サンドバッグ
ナシは拳銃を捨てて、ワイシャツの襟を整えた。そして、生身で餓鬼魔に突進していった。そのまま餓鬼魔の腰を掴む。
「なんだぁ! この小僧!」
餓鬼魔はナシの頭を掴みナシを引き剥がした。そして、ナシの頭を持ったまま壁にぶつける。ナシは頭から出血する。
ナシがふらついている間に烏丸は後方から滑り込み、そして、餓鬼魔の脇腹に蹴りを入れた。
「硬!」
蹴りを入れてもまるで地蔵の如く、餓鬼魔は微動だにしなかった。
烏丸は餓鬼魔に足を持たれて投げ飛ばされる。壁に体を打ちつけた。
「俺は硬質化が能力だぁ。どこでも自由自在に高質化して防御できる」
そして、餓鬼魔はある光景を見て、ニヤリと笑った。
ナシが頭を壁に打ち付けてできた傷が修復しているところだった。
「お前も有能力者かぁ! 見たところ回復系の能力を持ってるみたいだなぁ」
餓鬼魔は指をゴキゴキと鳴らした。そして、ナシの方へ歩を進めた。
「女はもういいわぁ。ちょうど今、仲間の裏切りでむしゃくしゃしててよぉ…」
餓鬼魔は足を引いた。蹴りを入れる体制に入っていた。攻撃の初動は完全に見えていた。そして、ナシは回避しようとしゃがもうとしたが…。
ゴキィィイイ。
餓鬼魔の大木のような足がナシの頬を捉える。首の骨が折れる音が生々しく聞こえる。それから、餓鬼魔は足を振り抜いた。
ナシは人形みたいに飛ばされてアパートの横の壁を突き破って二階から放り出された。
ナシは二人が乗っていたレンタカーのボンネットに背中を打ち付けて、弾んで地面に転がる。
「サンドバッグ代わりになってくれやぁ」
餓鬼魔は少しズレたスーツの襟を正してそう言った。
烏丸は女を背にして、銃を構える。
「見たところお前は無能力者ってところかぁ。身体能力は高いようだがなぁ、俺の前ではゴミ以下だぁ」
烏丸は銃を撃った。しかし、まるで豆鉄砲を撃っているかのように銃弾は餓鬼魔には通用しない。
餓鬼魔は拳を硬質化した。そして、烏丸を殴ろうとして腕を引いた。烏丸は銃を放り投げて女を守ろうと餓鬼魔に背を向ける。
餓鬼魔が殴ろうとしたが…。拳が動かない。
ナシが餓鬼魔の丸太のような腕にぶら下がっていたのである。子供が大人の腕にぶら下がるような両者のサイズ感があった。
「よく戻ってきたぜぇ。俺のサンドバッグ」
餓鬼魔は腕にぶら下がるナシの顔をもう片方の手で鷲掴みした。そして、地面に叩きつける。床にヒビが入った。
「よく見とけお前らぁ。お前らが無力だからこいつはボコボコのサンドバッグになるんだよぉ」
ナシは自分の顔を鷲掴みする手を引き剥がそうと両手で抵抗するが。餓鬼魔の手は全く動かない。そして、餓鬼魔はナシに馬乗りになる。ナシの体に餓鬼魔の影が落ちる。
「いいねぇ。さっきの傷も回復してきてるぜぇ」
餓鬼魔は、何度も。
フンッ!
何度も。
フンッ!
何度も
フンッ!
ナシを殴り続けた。
ナシの顔は傷でボコボコになる。気を失っているナシを餓鬼魔がワイシャツの襟を持ち上げて無理やり起こすが体には力が入っておらず、ナシは口を開けたまま上半身がそりかえる。
「これで仕上げだぁ」
餓鬼魔はナシの両頬を掴み顔を持ち上げる。ナシはもはや白目を剥いている。
それでもお構いなしに、
フンッ!
餓鬼魔は硬質化した額で頭突きした。ナシの額は陥没し、血まみれになる。餓鬼魔はナシとくっついた額をゆっくりと剥がした。そして、両手を離すと力なくナシは床に倒れた。
それでもナシの体の傷口は修復を始めている。そして、ナシが気を失っている時だった。
「お、お前、これ…」
餓鬼魔はポツリポツリと言葉をこぼすように言っていた。女が包丁で餓鬼魔の後ろから腰を刺したのである。
「ヤバ! 硬質化って言っても鋭いものは通すんね」
「女ぁ!」
餓鬼魔は包丁を抜いて、女をビンタした。グローブのような大きな手が女の頬を捉えた。
女は壁に頭を撃って気を失ってしまった。
餓鬼魔も大量の出血と大量に汗をかいている。
餓鬼魔は自分の腰に刺さる包丁を抜いて、女に刺そうとしたが…。包丁は女には届かなかった。
烏丸が手で防いで貫通して止まっていたのだ。
「餓鬼魔さんもう殺しはやめてください。どうか話し合いで解決してください。依頼主はそれを望んでいます」
「餓鬼魔さん! 殴るなら俺を殴ってください」
「海老名さん!」
玄関の向こう側にいたのは海老名だった。足元には猫が数匹いる。
「もう見てらんねぇよ、お前ら」
海老名はその場で膝をついた。次に、手をついて。土下座した。
「ホントすいませんした! 餓鬼魔さん、ケジメはつけさしてください」
餓鬼魔はゆっくりと海老名の方へ歩を進めた。床に白目を剥くナシを跨いでゆっくりと海老名の方へ向かう。
そして、玄関で土下座する海老名の元へ到着し、しゃがみ込んだ。そして、海老名のこめかみあたりを両手で持って、膝蹴りを額に入れた。
「イテェ!」
「これでチャラにしてやる。組長には俺からなんとか言っといてやるよ」
「い、いいんすか!」
そして、餓鬼魔は床に横たわるナシの方へ視線を送った。そして、不敵にニヤリと笑みを浮かべる。
「ああ、面白いおもちゃを紹介してくれた礼だ。ありがたく思えよ」
餓鬼魔はドスンドスンと足音を立てて二階のアパートの階段を降りて玄関から下り、黒いワンボックスカーに乗り込む時だった。餓鬼魔はポツリとつぶやいた。
「株式会社Dのナシ。…覚えたぜ」
そして、黒いワンボックスカーは出発し、遥か遠くへ消えていった。




