40話 狼を誘い出す
依芙姫は新幹線の窓際に座り、流れゆく景色を見つめながら、碧威にもらった虹色の石を握りしめた。虹色の石は進む先を示すように淡く輝いていた。
『方向はあっているみたい』
依芙姫のスマホがブブーッと振動した。スマホを見ると、晴真からのメッセージだった。
《俺だって、一緒に行ったのに……。とにかく、気をつけろよ》
依芙姫は『ありがとう』とだけ返信した。
新幹線の窓の外では東北の一足早い秋の風景が流れていた。黄金色に色づく田んぼの稲穂が金色の海のようだ。
『碧威君、どうか無事でいて……』と石を握り、祈った。
約4時間後、依芙姫は新幹線を降りて在来線に乗り換えた。さらに1時間ほど揺られ、終点の駅で降りた。
駅の外を出ると、駅舎の外装は古民家を思わせるデザインだった。タクシー広場で、依芙姫は相乗りタクシーに乗った。同乗者は年配の夫婦だった。
「君、学校は? 」
「今日は授業が休校なんです。で、風力発電を見学してみようと思いまして……」
「へぇ、偉いのう」
タクシーが駅を離れると、駅前の街並みはやがて田畑や木々へと変わり、カーブを曲がるたびに、海と無数の風車が姿を現した。
やがて目的地の展望台に着き、依芙姫は運転手にお礼を言ってタクシーを降りた。
その瞬間、グワングワンという低いうなり音が響き、依芙姫は思わず耳を押さえた。目の前には展望台がそびえ、その先には海と大地の間に白い風車が果てしなく並んでいた。
「何これ。……ひどい」
海の風景に似つかわしくないおびただしい数の風車が異質で、まるで墓標のように不気味に思えた。依芙姫は急に頭痛と耳鳴りがしてきた。
『聴覚が鋭い動物は堪えるかも……』
依芙姫は鞄から碧威からもらった虹色の石を取り出し、神氣をこめた。すると、石の輝きが増し、南東の方角を指し示した。
『碧威君、南東にいるのかな? 」
依芙姫はスマホの画面を見た。
『今は15時。いつ頃、雷を落とすのかな? 」
頭の痛みだけでなく胸に圧迫感を感じ、思わず依芙姫は胸を押さえた。
『あんまり長居したくないな。とりあえず、展望台の中で時間を潰そう』
依芙姫は展望台の中に入り、1階〜3階のジオパーク、地域の植物や城跡の常設展を見て回った。平日の昼間だからなのか、依芙姫と受付の職員以外は誰もいなかった。
すると、突然、ゴロゴロと音が鳴り響いた。依芙姫は急ぎ、展望台の外に出た。空を見上げると、墨汁を垂らしたような色の雲に覆われていた。そして、空から無数の白い閃光が何度も風車に落下した。
ドゴォォンドゴォォン。
「この雷は碧威君!? 」
なおも、雷は風車に直撃する。想定以上の電流が流れたのか、徐々に風車の回転が落ち、風車の回転が止まった。
「あれっ? 耳鳴りが止んだ。体も楽になった。今、やるしかない!! 」と言って、依芙姫はカバンからナイフを取り出した。そして、ナイフで左手首をかき切った。
出血でフラフラしたが、依芙姫はありったけの力で体中を神氣で覆った。
すると、大人の顔の大きさ程の蜂、大型犬、イタチ等の悪妖がゾロゾロと依芙姫に向かってきた。依芙姫の血を嗅ぎつけたのだろう。
悪妖達は赤黒い目を輝かせながら、
「うまそうだ」
「俺の獲物だ! 」
「いや、私のものだ」
「なら、平等に山分けだ」
一斉に悪妖達が依芙姫目掛けて襲ってきた。
ブーン。
巨大な蜂の悪妖達の鋭い針が依芙姫の顔やおでこを突き刺した。大型犬やイタチの悪妖が依芙姫の脇腹や足首を噛みついた。
しかし、Tシャツや靴下は破れたり、穴は開くものの、依芙姫の肌には針も牙も貫通しなかった。
「バ……バカな!? 」
「なぜ、傷つかん!? 」
悪妖達は依芙姫の硬さに驚愕しているようだ。
「何度も突き刺せば、いずれ、突き刺せるだろう」
悪妖達が針、牙、爪で何度も攻撃を仕掛けた。
『私の集中力が途切れる前に、碧威君、助けに来て』と依芙姫はしゃがみ込んだ。
依芙姫にたかる悪妖の数は次第に増えていった。
「碧威君……早く来て……」
ジュッ。何かが燃えた臭いが漂ってきた。
ブシュ。
「ギャアァァッ」と悪妖の叫び声が響いた。
「死にたくなければ、去れ! 」と懐かしい声が聞こえてきた。
「ごちそうを前に、誰が去るか! 」
「邪魔するな」
依芙姫にたかっていた悪妖達は声の主、碧威に向かっていった。
「……そうか、死にたいんだね」
ブシュッ。
数匹の蜂の悪妖が切り裂かれ、地面に落ちた。恐れをなした犬やイタチ等の悪妖達は耳と尻尾が垂れ下がり、一目散に逃げていった。
碧威は地面に落ちた蜂の悪妖を一瞥しながら、「お前達もこうなりたくなかったら、今度こそ去れ」と言い放った。
「ちくしょう! 」
5匹の巨大な蜂の悪妖は一目散に去っていった。
「碧威君……」と依芙姫はしゃがんだ状態で碧威を見上げた。
碧威の琥珀色の瞳は、1/5ほど赤黒く滲んでいた。
「依芙姫ちゃん、何でこんなことをしたの? 」
「碧威君に来てもらうためだよ」
「来なかったら、どうしたの? 」
依芙姫は手のひらに碧威にもらった虹色の石を載せた。すると、石の光が碧威の方を指し示した。
「碧威君は絶対来ると思った。それに、この石が碧威君が近くにいるのを教えてくれたしね」
よろよろとしながら立ち上がり、依芙姫は真剣な眼差しで碧威を見つめた。
「ウチに帰ろう、碧威君」
碧威は首を左右に振り、「……帰れないよ」と言った。
「何で? 」
碧威は顔を手で押さえ、
「大嶽丸の血を取り込んだからなのか、破壊の衝動が抑えられなくなった」
「碧威君……」
「このままだと、依芙姫ちゃんを傷つけてしまうと思って、磐守神社を離れたんだ。破壊するなら、僕の使命である風車の破壊をしようと思ったんだ」
依芙姫は左腕を碧威の前に突き出し、「碧威君、私の血を舐めて」と言った。
碧威は目を閉じ、鼻を手で押さえながら、「ダメだよ……なめるだけじゃ済まなくなるから。どうして、ここまでするの? 」
「……それは……碧威君が……好きだからだよ」
「僕の番になってくれるの?」
「それはわからない……。でも、碧威君が苦しんでいたり、これ以上どこかに行ってしまうのは嫌なの。とにかく今はこの血を飲んで邪気を追い出して! 早く! 」
「仕方ないなぁ」とボソッと呟いた後、深呼吸をした碧威は依芙姫の左腕を掴み、舐め始めた。
すると、碧威の毛穴から黒い邪気が少しずつ立ち上り始め、碧威の琥珀色の瞳に点在する赤黒さが薄まってきた。
「依芙姫ちゃん……まだ足りない……」
碧威の牙が依芙姫の左手首に食い込みかけた。
依芙姫は左腕を祓い、自分の唇を碧威の唇に触れた。キスそして依芙姫の体内の神氣を碧威に送った。
暫くして、碧威の琥珀色の瞳から赤黒い染みが消えていった。
「……良かった。もう、離れないでね」と依芙姫は呟くと右横にふらっと倒れた。
「依芙姫ちゃん!! 」
地面に倒れる前に碧威は依芙姫を掴み、抱きしめた。
「依芙姫ちゃん、ありがとう。約束するよ。もう、離れないよ」と碧威は涙を流しながら、依芙姫に謝った。
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