45話 狼の願い
碧威と4匹の鬼熊の周囲に突風が吹いた。風に乗って、木の枝が鬼熊の目にぶつかった。鬼熊達は「ギャ」と前足で目を擦っていた。
冷気が漂い、鬼熊達の足元が凍りつき始めた。
「助けに来たぜ。狼君」
木霊を肩に乗せ、雨太を抱えた風祭が石畳の階段にいた。隣には3匹の雷獣と雪乃がいる。4匹の鬼熊が怯んでいるうちに、碧威は風祭達の方に跳躍した。
「……助かりました。皆さん、4匹の鬼熊の相手を頼めますか? 」
「お前は? 」
碧威は男を指さし、「あいつを倒します」
「分かった。4匹とは骨が折れるぜ」
風祭は雨太、木霊、3匹の雷獣、雪乃に視線を合わせた。
「みんな、行くぞ!! 」
依芙姫達に救われた妖達は頷いた。
碧威は男に近付き、尋ねた。
「なぜ、お前は風車やパネルを設置して自然を壊す? 」
「我が理想郷を築くには、日本の土地と日本人が邪魔なのだ。日本人は何度支配しても調和を取り戻そうとする。ならば、靈脈を破壊し、五感を鈍らせ、人々を分断する。不安と恐怖に満ちた世界こそ、我が理想郷よ」
碧威は全身を震わせた。
「そんな理由で森を破壊するなんて……ふざけるなっ! 」と碧威は鋭い爪で男に切りかかった。地面が抉られる威力だったが、男は無傷だった。
碧威は右手に火球を作り、男に投げつけた。男に炎が覆われたが、男自身は燃えていなかった。男が手でポンポンと炎を払うと、炎が消えた。
「なっ……」
再び、満月が灰色の雲に覆われ始めた。
「……これならどうだ」
ピカッと夜空に稲光が走り、雷が男に落ちた。しかし、男は平然と立っていた。
「そんなバカな……。鬼熊だって、黒焦げになっているのに……」
男の周りに微に黒い靄が覆っていた。
「膨大な邪気がある限り、私はお前らごときの攻撃では傷一つつけられん。傷をつけられるとしたら、強い力を持つ祓師くらいだ。といっても、この神社の祓師は祓いの依頼で出払っているがな」
「祓いの依頼をしたのは、まさか……」
「そう。私だ! 」
碧威は晴真をちらっと見た。晴真が地面に倒れている。晴真の傍で座っている依芙姫は首を左右に振った。
碧威は6つの火球を男に投げつけながら、依芙姫と晴真のもとに近寄った。晴真の制服が血と土で汚れている。うつ伏せから仰向けの状態に姿勢を変えたのだろう。
「依芙姫ちゃん。晴真は? 」
「神氣を流して辛うじて生きているけど、このままじゃ死んじゃう……」
碧威は炎の中にいる男を見た。
『男には膨大な邪気があり、祓師以外では倒せない。晴真を取り込んで祓いの力を手にしたとしても、大祓詞を唱えられるかわからない。男はそのうち、鬼熊を召喚するかもしれない』
そして、碧威は夜空に浮かぶ満月を見上げた。
『依芙姫ちゃんと幸せに生きたかった。でも、このままでは全滅し、依芙姫ちゃんも死んでしまう』
碧威は大きく息を吐いた。
『……やるしかない』
碧威は地面に膝をつき、依芙姫にそっと口付けた。
「依芙姫ちゃん、好きだよ。……幸せに生きて……」
「えっ!? 」
碧威は鋭い爪で、自分の首と左手をかき切った。
「碧威君! 何しているの? 」依芙姫の顔は蒼白になり、両手で口元を覆った。
「絶望して自ら命を投げ出したか……」と縮小する炎に包まれながら男は呟いた。
碧威の首と左手首から血が流れ落ちる。碧威は左手首を晴真の口元に近づけた。晴真の口腔内に碧威の血が滴り落ちた。そして、碧威は何かを唱えて地面に倒れた。
晴真は澄んだ川の岸辺に立っていた。
「ここはどこだ? 」
川の向こう側には、一面の花畑が広がっている。見渡す限りの花だ。黄金色、淡い桃色や紫、白、水色といった無数の花が風に吹かれて揺れている。
「ここは三途の川なのか? 俺は死んだのか? 」
突如、ジャリジャリと小石を踏みしめる音が聞こえてきた。
「まだ死んでないよ」
晴真が後ろを振り返ると、碧威がこちらに向かって歩いてきた。
「碧威! お前も死んだのか!? 」
碧威は首を左右に振った。
「晴真、君も僕もまだ死んでないよ。ただ、このままだと死んでしまうけどね」
「何!? そうだ! 依芙姫は!? 」
「……生きているよ。だけど、このままだと依芙姫ちゃんもやられてしまう……。だから、晴真、君に僕の能力と神氣を託すよ」
「なっ……」
「天邪鬼の時にも言ったけど、狼の神獣は自分の生命が脅かされている時に自分の能力と経験、神氣を仲間に託すことができるんだ」
「そんなことできるわけが……」
「僕と晴真には同じ想いや志があるから、できるんだ」
「俺とお前が同じ志や想いなんて……」
「……あるよ。依芙姫ちゃんを想う気持ちだよ。あいつを祓って依芙姫ちゃんを守るために、僕の能力と神氣を受け取って! 」
「受け取ったらお前は消えるのか? 森を守る使命はいいのか!? 風車はどうするんだよ!? 」
「僕の代わりに、森を守ってよ……」
「やっぱり、消えるのか!? 」
「消えないよ。晴真、君の中で生き続ける」
「依芙姫はどうなる? あいつはお前のことを……」
「依芙姫ちゃんは晴真のことを大切に思っている。君と僕で依芙姫ちゃんを幸せにしよう。さぁ、受け取って! 」
碧威は晴真の腕を掴み、碧威は徐々に透き通り晴真に溶け込み、碧威の記憶と経験が流れこんでいった。
依芙姫は晴真と碧威の前に座り、神氣を2人に流し続けながらも放心していた。
「碧威君。何で? 私はどうしたら……」
突然、依芙姫の脳裏に途切れ途切れだが、微な女性の声が響いた。
『そ……ま……ふ……にし……きを……せ……』
『イワナガヒメ様!? 神氣を流し続ければいいの!? 』
1分ほど、神氣を流し続けていると、突如、晴真と碧威の全身が銀色の光に包まれ、光が爆発した。依芙姫は光の眩しさに目を閉じた。
そして、うっすら目を開けると、白い小袖と水色の袴を残して、碧威の姿は消えていた。
「ウソ……碧威君。また、いなくなっちゃったの……」
依芙姫はとめどもなく涙がこぼれ、頬を伝った。体が小刻みに震えだした。
「依芙姫。まだ、泣くな。碧威のために、あいつを祓うぞ! 」
依芙姫の前に致命傷を負ったはずの晴真が立っていた。しかし、よく見ると、晴真の耳は人間ではなく、銀色の毛の犬のような耳が生え、ズボンから銀色の尻尾が生えていた。
「……晴真」
晴真は左手を差し出し、依芙姫の右手を掴んで依芙姫を立ち上がらせた。右手には鈴を持ち、銀色の神氣が鈴を包み込んだ。
『いつもの晴真の青白い神氣じゃない。これは……碧威君の神氣? 』
晴真は鈴をシャンシャンと鳴らした。そして、晴真は「ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおゑにさりへて のます あせえほれけ」とひふみ祓詞を唱えた。
黒焦げになった3匹の鬼熊、下半身が氷漬けになり意識を失っている3匹の鬼熊、風祭達と応戦中の4匹の鬼熊の体が徐々に黒い塵となり、霧散して地面に黒い小山を築いた。
「……バカな……鬼熊達が同時に祓われただと!? これ程までに強い力を持つ祓師がいるはずがない」
終始余裕だった男が焦りの表情を浮かべた。
「晴真さん、良かった」と3匹の雷獣達は喜びの声を上げた。
「福竹、狼君の力で復活したのか!? しかし、狼君は消えたのか……」
依芙姫と晴真は手を繋いだまま男に近づいた。
依芙姫の脳裏に声が響いた。
『イワナガヒメ様!?』
『邪気が薄れたことで、我らの言葉が伝えやすくなった』
『えっ、誰!? 』と聞き覚えのない声に依芙姫は驚いた。
『セオリツ、ハヤアキツ、イブキドヌシ、ハヤサスラじゃ』
『祓戸の大神!? 』
『そうじゃ。そなたが祓師と共振しているから、我らの声をキャッチできるのだ。晴真、そなたもその娘を通して、我らの声が聞こえるはずだ』
『えっ、そうなの!? 』と依芙姫は晴真を見た。晴真は頷いた。
『あやつを祓う前に、尋ねてほしいことがあるのじゃ』
『わかりました』
『あやつは以前にも伝えたが、この星の者ではない。リレ種族なのだ』
『リレ種族? 』
『争いが好きな種族じゃ。今は邪気の集合体のような存在で、生き物に取り憑いているのじゃ。だから、あやつには物理攻撃は効かない。祓うしかないのじゃ』
『わかりました』
男に近付きながら、晴真は右手に八握剣の柄を握り、銀色の神氣の刃を出した。
男が漆黒の丸い玉を依芙姫達に投げつけたが、晴真は八握剣で漆黒の球を切った。
「晴真さん、すごいです! 」とジンが歓声を上げた。
「あなたに聞きたいことがあるそうです」
「なんだと? 」
「イワナガヒメ様、祓戸の大神の言葉を伝えますね」
「お前、巫女なのか!? 」と男は驚愕した。
「我々は祓いの力と膨大な神氣で、あなたを祓う手助けをします。ただし、あなたが大人しくこの星を去るならば祓いません。どうしますか? 」
「どちらもごめんだ。あと少しで不安と恐怖に満ちた世界を構築できるのだ……」
「ここはあなたの星ではないのですよ」
「帰ってまた下っ端生活に戻るのは嫌だ!! 」
「……そうですか。ならば、あなたを祓うまでですよ」
「私は祓われん。その前に、貴様を媒介にしているこいつらを殺すまでだ!! 」
男から膨大な邪気が噴出し、無数の尖った刃となって、依芙姫と晴真に襲いかかった。依芙姫が左手を突き出し、神氣の壁を作った。無数の黒い刃が神氣の壁に突き刺さった。
「ならば……」と男の両手が鋭い剣を形成し、連続して壁に切りつけた。壁はパリッと割れた。
男は依芙姫に切りかかろうとしたが、男の動きが止まった。男の足元が凍りつき木の根が絡みついたのだ。
「俺達もいることをお忘れなく! 」
「なぜ、妖が人間の見方をする!?」
「日本、地球を守りたい……」
「穢らわしい邪気に汚染された土地で生活したくありませんわ」
「祓われたくなければ、自分の星に帰れ!! 」
妖達が口々に叫んだ。男は体を小刻みに揺らした。
「やめろ! 私は調和や団結のエネルギーは大嫌いなのだ!! 」
漆黒の刃で、男は足元の氷と絡まった木の根を粉砕した。そして、依芙姫に切りかかろうとした。
「かしこみかしこみ申す。瀬織津姫、速開都姫、氣吹戸主神、速佐須良姫、祓戸の大神、リレ種族を祓い給え清め給え」と晴真は大祓詞を唱えた。
八握剣は更に巨大な銀色の刀身を形成した。晴真は男の眉間に八握剣を突き刺した。
「ギャァァァッ」と男は叫び、男の体に覆っていた黒い邪気は薄れ、消滅していった。男の膝が折れ、地面に倒れた。
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