42話 燃える磐守神社
森から車道に出たところで、碧威は依芙姫を道路におろした。
「ありがとう」
「夜になったら背負えるけど、どうやって帰る? 」
「距離もあるし、新幹線に乗って帰ろう」
碧威は依芙姫を上から下までじっと見た。
「えっ……何? 」
碧威に見つめられて、依芙姫は胸が苦しくなり、頬がほんのり赤く色づいた。
「いや……その……服や靴下に穴が開いていると思って……」
碧威に指摘され、依芙姫はTシャツと靴下を見た。犬やイタチの悪妖に腹部や足首を噛みつかれたことを思い出した。
「……忘れてた。こんな状態で、電車や新幹線に乗るわけにはいかない。ちょっとそこの茂みで着替えてくるね」
着替え終えた依芙姫は周りの景色を見渡した。
「ここはどこだろう? 」
「北の山奥かな」
依芙姫はスマホで現在地を確認をした。表示に少し時間はかかったが、何とか地図が開いた。
「こんな遠くまで来てたんだ…… 」
依芙姫は帰宅の経路を検索すると、最寄りのバス停まで徒歩45分と表示された。
「まずはバスで駅まで向かうしかないか……」と依芙姫は呟いた。
碧威がヒョイと依芙姫を抱き上げた。
「バスに乗るところまでまで案内してくれる? 」
「えっ……人に見られたら……」
「早朝だし大丈夫だよ。人や車の気配がしだしたら、降ろすから……」
結局、バス停まで人とすれ違うことはなかった。
2人はバスと電車を乗り継ぎ、新幹線に乗りこんだ。駅弁を食べ終えた碧威は、程なくして寝息を立て始めた。
依芙姫は風車の害を体験した後、再度、SNSのBを見た。
「風車が起動しなくなって、体が楽になった
よく眠れた
羨ましい」
といった投稿が目立った。
風車の機能停止で落胆している人の書き込みは見当たらなかった。
「風車を止めてもらうには、どうすればいいんだろう? やっぱり、建設会社の人達に実際の被害を体験してもらうしかないのかな。あの場所にずっといたら、誰だって『風車はいらない』と思うはず……」と依芙姫はボソッと呟いた。
「良い考えだね」
依芙姫は思わず上半身が飛び上がった。
「うわっ! 碧威君、起きてたの! 」
「今、目が覚めたよ」
「ただ、説得して体験してもらうのは難しいと思うよ」
「まぁ、人間だとね……」
「えっ! どういうこと? 」
「人間じゃない存在が対応するのが良いと思う。おいおい作戦を立てていこう」
「……うん」
新幹線を降り、電車をいくつか乗り換え、依芙姫と碧威は神楽駅に降りた。
太陽が沈み、夜空に星と満ちゆく月が輝き、虫の音がリンリンと響く中、依芙姫と碧威は磐守家に着いた。依芙姫が玄関の戸を引いた。依芙姫の声を聞いた里子と芽生が玄関に出てきた。
「おかえり、お姉ちゃん、碧威君」
「無事で良かった。お腹すいたでしょ。中に入りなさい」
依芙姫と碧威は手洗いとうがいを済ませ、居間に座った。依芙姫、碧威、里子、芽生は暫く夕食を食べていると、康晴が居間に入ってきた。
「おかえり。依芙姫も碧威君も無事に帰ってこれて良かった。とりあえず、今日はゆっくり休みなさい」と康晴は静かに言った。
夜の11時頃、依芙姫は自室に敷いた布団の中で寝返りを打った。
「疲れているのに眠れない」
すると、窓の外から赤い光が脈打つように漏れてきた。パチパチッと乾いた爆ぜ音が響き、夜の静寂を引き裂いた。
依芙姫は布団からガバッと起き上がり窓に駆け寄った。
「火事? 」
トントンと依芙姫の部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「依芙姫ちゃん、本殿が燃えている! 」
依芙姫は部屋の戸を引き、廊下に出ると、碧威が立っていた。
「依芙姫ちゃん、外に出よう」
里子に起こされて眠そうな目をした芽生も部屋から出てきた。
「何? 」
依芙姫達が外に出ると、磐守神社の本殿の前方が燃えていた。康晴がスマホで通話しているのが見えた。
「あなた! 依芙姫達を起こしたわ」
「お父さん、何で本殿が燃えているの? 」
「……わからぬ。とりあえず、消防車は呼んだ……」
碧威は鼻をピクピクと動かし、
「……油の臭いがする」
「まさか、放火!? 」
「火の回りが早いよ! 消防車が来る前に、全部燃えちゃうかも」
ごおおっと磐守神社の裏山に隣接する山にも火の手が上がった。
「嘘! 向こうでも火事!? 」
芽生がヒステリックな声を上げた。
突然、依芙姫の脳裏に女性の声が響いた。
『雨降小僧を呼ぶのじゃ』
『イワナガヒメ様!? 』
『早く! 一帯が燃え、靈脈が崩れてしまうぞ』
依芙姫はスマホの画面を触りながら、碧威達から離れた。
「依芙姫ちゃん!? 」
「ちょっと電話をするね」
依芙姫はスマホを耳に当て歩きながら、応答に応じてくれるのを待った。
「……もしもし」
「夜分遅くに申し訳ありません。風祭先生」
「どうした? 」
「うちの神社の本殿と近くの山が燃えているんです。雨太君を連れてきてください! 」
「わかった! 雨太と共に向かう。安全なところで待っていろ」
「よろしくお願いします」
依芙姫がスマホを切ると、本殿の燃えている箇所が拡大していた。碧威が依芙姫に駆け寄った。
「雨太君を呼んだよ」
「雨を降らせるんだね! 」
雲1つない藍色の夜空に、満ちゆく月と星々が煌めいていた。しかし、突然、灰色の雲が空を覆い始めた。やがて、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきた。
「雨だ! 」
「火は消えるかしら? 」
「もっと強い雨でないと……」
上空から風がビュッと吹き荒れた。反射的に依芙姫は目を閉じ、すぐに目を開くと、黒い翼を生やした大天狗の風祭と雨降小僧の雨太が地面に舞い降りた。
「風祭先生! 雨太君! 来てくれて、ありがとう」
雨太が依芙姫に駆け寄り、手を差し出した。
「もっと強く激しい雨を降らせます」
「お願い! 」と依芙姫は雨太の手を握った。
次の瞬間、雨粒の重さが変わった。ポツポツという雨音がバチバチという連打音に変わり、地面に打つ水が白く跳ねた。激しい瀧のような雨が磐守神社周辺に叩きつけた。
燃え上がっていた本殿の前側が次第に火の勢いを失っていく。
「すごい! 火が消えていく! 」と芽生が歓声を上げた。
本殿前を覆っていた炎は徐々に勢いを失い、黒い煙へと変わっていった。隣りの山の木々を包んでいた火もやがて消え、白い蒸気だけが立ち上がっていた。
「……火は消えたな」
「風祭先生、雨太君といったか。本当に感謝申し上げる」と康晴は深々とお辞儀をした。
「いえいえ、ようやく助けていただいたご恩を返せました」と雨太は答えた。
カンカンカン。消防車のサイレンが響いてきた。
「消防車が来たか……。とりあえず、火が収まったことを伝えねば……」と康晴は小走りで磐守神社の駐車場へ向かっていった。
「火災の心当たりは? 」と腕を組んだ風祭が依芙姫に質問を投げかけた。
「わかりません。でも、碧威君が油の臭いがすると言っていました」
「放火か。先日も、空海の縁の霊化堂と570年続く寺が全焼したばかりだ」と風祭は溜息をついた。
「うちの神社は全く有名でもないのに、何で? 」と芽生が呟いた。芽生の気持ちを宥めるために、里子が芽生の背中をさすった。
「ひとまず、俺達は家に帰るが、暫くは警戒した方がいい」
「はい」
「今日はありがとうございました」と里子が風祭と雨太にお礼を言った。
風祭が手を振りながら、雨太と共に磐守神社の鳥居をくぐり、階段を下りていった。
里子が依芙姫、芽生、碧威に向かって、「あなた達は部屋に戻って、休みなさい。私はお父さんのところに行ってくるわ」と言った。
依芙姫達はそれぞれの部屋に戻った。依芙姫は布団に入ったが、先程の本殿の火災が目に焼き付き興奮して、中々寝つけなかった。
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