酒
小鳥遊はナシの正面に来るように椅子を移動して座り直した。そして、両手を広げて言った。
「ナシさんの精神状態を知ってきたいんだ。戦闘があった時、ナシさんの感情はどんな感じだったのかな?」
ナシは人差し指を立てて一度上にあげた、それから下に下ろした。
「なんか…こう…感情が急にドーンって下がる感じです」
「うーむ、それはプラスではなくマイナスの感情ということでいいのかな?」
「多分…そうです」
小鳥遊はクリップボードを持ち、何かメモを取りながらナシの言うことを聞いている。
「具体的にはどんな感情かな? 痛いとか辛いとか」
「そんな感じです。とにかく体が痛くて。だから辛くて、苦しいです」
また小鳥遊は何かをメモする。そして、また聞く。
「烏丸さんの言うことによるとナシ君は二、三回は致命傷を負っているということだったからね。それだけ死に値するダメージを受けていると言っていい。それは我々が想像を絶するくらいの苦痛と闘っていると考えてもいいね」
小鳥遊はまた何かメモを取り、クリップボードを膝の上に立てた。小鳥遊はうーむと声を出し、何かの結論に至ったかのようだった。
「現状考えられるのは軽度の鬱症状だろうね」
そして、小鳥遊は続ける。
「あとは、痛みが強いと言うことだから。痛み止めの薬を出しておこう。あとは抗不安薬だ」
小鳥遊はまた何かメモを書いて看護師に渡した。看護師はそのメモを受け取り、また診察室の裏手に下がっていった。
「薬でなんとかなるといいね。私も全力で協力させていただくよ」
「ありがとうございます。小鳥遊先生忙しいのにわざわざ診察までしてもらって」
「いや、いいんだ。ナシさんのためならなんでもさせてもらうよ。ところで…」
小鳥遊はと途中まで言いかけてから、
「烏丸さんが棺からナシさんを発見しましたが、それ以前の記憶は何か僅かでも戻ったりはしましたか?」
「いいえ、何も思い出せないです」
小鳥遊は持っていたクリップボードを膝の上に寝かせた。そして、ナシのことをじっと見た。
「ナシさん、もしかして死にたいと思ったことはありますか?」
「……」
しばらく二人の間に沈黙が流れた。そして、小鳥遊がその沈黙を破った。
「わかりました。以上で検査は終了します。こちらがナシさんの薬になります。特殊生体研究科では私が薬の処方も行っているんですよ」
小鳥遊は薬の入ったビニール袋をナシに手渡した。
「そうですか。ありがとうございます」
ナシは薬を受け取り、外の待合室にいる烏丸と合流した。
「お待たせしました」
「おお、ナシ。大丈夫だって?」
「はい、大丈夫です! でも、ちょっと薬をもらっちゃいました」
ナシは少年のようなパアッとした笑顔でそう答える。そして、二人の間で少し沈黙があって、
「そうか、なら大丈夫だな」と烏丸は言った。
烏丸とナシは車に乗り込んだ。
「事務所に戻るか」
「はい」
二人は事務所に戻っていた。事務所の駐車場に車を停めて、そして、二人は事務所が入っているいるビルの階段を上がる。そして、二人は株式会社Dの事務所前のドアまで来ていた。
ドアを開けると。
パァン! パァン!
クラッカーのなる音と共に二人の拍手で出迎えられる。
「Dさん、佐藤さん」
ナシは呟くようにして二人の名前を呼んだ。
「おめでとう。大変だったね」
「Dさんは何もしてませんでしたけどね」
Dは烏丸の肩に手を置いて得意げに言う。
「今更何を言っているんだい君は、いつものことじゃないか」
Dはムフフと笑って手のグラスに持っているシャンパンを一口口に含む。
「とりあえず千万手に入ったし、みんな今日は飲もう飲もう」
Dは烏丸に缶ビールを渡すが烏丸はそれをすぐさまガラス台のテーブルの上に置いて、ジュースの缶に持ち替えた。
「命懸けという言葉がナシ君に適しているのかはわからないけど命を賭けて今回の仕事を成し遂げてくれたんでしょ?」
Dはグラスを持ってナシに掲げた。ナシもグラスを持ってDのグラスとカチンと音を当てて合わせる。そして、Dはナシのグラスにテキーラを注いだ。
「…Dさんのためならなんだってします」
Dは少し驚いたような表情になる。そして、口元を少し緩めて言った。
「少し暗いじゃないか。こういう時は酒を飲んで嫌なことを吹き飛ばすんだよ」
両手を振って、腰を振ってダンスする仕草をするDにナシも少し笑みが戻る。
「ぐいっと、ぐいっといっちゃいなナシ君」
Dは手を叩き始めた。
「はい、一気」
もう一度手を叩く。
「一気、一気、一気飲み」
「Dさんこの時代にそれはやっちゃダメですよ。ナシも間に受けなくていいからな」
烏丸の横でナシはグラスに並々注がれたテキーラを一気飲みした。
ナシはショットグラスに入ったアルコール度数四十パーセントのテキーラを一気に体に流し込んだ。ナシは腹の底からじわりと何かが湧き上がってくるような感覚になった。
「気分が良くなってきました。さっきまであんなにドーンって落ち込んでたのに…」
Dはナシの肩を組んでニヤリと笑みを浮かべる。
「酒はいいでしょう? 嫌なことはなんでも忘れさせてくれるんだから」
ナシはつぶやいた。
「嫌なことはなんでも…」




