説得
ナシは当然のことのようにそう言ったが、烏丸に腕を小突かれた。
「それじゃあ説得にならないだろ」
「烏丸さんは説得の仕事したことあるんですか?」
「ねぇえよ、初めてだわ」
「だったら色々試してみるべきです」
「って…ください」
「あのなぁ、何でも屋としては俺の方が先輩だぞ? まずは慎重にだな…」
「帰ってください!」
二人はドアの向こう。声のなる方に視線を向けた。三人は一度沈黙する。それから、ドアの方から向き直り烏丸は三人の間に聞こえるような声で言った。
「お母さん、マモル君が引きこもった理由って知ってるんですか?」
母親は首を横に振った。そして、つぶやくように言った。
「いいえ、いつの間にか引きこもっていたんです。理由は教えてくれないんです」
「ここからはマモル君について聞いて行きます。繊細な話になるのでお母さんは一度、下がっていてもらえますか?」
「え、ええ。はい」
烏丸が言って、母親は返事をすると階段を降りて一階に行った。二階にはナシと烏丸が残る。
「マモル君、どうして家にいるようになったのかな?」
烏丸が問うとドアの向こうからボソッと言葉を捨てるように返ってきた。
「…いじめられたから」
「そっか、辛かったな。マモル君は今、何歳?」
「…十七」
ドアの向こうから答えが返ってくる。
「え? まじ? 俺と一つしか変わらないじゃん。俺十八だよ」
「そ、そうですか」
「初めまして。僕の名前はナシです。僕はよく二十歳って言われます。きっと、マモル君と年齢も近いと思います」
「ナシさんですか…どうも」
烏丸とナシの二人はドアに背を預けて、マモルと話していた。
「マモル君」
ナシは振り返りドアを撫でるようにして触った。
「はい?」
「今からこのドアを破壊します。そして、君を一歩でもいいから部屋の外に連れ出します」
「お、おい、ナシ。何言ってんだよ。これから慎重に交渉を…」
ナシは立ち上がる。そして、ドアに突進を始めた。
ドンッ!
一回。
ドンッ!
二回。
ドンッ!
三回。
ドンッ!
四回目をした時だった。ドアが開いて突進しようとしていたナシはそのまま、部屋にドサッと倒れ込んだ。
ナシは視線を上げるとマモルがナシのことを見下ろしていた。マモルの容姿が明らかになる。髪が肩まで伸び放題に伸びていて上下グレーのスウェットを着ている。スウェットの腕のからちらりと見えるのは自傷行為をした痕跡が残されていた。
マモルの目は汚いものでも見下すようなそんな目をしていた。そして、烏丸が後方からナシに歩み寄ってナシを起こす。
マモルはドアを開けたまま外に足を一歩踏み出した。
「これで一歩出ました。もういいでしょ? 帰ってくださいよ」
ナシはスッと立ち上がりマモルの両肩を掴んだ。そして、ナシはマモルの部屋に押し入った。部屋はカーテンを閉め切っており、部屋の電気は消してある状態。唯一の光は操作していたであろうPCのディスプレイの光が部屋を照らしている。部屋には漫画や雑誌やゲームソフトなどが散らかっておりその中に白い錠剤なども散乱していた。
「マモル君、僕はマモル君と話したかったです!」
「は? な、なんですか急に」
「マモル君は死のうとしていたんでしょ?」
「はい、そうですよ。だからなんなんですか?」
マモルは呆れて吐き捨てるようにしてそう言った。
「僕も死についてたくさん考えました。それはもうたくさんたくさん考えました」
「マモルさん。彼は有能力者で不老不死の能力を持っているんです」
「はあ、そうですか」
烏丸からそれを聞くとマモルは胡散臭いものを見るような目でナシを見た。そして、マモルは自分の肩を掴むナシの手を払うようにしてどかした。
「あなたは死ねないんですね。だから死にたい人間の苦しみなんてわからないんだ」
「マモルさん、なぜ死にたいって思うのですか?」
「さっきも言ったでしょ。いじめられたんですよ」
マモルは下を向いて吐き捨てるようにそう言った。
「どうしていじめられたんですか?」
「ナシ、そんな直接的なこと聞いても…」
「いいですよ! 言いますよ! 元々俺は無口で、だから転校した学校に上手く馴染めなくて、周りから変な目で見られてたんですよ。お、俺なんか…」
マモルの声が震える。か細く、ぽつりぽつりとつぶやくような言葉に変わる。
「俺なんか…この世に必要ないんじゃないかって…思うようになっ…て」
マモルの瞳には大粒の涙がこぼれ落ちている。それでも懸命にマモルは言葉を絞り出して話した。
「だから…死にたいって…俺なんか…必要ないって思うようになった」
「僕は最初この案件の内容を聞いた時、死にたい人は自分で死を選ぶべきだと思ってました」
「ほらな、あんたは俺の気持ちなんかわかりっこないんだよ」
マモルは大粒の涙を流しながら、ナシの胸に拳を叩きつけた。ナシはマモルの頭に手を置いてゆっくりと子守唄でも歌うように言い聞かせた。
「Dさんから教わりました。自分の命は自分だけのものではありません」
「自分だけのものじゃない?」
「はい、マモル君が亡くなったら誰が悲しみますか?」
「…親?」
「そうです。マモル君は生まれた時点からマモル君だけの命ではないんです」
マモルはしばらく俯いたまま黙っていた。そして、やがて震える声で言った。
「じゃあ、俺はどうすればいいですか? 親が悲しむから生きろって言うんですか?」
マモルは続けて言った。
「俺が毎日苦しくても、何をしても怖くても、毎日自分なんかいない方がいいって思っていても。それでも、親が悲しむから生きろって言うんですか?」
マモルは次第に声を大きくして言った。
「そんなの…俺のためじゃないじゃないですか」
マモルの声が部屋に響いた。三人の間にはしばらくの沈黙が訪れた。ナシは何も言い返せなかった。ナシはしばらくあって、沈黙を破った。




