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磐守姫と銀色の神獣 〜祓師、神獣、妖と紡ぐ和風ファンタジー〜  作者: ハルモニア
第6章 願いが紡ぐ未来

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41話 森の狭間の狼の集落

 碧威は依芙姫を抱きかかえ、ブナの森の奥へと進んだ。舗装は途切れ、湿った土を踏みしめながら細い山道を抜けていく。沢のせせらぎと葉がこすれる音だけが静かに響いていた。


 やがて、空間が揺らぐ場所へ辿り着く。木々の間にできた、森の狭間だ。碧威が一歩踏み込むと、その先には木と土で造られた家々が立ち並んでいた。


「おいっ、碧威。なぜ、戻ってきた? しかも、人間の小娘を連れて……」


 長い銀髪を横三編みにした美しい少女、碧威の姉、牡丹が琥珀色の瞳で睨みつけた。


「牡丹姉さん……」


「使命をまだ果たしていないだろう? 」


「この辺りの風車は、あらかた破壊したよ。だいぶ体も楽になっているはずだ」


「でも、まだ北の方や日本海岸側には風車がたくさん残っているだろう? 」


「そうだね。だから、僕が使命を果たせるよう、依芙姫ちゃんの左手首の手当てと神氣を分け与えてよ」


「何で、私が人間の小娘にそんなことをしないといけないんだ!? 」


 牡丹は狼の耳と尻尾を逆撫でた。


「僕は日本三大悪妖の大嶽丸の血を取り込んだ。絶大な神通力と引き換えに破壊衝動が抑えられなくなった。でも、依芙姫ちゃんが僕にたくさんの神氣をくれた。そのお陰で僕は正気に戻れたんだ」


「正気に戻れたのなら、小娘の命など、どうでもいいだろう」と両腕を組みながら、牡丹は言い放った。


 碧威は氷のような視線を牡丹に向けながら、右手に火球を作り出した。


「依芙姫ちゃんは大切なんだ。さっきも言ったけど、僕は大嶽丸の血を取り込んでいるよ。依芙姫ちゃんを見殺しにされた怒りで、破壊の衝動が起き制御できずに、うっかり姉さんやこの集落を破壊してしまうかもしれない」


「姉を脅すのか……」とボソッと牡丹は呟いた。


「……わかった。こっちに来い」


 狼の耳と尻尾を垂れ下げた牡丹は碧威に手招きをし、歩き出した。

 程なく歩いていると、軒先に薬草をつるした平屋に案内された。風が吹くと、苦みと甘みが混じった匂いが仄かに香った。


 牡丹は戸を開け、「ごめんください」と言った。中は薄暗く、壁一面の棚には乾燥した草の根、皮、実が入った瓶が並んでいた。


 奥の間から、長い銀髪を後ろで1本に縛った細目の男が出てきた。男は牡丹の隣にいる碧威と抱きかかえられた依芙姫を一瞥した。


「誰かと思ったら、牡丹じゃないか。しかも、弟と人間の小娘を連れて一体どうした? 」


「葛久先生、この娘の治療をしてもらえませんか? 」


 葛久は細い目で依芙姫をにらみつけた。「何で、僕が人間の小娘を治療しないといけない? 」


 牡丹は葛久の両肩をガシッとつかみ、圧を飛ばした。


「この娘を治療してくれないと、碧威がこの集落を破壊してしまいます! 」


 葛久は牡丹の気迫に押され、両手を上げ、「わかったわかった」と言った。


「何があったかわからんが、とりあえず、その小娘をこちらに……」


 碧威は葛久に案内された部屋に敷かれた布団に依芙姫をそっと横たわらせた。


「お前らは半刻ほど外で待っていろ」と言って、葛久は部屋の襖を閉めた。


 1時間ほどして、碧威と牡丹は葛久の部屋に戻ってきた。依芙姫は木綿の布団に寝かされている。


「左手首の治療はした。枯渇した神氣は徐々に満たされ始めているが、幾分、血が足りない。造血作用と神氣が豊富な薬を調合した。……飲ませろ」と言って、葛久は碧威に薬を手渡した。


「ありがとうございます」


「まぁ、怪我人や病人を治すのは薬師の仕事だからな」と言って、葛久は部屋から出ていった。


 碧威は調合された薬を口に含み、依芙姫の唇に自分の唇を重ね、薬湯を飲ませた。ごくっと依芙姫の喉が動いた。


「お前、姉の前で堂々と……」


「見なきゃいいだろう」


「……たくっ」


 碧威は依芙姫の頬を撫でてから、牡丹を見た。


「お陰で助かったよ。ありがとう」


 フンと牡丹はそっぽを向いた。


「ところで、牡丹姉さん、風車を破壊するだけじゃダメだと思う」


「なんだと!? 」


「壊しても、また建てられる。奴らの狙いは風車や黒い板で靈脈を破壊することだ。だから、元凶を叩かないと意味がないと思う」


「元凶をどうやって見つけるんだ!? 」


「依芙姫ちゃんや依芙姫ちゃんの家族……、人間に協力して貰わないといけないと思う」


「……そうか」


 碧威と牡丹は依芙姫を挟んで横になり、目を閉じた。



 障子の隙間から差し込む光に、依芙姫は目を覚ました。見慣れない部屋に横たわっていた。碧威と牡丹が傍で寝ていた。


「ここはどこ? 」


 碧威の狼の耳がピクッと動き、ガバッと起き上がった。


「依芙姫ちゃん! 目を覚ましたんだね」


 碧威は依芙姫をギュッと抱きしめた。


「……碧威君」


 依芙姫の頬がほんのり赤くなった。


「体は大丈夫? 」


 依芙姫は左手首を見ると、白い木綿の布が巻かれていた。


「うん。ここはどこ? 」


「森の狭間。狼の集落だよ。ここは牡丹姉さんの知り合いの薬師の家だよ」


「目が覚めたようだな」といつの間にか牡丹も起き上がっていた。


「牡丹さん、ありがとうございます」


「私は碧威に脅されただけだ。礼なら葛久先生に言ってくれ。それと、姉の前で朝からイチャイチャしないでくれ……」と牡丹は言った。


 依芙姫は碧威を押した。碧威は渋々、依芙姫から離れた。



 ふと香ばしい匂いが漂ってきた。襖が開き、葛久がお盆に3人分の食事を持って入ってきた。


「目が覚めたか? 朝食だ。食え」と依芙姫に皿を差し出した。何かの肉の塊の上に、野草とニンニクがのっている。皿の上に木でできた箸が添えられている。


 依芙姫は肉を凝視しながら、『……朝から固まり肉。何の肉だろう? 』と思った。


 碧威と牡丹は塊肉にがぶりつき、むしゃむしゃと食べている。


 しかめっ面をしながら、葛久は「鹿肉だ。血を補給するためにも食え! 」


「はい」と依芙姫ははしで鹿肉を割いた。


『外は焼けているけど、中はまだ赤いような……。ちゃんと焼けてるのかな? 』と依芙姫は恐る恐る鹿肉を口に入れた。


 野性味あふれる味が口内に広がった。


『意外と美味しい。胡椒があると、もっと美味しくなるかも……』と考えながら、依芙姫は鹿肉を頬張った。


「朝食を食べたら帰るんだ。僕は薬師としてやるべきことはやった」


「葛久さん、ありがとうございます」


「礼を言うなら、日本海岸側の残りの風車を早く止めてくれ」と腕を組みながら、葛久は依芙姫を睨みつけながら言った。


 葛久の依芙姫への態度で、人間を嫌悪しているだけでなく、風車は狼の神獣にとって相当不快なものであることが伝わってきた。


「私の力では何とも……。ありがとうございました」


 3人は葛久の店を出て、森の狭間の入口に移動した。


「牡丹さん、ありがとうございました」


「葛久先生も言っていたが、早く風車を何とかしてくれ」


「実際に来て、風車の害を実感しました。私も頭痛や耳鳴り動悸がしました。何とか解決法を探します」


「お前達人間も不快なんだな」と小声で牡丹は言った。牡丹は真剣な表情で碧威を見つめた。


「碧威、もう悪妖の力を取り込むなよ。母上も心配するぞ」


「……わかった。じゃあね、牡丹姉さん」


「それでは失礼します」


 依芙姫はお辞儀をし、碧威は手を振って、森の狭間の入口をくぐった。森の狭間から出ると、碧威はひょいと依芙姫を抱え走り出した。


「えっ……」


「獣道だから、人間が移動するのは大変だよ。しっかり捕まっていて! 」


 碧威は全速力でブナの原生林が広がる森を駆け抜けた。深い緑と清らかな空気は心身を癒やしてくれるようだ。この幻想的な森を見て、美しい森を守りたいと願う狼の神獣の気持ちが依芙姫にも理解できた。

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