6話 守り人
「ただ、数年前から、山や森の木々が次々と伐採され、おびただしい数の黒く光る不気味な板や巨大な風車が設置されはじめました」
「太陽光パネルや風力発電のことか……」と晴真。
「太陽光って? 」
「黒く光るパネルのことだよ。太陽の光で発電するんだ」
「一見、良さそうな感じですね。草木の精氣が著しく減少する一方で、人間達の絶望と怒り、不満、あらゆる欲望の念や邪気が増え、精氣の代わりにそれらを取り込み 悪妖に堕ちる妖が増えだしました」
「この国は、希望を持ちにくい時代になってしまった。人々の不安や怒りは邪気となって街に溜まり、我らが祓っても次々と生まれてくる。本当に厄介な時代だ」
「邪気の増大はそういう理由だったんですね。しかし、風車は厄介です。僕達のような神獣は、あの得体のしれない力を浴びるだけで弱体化してしまうからです」
「風車の近くで体調を崩したという話も耳にする。人間でそうなら、耳の鋭い獣には耐え難いだろう」と康晴。
「そのため、一族は神氣が高い人間や襲ってくる妖を喰らって力を蓄え、神通力を得て風車を壊す道を決めました」
「じゃあ、お前以外にも現世に来ている神獣はいるのか? 」と晴真。
「僕だけです」
「狼というのは群れで行動するだろう? なぜだ? 」
「僕が狼の神獣としての能力が低いからです」
「どういうことだ? 」
「僕は一族の中でも嗅覚や聴覚が弱く、そのぶん風車の影響も少なかった。だから僕が選ばれました。幼い頃、ここへ置き去りにされたのも、狼に変身できない出来損ないだったからです」
「なんで、記憶を封印されたんだ? 」と晴真。
「「依芙姫ちゃんや皆さんと過ごした僕に、人間を殺せるはずなんてなかった。だから父は、現世の記憶を封じたんです。でも、依芙姫ちゃんの血を二度口にした瞬間、不思議なくらい鮮明に記憶が戻りました」
「なるほど、そういう作用もあるのか……。ところで、 碧威君、依芙姫の前に誰か襲った人間がいるのかね? 」と 碧威に尋ねる康晴。
「いえ、それはいません。 神氣が高くて心根が美しい人は中々いなかったので……」
「心根が汚い者を取り込むと、どうなるんだ? 」と晴真。
「僕の意識が暴力的になったり、残忍になるなど悪い方向に影響します」
「なるほど、それで、君は今後どうするんだい? 別の 神氣が高い人間を狙うのかい? それとも森の狭間に帰るのかい? 」と 碧威に尋ねる康晴。
「森の狭間には帰れません……。かといって人を食べることもできません。風車のことをもう少し調べて他に方法がないか模索してみようと思います」
「我々人間が森や生態系を乱してしまったこと、本当に申し訳ない。ただ、 碧威君、全ての人間が森を破壊してまで太陽光パネルや風力発電を設置したいわけではないんだよ……」
「お義父さん、そういえば営業の人を追い返してましたね」と晴真。
「山を覆うほどの太陽光発電の計画に、多くの住民達も心を痛めている者はいるのだよ。森が失われれば、水も土も、そこに住む生き物達も変わってしまう。止めたいと願う者がいても、強行的に工事を進めてしまうのだ……」
「みんなが反対しているのに、なぜ推し進めるんですか? 昔は木を伐れば植えていたと聞きます。この国は、一体どうしてしまったのでしょう? 」
「昔と比べ価値観も多種多様化しているのだよ……。それが良いか悪いかは別だがね……」と康晴。
「で、お前はこれからどこを拠点にして調べるんだ? 」
「僕は2回も依芙姫ちゃんを殺そうとしました。依芙姫ちゃん、おじさん、本当にごめんなさい。行くところが無いんです。無礼を承知でお願いしますが、ここに置いてください」
「信用できるか! 元は狼なんだから森や林の中にいればいいだろ!? 」と晴真。
碧威は本当に申し訳なさそうに
「依芙姫ちゃん、恐い思いをさせたよね。本当にごめんね。本殿の軒下のところでもいいので、ここに置いてください」
「人間が大地に取り返しのつかない傷を負わせていることは、私も理解している。だから君たち神獣の思いも分かる。だが、私は父親だ。依芙姫だけは命に代えても護る。もし再びあの子に手を出すなら、この手で君を滅する」と康晴は言った。
祓師を生業にしている康晴は剣術、柔術に長けており、依芙姫に護身術を教える武道の達人でもある。
「はい。その時は僕を殺してください」
「依芙姫、お前はどうしたい? 気持ちを話してごらん」と康晴は依芙姫に優し気に尋ねた。
碧威の琥珀色をした瞳が依芙姫を見つめている。
鋭い爪と牙で2回も殺されかけた。
そのことを思い出すと、体が震えてしまう。
しかし、記憶を取り戻した今の 碧威の琥珀色の瞳は悲しげだけど優しさを感じる。依芙姫を襲った時の鋭い瞳とは違うことはわかる。
依芙姫は涙を流しながら
「2回も殺されそうになったけど、 碧威君が生きていて本当に良かった。何も言わずに帰ったことも、殺そうとしたことも許せないし怖いけど、生きていてくれて本当に良かった」と口にした。
碧威と約束をした天満月の夕方から今日の日まで、あの時、手を繋いだままでいなかったことに依芙姫はずっと後悔してきた。再び、大切な存在を失う恐怖から親しい友人を作れずにいるくらいに。
「長いこと悲しませてごめんね。殺そうとしてごめんね。もう誓って傷つけたりしないから……」と 碧威も真剣な表情で涙を流しながら依芙姫を見つめる。
「わかった。信じる。ウチにいていいよ」と依芙姫。
「 碧威君、ウチに置く条件は晴真君と一緒に 悪妖から依芙姫を護ることだ」
「わかりました」
「依芙姫の 神氣は桁違いに多い。並の 祓師の3倍近くある。しかし、依芙姫は祓戸の大神の加護を授からず、祓いの力は使えない」
「はい」
「自然の精氣が減る一方で、人々の欲、妬みが充満している。精氣の代わりに邪気や汚れを取り込み、 悪妖に堕ちる妖も増えている」
「はい」
「そのため、膨大な 神氣を発する依芙姫を狙う 悪妖も益々増えるだろう」
真剣な目つきで康晴は「どうか依芙姫を護ってくれ」と 碧威に言った。
「わかりました」
碧威は依芙姫を見つめながら、
「僕は森の守り人と同時に、依芙姫ちゃんの守り人になるよ。よろしくね」
「うん。よろしくね」
こうして自分を殺そうとした初恋の少年が 悪妖から依芙姫を護ってくれる守り人となった。
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