ラムネ菓子
ナシは小鳥遊の肩に手を回し、体重を預ける。そして、ベッドに横になった。小鳥遊は自分のデスクの椅子に座り直してパソコンのディスプレイを睨みつける。
「過去の記憶に触れるようなものを見せると発作が起きるのか…」
小鳥遊はそう呟いた。そして、ナシは少し休んでからむくりと上半身を起こした。
「小鳥遊さん」
「どうしたんですか? ナシさん」
「もう帰ります。長く外出してると会社の人に心配をかけてしまうので」
小鳥遊はしばらく黙り込み、ナシの表情を見ていた。それから、言った。
「分かりました。薬は私の方から処方しておきますね。帰りに受け取ってください」
「はい」
ナシは特殊生命体研究科の受付専用窓口の女性から薬をもらい、料金を払った。それから、病院を出てしばらく歩いた。歩いていると近くに公園があった。夕暮れ時のこの時間は少年少女、小さい子供たちが遊具で遊んでいる時間帯だった。ナシは公園に入り、ベンチに座る。
ナシはスーツのジャケットの内ポケットから小鳥遊から以前もらった薬を取り出し、薬が入っている入れ物から指で押し出して一錠ずつもう片方の手に薬を乗せていく。そして、今度は今日もらった薬の入った袋からまた薬の入ったケースを取り出して、指で押し出してもう片方の手に薬を押し出す。そうしている間に遊具で遊んでいた男の子が一人ナシの元へ歩み寄って来た。そして、男の子は言った。
「お兄さんそのラムネ僕も食べたい! ちょっとちょうだい」
「ラムネ?」
ナシは聞き返すと少年は純粋な瞳で続けて言った。
「そう、ラムネ菓子。それラムネ菓子でしょ?」
ナシは驚いて薬が大量に入った片方の手を子どの届かないように持ち上げて、
「これはお菓子じゃないよ」
「えーケチー。じゃあそれなんなのー?」
ナシは何か発言しようとしたが言い淀んだ。
「これは大事なものだからあげることはできないよ」
少年はナシの手にあるものから興味を失ったのか、さっきまで遊んでいた遊具がある場所へ戻って行った。
ナシはそれを確認して手の中にある薬を全て口の中に放り込んで、一気に飲み込んだ。
そして、ナシはスーツのジャケットのポケットに入っているスマートフォンを取り出した。スマートフォンの使い方はもう慣れていた。ブラウザの検索画面を開き「ラムネ菓子」と検索した。それから、「菓子」も検索した。
ナシは自分がさっきまで手に持っていたものとラムネ菓子が似ていることを確認した。それは白い粒状のものが大量にある点が共通していた。だから、少年は間違えたのだろう。
「薬の量…多いのかな?」
ナシは自分の胸に手を当てる。それから何か決心したような顔つきになる。
「いや、これは必要なものなんだ」
ナシは立ち上がり、公園を後にした。それから、株式会社Dの社員寮、烏丸と相部屋のアパートへ向かった。
株式会社Dの社員寮のアパート。見た目は木造で築年数がかなり経過していると思われるあまり綺麗ではない見た目をしているが、東京都新宿区歌舞伎町にある株式会社Dからは徒歩で通える好立地に位置している。
烏丸とナシが住むのはこのアパートの二階。本来は単身用のアパートで間取りは一Kだが、無断でDは二人を住まわせている。見つかるのも時間の問題かもしれないが、今はまだ大丈夫だ。
ナシは二人が住むアパートの部屋の前に立っていた。そして、扉を開ける。扉を開けるとすぐに烏丸がいた。事務所から帰ったばかりなのかスーツ姿だった。
「よお、ナシ。どこ行ってたんだ?」
「そっか、体調は大丈夫か?」
「はい、バッチリです」
烏丸は何か思い出したように、視線を一度上に向けてからナシの方へ移した。
「そういえば、小鳥遊さんにナシが着てた服とか時代鑑定してもらってたんだけど、結果聞いてきたか?」
「聞きました」
「おう、で、結果は?」
「縄文時代のものだそうです」
「は? 何? ジョウモンジダイ? 縄文時代ってあの土偶とかの?」
「はい、そうです」
「歴史の教科書で最初の方に出てくるやつか?」
「それは知らないです」
「……」
烏丸は目を見開いて驚いた。それからしばらくの沈黙があって、ようやく烏丸は口を開いた。そして、言葉をこぼすように言った。
「お前…一体、何者なんだ?」
ナシは首を横に振る。普段うるさい外の喧騒はこの瞬間だけ静まり返る。そして、部屋の電灯が一回点滅した。




