痴漢
「普通に街中を歩いてもらうとかはどうでしょう?」
「それだと逃げられた時に捕まえづらいね」
「ちょっと待ってください。私、CMの撮影やドラマの撮影も控えてるんです。スケジュールもびっしりで、あまり指示通りに動けるかどうかわかりません」
「あー、そうだった。天音さんは超忙しんだよ。僕らが何か指示を出して動いてもらうのは現実的でないだろう」
「それにライブ中とかはマイクつけてたりするので、イヤホンは外さないといけないし…」
「ラ、ライブ中に襲ってくるなんてことはないでしょう」
烏丸はそう言う。天音はDが渡したマイクを両手で大事そうに持って、少し身を乗り出して弾むような声で言う。
「これGPSもついてるならお守り代わりに持っておきます。そうすればお二人が助けに来てくれますよね」
「ちょっとイヤホンをお借りしますね」
佐藤さんが天音からイヤホンを借りて、それからナシと烏丸が普段つけているBluetoothのマイク付きイヤホンを借りる。そして、自分のデスクに持っていき、またパソコンをカタカタと何か叩いてからまたイヤホンをを持って来て、天音とナシと烏丸の三人に戻した。
「これで天音さんのイヤホンはナシ君と烏丸君のイヤホンと同期してあるのでお互いの声が聞こえます」
天音はそれを受け取った。そして、耳にイヤホンを装着した。
「あー、天音です。聞こえますか?」
「お、すげえ。聞こえる」
「はい。聞こえます」
「ひとまずこれで安心だネ」
天音はにっこりと笑う。さすが人気アイドルと言わんばかりの晴れ上がるような笑みを浮かべていた。
「よかった。これで安心して生活できます」
天音はイヤホンを装着し、サングラスをかけてスウェット姿で事務所を出て行った。そして、事務所を出てすぐにマイクから応答があった。
「こんにちわー、天音です。烏丸さんナシさん聞こえますか?」
「あ…す…」
烏丸、個別会話になり女とのコミュ障スイッチオン。
「聞こえます」
「あー烏丸さんさっきと喋り方全然ちがーう。超ウケるー」
「こんなもん…す」
「烏丸さん以外ですよね。女の子と一対一で話すの苦手なんです」
「やめろナシ。上司命令だ、二度と俺を馬鹿にするなよ」
「社長と同じこと言ってます。似たもの同士です」
マイクの向こうからケタケタと笑い声を立てる音が聞こえてくる。
「烏丸さんとナシさんって何歳なんですか?」
「十八…す」
「うそー、年ちかーい。私、二十歳なんです」
「僕は…わからないです」
「うそーナシさん同い年かと思ったー」
「なんでわからないんですか?」
横断歩道の信号の音が天音のマイクから聞こえてくる。
「そ、そんなことより話してたら透明人間の有能力者にバレますよ」
「はーい、気をつけまーす」
ナシと烏丸は一旦マイクを外した。
「なんかあの人楽しんでないか?」
「でも見張はしっかりやりましょう」
「ああ、そうだな。しばらくはマイクつけっぱなしだ」
二人はマイクを再び装着した。
「なんかこういう会話楽しくなって来ちゃいました。刑事の役をやってるみたい」
声音は生き生きとしていた。
「やっぱ聞こえてた」
烏丸はナシに向けて言う。
「聞こえてましたね」
しばらく、マイクの向こうから音声は聞こえなくなった。GPSでは天音は移動を続けていることを確認した。
ドアの開ける音がして、そして閉じる音がマイクから伝わって来た。
「明日、ライブなんですよー。だから、今日はご飯食べてお風呂入って寝ますね」
「わ、わかりました」
「わかりました」
それからマイクから聞こえてくるのは天音の生活音と雑談が延々と続いた。
「今からお風呂入りまーす」
「あ、あのう…いちいち言わなくていいっすよ。何か問題があったら伝えてくれるだけでいいんで…」
「はーい」
それからしばらくの間はマイクから何も聞こえてこなかった。時刻は午後の十時を回ったところ。ナシと烏丸は事務所に泊まり込みでマイクをつけて調査を続けていた。
「キャッ! 嫌だ!」
マイクの遠くで何か叫んでいる声が聞こえる。その微かな音を聞き取った二人はすぐさま天音に連絡を取った。
「天音さん?」
ナシが最初に尋ねた。すると、ドタバタと床を走る音が近づいて来てマイクを拾い上げるガサッという音が聞こえた。
「ナシさん、痴漢です! やつが来ました。今、足を触られて家のどこかにいます」
烏丸とナシは目を見合わせて。
「急ぐぞ、ナシ」
「はい」
ナシと烏丸は拳銃を護身用に持った。そして、ナシがマイクに口を近づける。
「今から行きます。そのまま待っててください」




