6話 守り人
「ただ、数年前から、山や森の木々が次々と伐採され、おびただしい数の黒く光る不気味な板や巨大な風車が設置されはじめました」
「太陽光パネルや風力発電だな……」と晴真。
「太陽光って? 」
「黒く光るパネルのことだよ。太陽の光で発電するんだ」
「一見、良さそうな感じですね。草木の精氣が著しく減少する一方で、人間達の絶望と怒り、不満、あらゆる欲望の念や邪気が増え、精氣の代わりにそれらを取り込み 悪妖に堕ちる妖が増えだしました。森の生態系も崩れ、《森の守り人》として何とかしなければいけなくなりました」
「世界で30年間経済成長していない国は日本だけだ。収入は増えないのに、税金は年々増大される。納めた税金を日本国民に還元しないばかりか、多額のお金が海外にばらまいている。だから、日本国民から不平不満・絶望・怒り・恨み等の負の感情を放出しておる。街中では邪気で溢れかえっているところもある。祓っても祓っても湧いてくるから大変だよ……」と康晴はブツブツ呟く。
「まずは、巨大な風車を破壊しようということになりました。しかし、音に敏感な我々のような神獣は、風車から発する得体のしれないエネルギーにより弱体化してしまいます」
「風力発電の近くに住んでいる人の中で、めまい等の体調不良に苦しんでいる人がいると聞いたことがある。人間でもそうなのだから聴覚が鋭い動物達には過酷だろうと思う」と康晴。
「そのため、 神氣が高い人間や僕らを襲ってくる妖を食らって風車のエネルギーに負けない強靭な肉体にし、神通力を身につけて、風車を破壊することが一族の中で決まりました」
「じゃあ、お前以外にも現世に来ている神獣はいるのか? 」と晴真。
「僕だけです」
「狼というのは群れで行動するだろう? なぜだ? 」
「僕が狼の神獣としての能力が低いからです」
「どういうことだ? 」
「僕は他の一族より嗅覚や聴覚が劣っていて……、風車の害も皆ほど大きなダメージを受けないから、僕が選ばれました。皆さんも知っての通り、僕は幼い頃、ここに置き去りにされました。理由は、狼の姿と人型の狼の姿に変身できない出来損ないだったからです」
「なんで、記憶を封印されたんだ? 」と晴真。
「数か月の間ですが、依芙姫ちゃんをはじめ皆さんと過ごした僕が人間を殺すことなんてできるわけないじゃないですか。そのため、現世で過ごした記憶を父に封じられました。ただ、依芙姫ちゃんの血を2回口にしたことで、なぜだかわかりませんが、記憶が蘇りました」
「なるほど、そういう作用もあるのか……。ところで、 碧威君、依芙姫の前に誰か襲った人間がいるのかね? 」と 碧威に尋ねる康晴。
「いえ、それはいません。 神氣が高くて心根が美しい人は中々いなかったので……」
「心根が汚い者を取り込むと、どうなるんだ? 」と晴真。
「僕の意識が暴力的になったり、残忍になるなど悪い方向に影響します」
「なるほど、それで、君は今後どうするんだい? 別の 神氣が高い人間を狙うのかい? それとも森の狭間に帰るのかい? 」と 碧威に尋ねる康晴。
「森の狭間には帰れません……。かといって人を食べることもできません。太陽光パネルや風車のことをもう少し調べて他に方法がないか模索してみようと思います」
「我々人間が森や生態系を乱してしまったこと、本当に申し訳ない。ただ、 碧威君、人間が皆森を破壊してまで太陽光パネルや風力発電を設置したいわけではないんだよ……」
「お義父さん、そういえば風力発電の営業の人を追い返してましたね」と晴真。
「メガソーラーについては多くの国民が反対運動しているのだが、業者が土地を買収し強硬的に工事を進めているらしいのだ」
「多くの人が反対していても推し進めるというのは、僕にはよく分かりません。かつての日本人は木々を伐採したら、その分を植林していたと聞きます。一体どうなってしまったのですか? 」
「昔と比べ価値観も多種多様化しているのだよ……。それが良いか悪いかは別だがね……」と康晴。
「で、お前はこれからどこを拠点にして調べるんだ? 」
「僕は2回も依芙姫ちゃんを殺そうとしました。依芙姫ちゃん、おじさん、本当にごめんなさい。行くところが無いんです。無礼を承知でお願いしますが、ここに置いてください」
「信用できるか! 元は狼なんだから森や林の中にいればいいだろ!? 」と晴真。
碧威は本当に申し訳なさそうに
「依芙姫ちゃん、恐い思いをさせたよね。本当にごめんね。本殿の軒下のところでもいいので、ここに置いてください」
「我々人間は大地において取り返しのつかないことをしている。だから、君達神獣の考えも理解できる。しかし、僕は自分の娘を護りたい。我々は君達神獣を祓うことはできないが、もしまた、君が依芙姫に危害を加えることがあったら物理的な力で以って僕が君を滅することを覚えておいてくれ」と康晴は言った。
祓師を生業にしている康晴は剣術、柔術に長けており、依芙姫に護身術を教える武道の達人でもある。
「はい。その時は僕を殺してください……」
「依芙姫、お前はどうしたい? 気持ちを話してごらん」と康晴は依芙姫に優し気に尋ねた。
碧威の琥珀色をした瞳が依芙姫を見つめている。
鋭い爪と牙で2回も殺されかけた。
そのことを思い出すと、体が震えてしまう。
しかし、記憶を取り戻した今の 碧威の琥珀色の瞳は悲しげだけど優しさを感じる。依芙姫を襲った時の鋭い瞳とは違うことはわかる。
依芙姫は涙を流しながら
「2回も殺されそうになったけど、 碧威君が生きていて本当に良かった。何も言わずに帰ったことも、殺そうとしたことも許せないし怖いけど、生きていてくれて本当に良かった」と口にした。
碧威と約束をした天満月の夕方から今日の日まで、あの時、手を繋いだままでいなかったことに依芙姫はずっと後悔してきたのだ。
「長いこと悲しませてごめんね。殺そうとしてごめんね。もう誓って傷つけたりしないから……」と 碧威も真剣な表情で涙を流しながら依芙姫を見つめる。
「わかった。信じる。ウチにいていいよ」と依芙姫。
「 碧威君、ウチに置く条件は晴真君と一緒に 悪妖から依芙姫を護ることだ」
「わかりました」
「依芙姫の 神氣は桁違いに多い。並の 祓師の3倍近くある。しかし、依芙姫は祓戸の大神の加護を授からず、祓いの力は使えない」
「はい」
「自然の精氣が減る一方で、人々の欲、妬みが充満している。精氣の代わりに邪気や汚れを取り込み、 悪妖に堕ちる妖も増えている」
「はい」
「そのため、膨大な 神氣を発する依芙姫を狙う 悪妖も益々増えるだろう」
真剣な目つきで康晴は「どうか依芙姫を護ってくれ」と 碧威に言った。
「わかりました。依芙姫ちゃん、よろしくね」
こうして自分を殺そうとした初恋の少年が 悪妖から依芙姫を護ってくれる守り人となった。
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