デュフフ
事務所から天音の自宅まで車で二十分ほどだった。二人は天音の自宅マンションの前まで到着していた。玄関で事前に教えられていた部屋番号をオートロックに入力し、呼び鈴がなる。
「ナシさん! 烏丸さん!」
涙交じりの声が聞こえて来た。ドアのロックは解除され二人は部屋に向かい、そして、ドアを開けた。
そこに立っていたのは風呂上がりのタオル姿の天音だった。胸から下をタオルで巻いており、長い髪は後ろで結んでいた。そして、料理で使うお玉を武器代わりに持っており、剣を構えるような姿勢でお玉を構えていた。
「天音さん!」
ナシがそう言うと玄関から向かい側にある部屋の窓が勝手に開いた。そして、ベランダが丸見えになる。外の空気が中に入って来て、風でカーテンが靡いていた。二人は急いでベランダに出た。
二人はベランダを見下ろす、人の姿はない。高層マンションの上層階、かなりの高さがあった。
「ここから飛び降りたのか?」
「そしたら死にますよ」
「どこか伝って、降ってるのか」
「僕もここから下へ降りて…」
「いや、いい…」
前のめりで今にも飛び出しそうなナシのワイシャツの襟を掴んで烏丸は後ろに引いた。
「ここから落ちたらナシだってただじゃ済まないだろ?」
「そうですけど。でも、僕にしかできないことです。やらせてください」
「上司命令だ。今回はいい。まだ、マイクもあるし、捉えるチャンスがなくなったわけじゃないだろ?」
「そう…ですね」
「お前、もっと自分を大切にしろよ。死なないからってどんな痛みでも受けていいわけじゃないだろ?」
「…はい」
ナシは振り返って天音に説明する。
「天音さん、すいません犯人を取り逃しました。引き続き監視を続けさせてください」
「はい…でも、どうしよう。また、犯人が入って来たら困るし…」
天音は手を顎に当ててうーむと考え込む。そして、何か閃いた。
「そうだ! 二人とも今日はうちに泊まってください。そしたら安心して眠れます」
天音は弾むような声音だった。しかし、烏丸は天音から視線を背ける。そして、腕で視線を遮った。
「あ、あの…天音さん服、着てください」
天音は思い出したようにして急に顔を赤る。
「ご、ごめんなさい。今着替えて来ますね」
天音は下がって急いで別の部屋に入って行った。
「あの人、本当に人気アイドルなのか?」
「人気アイドル…らしいです」
しばらくすると、天音は事務所に来た時と同じようなスウェットを着て登場した。そして、烏丸の目を見て首を傾げる。
「これでいいですか?」
「は、は…い…」
「あのう、僕たちは外の玄関で立って見守ってるので天音さんは寝てもらっても大丈夫ですよ」
「じゃあナシ行くぞ」
「はい」
「ここで見張っててもいいんですけど?」
そう言って天音は自分の寝室を指差すが、
「い、いえ、自分たちは外にいますから」
烏丸は否定した。
それから一晩が経過して朝を迎えた。早朝だった。
天音のマンションの部屋の外で仁王立ちして待っていた二人の間にある扉が開いた。
「うーん!」
背伸びしながら天音は出て来た。
「久しぶりにこんなにぐっすり寝れました。家じゃとてもじゃないけど眠れなかったし、ホテルの布団はなんかゴワゴワして眠りづらがかったし、二人ともありがとうございます!」
「う、す」
「いえいえ」
二人が答えると天音は、
「二人とももしかして寝てないんですか?」
「はい、一日くらい大丈夫です」
「そんな感じっす」
「これからライブがあるんですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫です。命に変えても天音さんをお守りすると誓います」
「よかった! これで安心して外を歩けます」
天音はそう言うとマンションを降りて、一階でマネージャーが待機しているワンボックスカーに乗り込んだ。そして、烏丸とナシもマンション近くに止めておいた車に乗り込んでワンボックスカーを追う。行先はすでに天音から聞いていた。
天音のマンションから一時間ほど車を走らせたライブ会場に二台とも車が到着した。そこにはドーム状の大きな建物があり、ドームの外では出店の準備なんかが行われており、ライブ開始前だが、すでに人が多く来ていた。
天音はワンボックスカーを降りてドームの裏側の関係者通路からドーム内に入る。ナシと烏丸はドームの一般用の駐車場ですでに車が数百台は止められている中に車を止めてマイクの音に集中していた。
「天音っち、おはー」
「おはー」
「天音、この衣装に着替えといて」
「はーい、更衣室借りまーす」
マイクからはそんな声が聞こえていた。
「Twinkle Beatsってそんなに人気なのかな?」
「僕はテレビ見ないからよくわからないです。でも、すごいお客さんの数です」
二人が車内で呑気に会話をしている間にも、着々とことは行われていた。
天音は更衣室に入ると着ている服を脱いで、下着姿になる。すると、天音の耳に装着しているマイクをこっそり取り、その手で口をゆっくりと誰かの手で塞がれた。耳元では荒い息遣いが聞こえてくる。天音は声が出せずにいる。
「デュフフ…デュフフ…」
誰かの息遣いが聞こえる。




