祝杯
「ごめんなさい。僕が間違えてましたね」
マモルは顔を上げてナシを見る。
「親が悲しむから生きろ、じゃないですね。マモル君が生きたいと思える理由を一緒に探すべきなんだと思います」
マモルの目は涙を流しきって赤く腫れている。その目で、ナシの目を見る。
「そんなもの…ないですよ」
「じゃあ、今はなくていいです」
「え?」
「それは明日見つかるかもしれません。はたまた十年後かもしれません。もしかしたら、もっと先かもしれません」
マモルは再び瞳に涙を浮かべる。マモルは額をナシの胸に押しつける。
「…でも、もう無理なんですよ」
ナシはマモルの両肩を持って自分から引き剥がすように押した。
「無理しなくていいです! 一歩ずつでいいです! 気づいたらとんでもないところまで着ているはずです。だから、もし、できたら僕たちに教えてください」
そして、ナシは続けた。
「だから、今日だけはは死なないでください」
「今日だけは?」
「はい! 明日のことは明日考えましょう」
マモルはナシの腕を振り払う。
「…今日だけ…なら。生きてみようと思う」
「それでいいんです! 一日一日積み重ねていけばいいんです」
マモルは眼に浮かぶ涙を両手で拭き取った。そして、言った。
「烏丸さん、ナシさん」
マモルはニッと口角を上げて笑みを作った。それから白い歯を見せて言った。
「二人ともありがとう。もう、大丈夫だから」
「お、おう。なら、よかった」烏丸はナシの熱弁に驚いた様子だった。
「僕はマモル君が考え直してくれて嬉しいです。烏丸さん、僕たちはそろそろ帰りましょう」
「あ、ああ」
二人は帰り支度を始める。そして、マモルは部屋から一歩さらに外へ出た、さらにもう一歩出た。ナシと烏丸は一階に続く階段を降りた、それに続いてマモルも二人の後を歩く。
玄関まで来た。心配した面持ちの母親は、外に出てきているマモルを見て表情を変えた。
「ああ、ま、マモル。ありがとうございます。…お二方」
マモルは母親に対してもにっこりと笑ってから言った。
「母さん、俺明日学校行くよ。一歩ずつ進めばいいってナシさんが言ってくれたんだ。その言葉を信じて、明日頑張ってみるよ」
「うん、頑張っていこうね」
母親は涙を拭った。また、拭った。母親の瞳から溢れる光るものは止めどなく流れ続けていた。
マモルは玄関を開けた。外はナシと烏丸がきた時と同様に曇天でまだ雨が降っていた。二人はマモルと母親に最後挨拶をして車に乗り込んだ。マモルは母親の肩を支えながら家の中へと入っていった。
烏丸は運転席に座りナシは助手席に座る。そして、運転中、烏丸は言った。
「いやあ、よかった。マモル君なんとか改心してくれて。ナシがあんないいこと言うなんて思わなかったぜ」
「命の大切さをDさんから教わりました。自分が教わったことを少しでも多くの人に伝えていきたいです」
ナシは鼻の穴を大きくしてフンと鼻息を荒げて言った。そして、二人の乗る車は事務所に到着していた。車は近くの専用駐車場に停めて二人は車から降りて事務所に戻る。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です!」
事務所には佐藤さんは当然の如く、珍しくDの姿もあった。また、ふてぶてしく事務所のソファにどっかりと座って、ワイングラスを片手に持ち揺らしながら、事務所に帰ってきた二人に視線を送った。
「やぴー、案件は無事終えた感じ?」
「はい、ナシがうまく説得してなんとかなったって感じです」
Dはサングラスをしているが、その下の表情は柔らかくなる。Dはグラスをガラス台のテーブルに置き、そして両手を大きく広げる。
「ナシ君、よくやった。ハグをさせてはくれまいか?」
「はい!」
ナシはDの胸に飛び込んだ。Dはナシの白髪の髪を撫でる。
「命の尊さを説くと言うのはとても苦労することなんだよ。人間は分かり合えたら世の中で戦争なんか起こらないからね。でも、ナシ君は今日、命の重要性を教えてそして、他人の心を動かした。これは発掘されたばかりのナシ君にとって大きな精神的な成長につながることだ」
「ありがとうございます。僕もなんか成長できた気がしました」
Dはテーブルに開いたワイングラスを再び持ち上げて、少し上に掲げた。ワイングラスの中のDのスーツと同じ色をしてる赤紫色の液体が波を打つ。そして、Dは片目を瞑って言った。
「祝杯をあげよう」
今夜は株式会社D社員一同が命の大切さを学びそして、祝杯をあげた。
今夜はそれぞれ夜を楽しんだ。
Dは事務所で祝杯を上げてから渋谷のナイトクラブに行き、さらに夜を楽しんだ。
ナシと烏丸は事務所で祝杯をあげてから残った缶ビールや酒を持って帰って二人で飲んだ。しかし、ナシがこの時烏丸のマスクの下の顔を見ることはなかった。
そして、佐藤さんは推しの成長にさらに興奮を高めた。佐藤さんの趣味は推し活である。今はイケメンの烏丸と現在成長中のナシを推している。佐藤さんは湧き上がる興奮を抑えながら自宅へ帰宅した。




