が何かを発表する”機会がとても特別なものとして扱われる傾向にあります。
学校では音楽の授業で「一人ずつ歌え」と言われただけで嫌な想いを味わい、弁論大会は限られた学校の限られた生徒にしか機会は無く、社会人になっても何十人かに一度回ってくる朝礼のスピーチに悶絶する次第です。
加えて90年代頃のテレビからは“何かを真剣にする人をバカにして笑う”という文化が醸造され、しかもそれを行う者が格好良いという狂った風潮が生まれました。
2000年代を超えてからのネットでは「とりあえず叩く」「とりあえず燃やす」が話題として好まれ続け、ようやく落ち着いてきたのは本当にごく最近のことです。(現在でも「なろう」というだけでバカにする、という文化は相変わらずのようですが、ここ数年でちょっとマシになった感じもします)
たしかに周囲がこんな状況では、繊細な人にとっては誰に発表する気もなくとも、例え深夜にこっそり自分一人のために書くのであっても、なんだか気恥ずかしくなって書く気がしなくなるかもしれません。
ましてやネットに投稿するとなると他人に比較されるわけですし、自分でも自分の作品を別の誰かの作品と比較しちゃうわけですし……なんだか両肩の上の方から、めんどくさいオーラがのしかかってきちゃいますね。萎え萎えです。
「この作品の作者は頭いいなぁ、それに比べて私は幼稚だ」とか、「そんなリアルが書ける人生経験ないし、ファンタジーしか書けない俺なんて」とか。
書く前から笑われることを予想して、書く価値すらないように思えてしまう――
では、ちょっとだけ……
あなたの「かきたいもの」が本当に恥ずかしいものか、検証してみませんか?
・文章が恥ずかしい。
普通ここは気にならないところですね。書く人にとっての全力を尽くしているのであれば、それ以上の文章能力なんて今手元に無いわけですから、気になるならないどころか「わからない」はずです。それに美辞麗句を並べたてたところで、大事なのは作品の雰囲気にマッチしているかどうかですから、自分が「合ってるな」と思えばそれでいいはずです。
三人称で書いていて、自分の文章が格好良くないと思うのはあるかもしれませんが、大丈夫、伝われば十分です。一人称なら尚更ですね、普通に話し言葉で書けばいいです。プロの小説でも、とんでもなくだらしのない話し言葉の名作もあります。
恥ずかしいと思ったら、恥ずかしいとわかるようになった時点で直していけばいい、それが文章です。気にせずいきましょう。
・リアルじゃない。
え? ファンタジーだめっスか? だめな根拠ってなんですかね?
現実世界が舞台じゃないと、リアルではないのでしょうか。
ところで知ってましたか?
現実世界では、人は相手が何かした場合、状況よりも性格だけで理由を判断することが多いのですよ?
現実世界では、一度相手のプライドを攻撃した場合、二度と仲直りすることはできないのですよ?
現実世界の女性は、「~わよ」って滅多に使わないし、口語にすると男性と区別つかないんですよ?
……どんなにリアルの皮を被った作品でも、リアルそのものじゃ作品にはならないんですよ。リアルのつもりで書いてる作品でも、所詮は作者が知っている知識や人生経験でそれっぽくしているだけです。
50歳、60歳の人の人生経験の中に、20歳の人より優れた経験があるなんてことはありません。だって全く別の人生じゃないですか。人類の歴史60万年中、寿命100年そこらの生き物の経験に大差なんて生まれっこありません。人生経験なんてただの主観です、自信持ってどうぞ。
・恋愛シーンがあって……
想像するだけで書くのが恥ずかしいやつですね、わかります。
でもそれを「かきたいもの」に選んでしまったのなら腹をくくりましょう。「恋愛小説」なら本気で腹をくくるしかないと思いますが、そうでないなら“本当に必要かどうか”を再考してみるのも有りだと思います。
マンガやアニメが実写化した際、謎の女性キャラが増えたりする謎現象がたまにありますが、そもそも恋愛要素は人気が出るからという理由だけで入れられていることが多く、日本の歌手の歌がラブソングばかりなのと理由は大差ありません。作品にとって不要で、それがもとで書けないくらいならバッサリか、匂わせ程度で全然物語は成立します。
・今更流行りの焼き増しなんて……
何が悪いんですか? それが「かきたいもの」なら仕方ないじゃないですか。
紀元前に書かれた小説ではすでにUFOは母艦付きで飛んでいたんですよ? 世の中物語なんて焼き増ししかないです。書き手が違うから違うように見えるだけです。
ちなみに「なろう」では、転生から無双が大流行りですが――今は「でした」なのかな? あれだって視点を少しずらせば、やっていることは苦労して強くなる、昔からある作品と何も変わりはありません。
何かの理由があって最初から強い人間が無双する「なろう」小説も、汗と努力を重ねて強くなっていくスポーツ漫画も、トラブルを交えながらも経営努力を重ねるビジネスサクセスドラマも、「力」を行使するタイミングが違うだけで、強い「力」で相手を圧倒するというカタルシス、そこに変わりはないのです。
焼き増し全然結構。一のオリジナルは百の模倣から生まれるっていうだけです。
納得いかないなら描き方の視点をちょっとずらすだけでも、書きたくなるくらい斬新っぽくなりませんか?
……色々書きましたが、このままいくと「〇〇な場合5選!」みたいな、タイトルだけで見る価値無しなコラムになりそうなので、この辺りにしておきましょう。「ちょっと困ってるんですけど、〇〇な場合は?」という奇特な方がいらっしゃれば、感想なりメッセージなりにどうぞ、コタエラレタラコタエマスワ。
根本的に、「自作」というものは恥ずかしいものだと思います。
色々書いておいてですがこればかりは実際どうしようもなく、書き続けていれば慣れていくものではあっても、ふと見返した時にはやっぱり恥ずかしかったりします。
これを書いている私自身、当時はなんでもなかったはずの過去の作品を、今は恥ずかしいと感じます。一生懸命書きましたし、今も楽しんでくださっている方がいらっしゃいますので、いわゆる黒歴史とは思いませんが。
最大の対策は――毎回同じようなことを言っている気もしますが、“新しい作品を書き続けること”だと思います。夢中になって書いている間は、恥なんてことはあまり考えませんから。
“鉄は熱いうちに打て”ではありませんが、“作品は恥を感じないうちに書け”ということかもしれません。
最後に――冒頭の方で「三、四割くらいの方」と書きましたが、残る「六、七割くらい」の方が書けない理由は、“書く気力がわかない”というものだと思います。
あくまで主観の数字ですが、先日連載を始めた「ペンよ俺が望みし結末を」を書けるようになるまで約一年近く、丁度私もその状態でしたからよくわかります。
そういう方は無理をせず、ゆっくり休んでください。寝ましょう。あなたの「かきたいもの」は逃げません。
気力というものは奮い起こすものではなく、体力に余力がある時にじんわり湧いてくるものですから。そういう機会に少しずつ、キーボードを叩く習慣をつけていけばなんとかなる――そんな日が来ると思います。
では、久々に色々語りましたが、読んでくださりありがとうございました。
「ぺんのぞ」もよろしくね?
では(^^)/




