ナシ
「ところでDさんこいつなんて呼べばいいですかね?」
「君はなんて呼んでほしいんだい?」
Dは発掘された人物にそう言うと、
「こだわりはありません。つけられた名前で呼ばれればそれで十分です」
「おー、随分と従順だねぇ」
Dは腕を組んで「うーむ」と悩み始めた。熟慮の末。そして、閃いた。
「ナシ! ナシなんてどう。名前も無い、記憶もない。何にもないからナシ!」
「単純すぎませんか! もっと…こう、なんかあるでしょ。もう少しこいつについて深掘りしてからとか…」
身振り手振りで一生懸命にDにうったいかける烏丸であったが、Dが手で制した。
「忘れたのかな? この会社では僕がルールだよ。翼君」
「そうですけど…」と呟く烏丸。
「名前は早く決めてあげた方がいいよ」
Dはソファから立ち上がった。
「君は今日からナシだ。いいね?」
「ナシ! いい名前です! 気に入りました!」
「うんうん、実に従順でいい子だ。僕もナシが気に入ったよ」
そして、Dは事務所のドアを開けて外に出ようとした。
「じゃあ、烏丸君あとこのことはよろしくネ!」
その時だった、Dのスマートフォンが勢いよく鳴り始めた。
Dは慣れた手つきで操作して片手でつまむようにスマートフォンを持ち、耳に当てる。
「はいはーい。こちら株式会社DのDです」
Dは電話の相手から話を聞いている様子だった。何度か「はい、はい」と言っては頷いている。そして、Dの指からすり抜けるようにスマートフォンが地面に落ちた。
「烏丸君…」
「はい?」
「遺跡発掘の仕事、途中でバックれたんだって?」
「あ、いや、その、それはナシを見つけたから急いでですね…」
「言い訳、ご無用」
Dは烏丸に対して手のひらを向けた。
「給料アップの件はナッシングだ!」
「えー! そんなぁ」
「じゃあ、僕はクラブに遊びに行くからあとはよろしく」
「ちょっと待ってください! Dさん! Dさーん!」
バタンと事務所のドアは閉められた。Dの背中は遠ざかっていく。
ある日、株式会社Dの事務所にて。
「いいかナシ。これから研修を行うぞ」
「ケンシュウ? ですか」
「そう、俺がこの会社のことを教えてやるから。心して聴くように」
烏丸はホワイトボードとペンを持ってきた。
「先輩ヅラしたがる烏丸君もまたイケメン!」
佐藤さんは小さくそう呟いた。事務員の佐藤さんは烏丸推しである。故に、烏丸が働く姿に興奮気味になる。そして、佐藤さんは落ち着きを取り戻し、パソコンのディスプレイに視線を戻し、溜まっていた事務作業に戻った。
烏丸はホワイトボードに株式会社Dと書き始めた。
「いいか? うちの会社はなんでも屋だ。困り事ならなんでも解決するのがうちの仕事」
烏丸は株式会社Dの下に何でも屋と書いた。
「何でも屋! すごい! かっこいいです!」
ナシの少年のように輝く瞳に先輩面したがる烏丸はまた気分が良くなる。
「そうだろ! 俺たちがやってるのは誇らしい仕事だ」
烏丸は少し得意げになる。
すると、事務所のドアが開いた。
「こ、ん、に、ち、は」
一歩一歩、一言一言小刻みにリズムをとりながらDが入ってきた。
Dはいつも通りの顎の辺りまで襟を立てた黄色いワイシャツに丸いレンズのサングラス、上下はタイトな赤紫色のスーツでズボンはラッパズボンで登場した。
「おや、さすが烏丸君だね。しっかりナシ君を教育してる」
「Dさんも何か教えることあります?」
Dは顔の前で手を振る。そして、事務所の冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
「やめとく。今日は二日酔いなんだ」
「また、クラブ遊びっすか?」
Dはナシの向かい側のソファにどっかりと座ると、
「まあね」と返事をした。
「まあ、そんな感じでだなナシ。うちの会社は何でも屋で受けた案件は断らないのがモットーなんだ」
Dは烏丸の発言を聞いてニヤリと笑った。
「途中でバックれる奴もいるけどね」
「それはまあ…置いといて」
「って言ってもねぇナシ君」
Dはナシに視線を向けた。
「うちに来る依頼って。警察に頼んでもダメ、役所に頼んでもダメ、自衛隊でもダメだからうちに回ってくる最後の受け皿的な依頼の方が多いんだよ」
「そうなんですね」
「そうそう、例えばこの前なんて…」
Dが言いかけた時だった。事務所のドアが開いてそこには一人の老人が立っていた。
「ここが困り事ならなんでも頼んでいいと言う会社かね?」
Dはナシから事務所の入り口に立つ老人に視線を移した。
「いかにも、ここはお客様の困り事ならなんでも解決する。株式会社Dですよ」
Dはそう言うと、「どうぞ」と言って自分の隣に座るように老人を誘導した。
老人は急いできたのか汗だくで呼吸を荒げている。呼吸を落ち着かせて、そして、改めて口を開いた。
「ワシが飼っている愛犬のポチがどこかに行ってしまったんだ。警察に届け出ても犬の捜索なんて相手にしてもらえないし、もうどこにも頼る場所がなくておたくに捜索依頼をしにきたのじゃ」
「うーむ、弊社に頼るのは実にいい判断をしてますよ。おじさま」
Dは顔の前で人差し指を立ててそう言った。
「ウチはね超イケイケのベンチャー企業なんですよ。ご覧の通り若い従業員が二人います」
「それはよかった。では、ポチの写真なんだがこの犬なんだ」
老人はポチの写真をガラス台の机の上に広げた。写真にはポチのさまざまな角度から撮った写真があった。ポチはどこにでもいるような芝犬で綺麗な橙色の毛並みをしている。そして、首輪にはポチを書かれた名札がぶら下がっていた。
「で、おじいさんこのポチは最後どこで見たんですか?」
烏丸がそう言った。
「家の近くのスーパーに寄った時に柱にひもをくくりつけておいたんだが、買い物しているうちに解けてどこかに行ってしまったんだ」
「オッケー! おじさまここに最後に見た場所の住所を書いてください」
老人はそこにポチを最後に見たと言う場所の住所を書いた。
「うん! ここなら走ってすぐ行けるね! 二人とも」
「!?」「はい!」
反応がそれぞれ分かれた。
「Dさんはどうするんですか?」と烏丸が言う。
「え? 僕? 僕は僕でこれから夜を楽しむよ」
「ポチの捜索は?」
「えー、二人もいれば十分っしょ。翼君、僕は社長だよ」
烏丸はため息混じりにがっくりと肩を落として言った。
「わかりましたよ。ナシと二人で捜索してきます」
「頑張れ烏丸君」
パソコンのディスプレイ越しに陰ながら応援する事務員の佐藤さんであった。
「じゃあ、ナシ、目撃情報があった場所へ行くぞ」
「はい!」




