マモル
「何が言いたいかと言うとね、ナシ君。君の命は君一人のものではないんだよ。体も、心も当然同じだ」
烏丸もナシも、佐藤さんもキーボードを打つ手を止めて事務所にはDが話す声だけが聞こえる。外の喧騒もこの時は静かで外の音は聞こえなかった。
「話を戻そうか。なぜ少年を死なせてはならないか? 少年の命は少年だけのものではないんだよ。少年が死んだらあの奥様が悲しむ。他の親族もみんな悲しむ、つまり、悩み事を抱えてしまうんだ。うちの会社の目的はなんだったっけ? ナシ君」
「お客さんの悩み事はなんでも解決する…です」
Dは両手の人差し指を親指を立てて、人差し指をナシに向けた。
「ザッツライト!(その通り)」
Dは立ち上がり、少し前のめりな体制になる。そして、人差し指を突き出してナシの額に当てた。
「いいかい? 僕がこれから言う言葉はナシ君。脳みそに何がなんでもぶち込んでおくんだ」
「はい」
「自ら失ってもいい命は存在しない。イイネ?」
「はい」
Dはまたどっかりとソファに座り、足を組んで、背もたれに背を預けられるだけ預けた。
「故に、うちの会社はなんでも屋だが。殺しの案件は引き受けてないのだよ。自殺の幇助なんて殺しの案件と同義だ」
ピロリン、ピロリン。
Dのスマホが鳴っていた。Dはスーツの内ポケットのスマホを摘むように取り出して耳に当てた。
「やぴー、元気ー? うん、うん。今暇だよー。オッケー、今から行くねー」
Dはスマホを赤紫色のジャケットの内ポケットにしまった。そして、立ち上がりガラス台の机を一跨ぎしてナシの前に立った。そして、Dはナシの耳のそばに顔を寄せた。
「僕には楽しいことがたくさんある。女の子と×××することとクラブで踊ること、と…」
ナシは目を見開いて沸騰したように急に顔を赤らめた。Dはフフフと笑ってさらに続けた。Dの分厚い唇が上下してゆっくりと言葉を発した。
「君たちの成長を見守ることだ」
Dはナシの顔から自分の顔を外し、そして人差し指と親指を立てて顔の前に置いた、そして、人差し指を天に向ける。
「急ぎの用事がたった今、入った。僕はこれにて失礼するよ」
Dは腰をフリフリして何かリズムを刻みながら、ノリノリで事務所のドアを開けた。
「ちょっとDさん! 作戦会議は?」
ドアが少し閉まり、Dの顔が少しドアに隠れる。
「大事な部分はもう話したじゃあないか」
「は? 話しましたか? 作戦の話ですよ?」
烏丸は必死に訴えかけるが、ドアは着実に閉まりつつある。Dの顔は閉まるドアに隠れてゆく。
「それじゃあ、あとはシクヨロ」
烏丸は席を立った。そして、急いで閉まりかけている事務所のドアノブに手をかけた。そして、もう一度ドアを開き階段を見下す。すでに誰もいない。
「Dさん! Dさぁ〜ん!」
烏丸の声だけがやまびこのようにひんやりとして暗い階段の踊り場に響いた。
「クソ! また肝心な時に逃した」
烏丸は階段に向かってその言葉を吐き捨てた。そして、ガックリと項垂れて烏丸は元の席に座った。再び、事務所のBGMは佐藤さんのキーボードを叩く音になる。
「どうするよ? ナシ」
「今の感じだったらわかります」
「何が?」
「死なないことが大事だってことです」
烏丸は少し驚いたような表情になる。三白眼の目を少し見開いてナシをじっと見た。それから、烏丸は目を細めて言った。
「そっか、なら作戦会議はもういらないな」
次の日、夜。
ナシと烏丸は少年がいると言う家に向かうため車で移動していた。少年が住んでいるという住所は昨日、母親が来た時に記入した書類に記載されていたので、それをカーナビにセットして、二人は目的地に向かって車を走らせていた。
「無能力者の案件だし、今回はサクッと終わるだろ」
「だといいですね」
「あ? なんか雨降ってきてないか?」
車は赤信号で道路に止まる。そして、ナシは車の窓を開けて手を出してみる。
「ちょっと、降ってきてますね」
烏丸は車のワイパーをかけた。雨は夕立のようにぽつりぽつりとした雨から次第に勢いを増して言った。
「家までもうちょっとだっけ?」
「はい、そろそろ着くはずです」
車のカーナビの案内が終了した。目的地に到着した。目的地はどこにでもあるような一般的な一軒家だった。住宅街の中にあり、二階建ての家。表札には「東堂」と書いてある。依頼人の名前も「東堂」だった。
二人は車を降りて、呼び鈴を鳴らした。すると、少しやつれた顔で依頼人である母親が姿を現した。事務所に来た時と同じくエプロン姿である。
烏丸が訊ねる。
「息子さんはどちらへ?」
「二階の自室にいます。どうぞあがってください」
二人は玄関で革靴を脱いだ。家の中は玄関の正面右に二階に通じる階段があり、左側は廊下がありその先はキッチンだった。二人は二階に通じる階段を上がっていく。
二階に上がるとまた、部屋が三部屋あり全ての部屋のドアが閉められていた。そのうちの、二つは木製でできたネームプレートが飾ってあり、一つはカタカナで「マモル」もう一つは「ユウヤ」と書かれていた。依頼してきた母親は静かに「マモル」と書かれたネームプレートを指差した。
烏丸は「マモル」と書かれたネームプレートの扉をノックした。
「こんにちは株式会社Dの烏丸翼と言います。マモル君聞いてるかな?」
「……」
返事が返ってこない。烏丸がそれでも話を続ける。
「マモル君、今日は君と話をしに来たんだよ」
「……」
母親は二人に聞こえるくらいの小さな声でこそっと言った。
「もう何ヶ月も部屋から出てこなくて…」
「出てこないならドアをこじ開けましょう」




