39話 消えた狼
翌朝、居間のテーブルに手紙を残して碧威は磐守家から姿を消した。
《いわもりけのみなさんへ
みじかいあいだでしたが、おせわになりました。じぶんのしめいをはたせるうちにこうどうします。これまで、ありがとうございました》
碧威の辿々しい字で書かれた手紙を読んだ依芙姫は呆然としながら、「碧威君、なんで……」と呟いた。
「普通に昨日はお昼や夕食を食べていたのにね」
「どこに行ってしまったのかしら」
「無茶をしないといいが……」
依芙姫の目の前が真っ暗になり、康晴達の声もよく聞こえてこなかった。
「ほら、依芙姫。早く朝ごはんを食べて、支度をしなさい。晴真君が迎えに来るわよ」
何とか朝の支度を済ませ、依芙姫と芽生は磐守神社の鳥居に向かった。鳥居の前に晴真がいた。
「はよっ」
「……おはよう」
「おはようございます、晴真さん」
芽生が依芙姫の頬をつねった。
「いたっ」
「お姉ちゃん、くらーい」
「何かあったのか? 」と晴真が尋ねた。
「碧威さんがいなくなっちゃったんです」
「何っ? 」と晴真は眉をひそめ、少し間をおいて、「しばらく様子を見るしかないだろう。いざとなったら、沖津鏡で調べることができるんだし……」と依芙姫を慰めた。
「そうだよ。お姉ちゃん、元氣だして! 」
依芙姫は2人の励ましにハッとし、「そうだね」と言った。
数日後、依芙姫、康晴、里子、芽生は居間でテレビを観ながら夕食を食べていた。
テレビでは男性のアナウンサーが、「複数の県の風力発電施設が落雷で停止しました」と報じていた。
「風力発電って雷に弱いんだね」
「避雷針があって、落雷対策をしていると聞いたが……? 」
依芙姫は思わずテレビにくぎ付けになった。
『碧威君、風力発電を止めたがってた。落雷は、もしかして碧威君の仕業? 雷を落とせる大嶽丸に噛みついていたし……』
さらに2日後の放課後。依芙姫は磐守神社の裏山にいた。9月半ばだというのに、山にはまだ夏の名残があり、秋の虫の鳴き声に混じってセミも鳴いている。
依芙姫は巨石群の傍で正座をし、十種神宝の生玉と碧威にもらった石を膝にのせると、静かに目を閉じて呼吸を整えた。
『イワナガヒメ様、碧威君を探すにはどうすればいいですか? 』と依芙姫は問いかけた。すると、脳裏に女性の声が響いてきた。
『探してどうする? 風力発電が止まるのは、生きとし生ける者にとっては良いことじゃろう』
『でも、碧威君が心配なんです。こんなに立て続けに風力発電に雷を落とすなんて、何かあったんじゃないかって……』
『そうだな。狼は邪気に侵されておるようじゃ』
『えっ! 止めないと……。地の利がない私には、沖津鏡では碧威君を追えません。どうしたらいいですか? 』
『狼からもらった石に神氣を込めれば、おおよその方角は示せるだろう。これは賭けだが、狼に見つけてもらうのじゃ』
『どうやって? 』
『命の危険を伴うぞ。良いのか? 』
『はい、構いません! 』
『……方法はだな……』
依芙姫はゴクリと唾を飲み込んだ。
翌朝、テレビでは女性のアナウンサーが、「速報です。新たに複数の県で風力発電施設に落雷があり、発電が停止しました」と報じていた。
「また〜」と芽生。
「こうも頻繁に風力発電施設だけに雷が落ちるものか」
「お父さん、碧威君が雷を落としたのかも……」
「何だと!? 」と康晴は大きく目を見開いた。
「碧威君、雷を操れた大嶽丸の血を取り込んだかもしれない」
「……なるほど。それで、風車に雷を落として破壊していると……」
「沖津鏡で碧威君の姿を映してもらえるかな? 」
「わかった」
依芙姫と康晴は磐守神社の本殿の一室に移動した。康晴は引き出しから沖津鏡を取り出し、「ひふみよいむなやこと 狼の神獣である碧威君を映したまえ」と唱えた。
沖津鏡は田舎の山道を走っている碧威を映し出した。
「どこを走っているんだろう? 」
「風力発電の壊された場所を辿ると、碧威君は北へ向かっているようだ」
「じゃあ、次はどこに行くかな? 」
「陸路なら北の地域だな。海を渡る手もあるが……」
「碧威君、泳ぎは得意じゃないし、海を渡らないと思う」
碧威は犬掻きでしか泳ぐことができない。
「なら、次も風力発電の多い北の地域かも知れない。私、行ってみる」
「そうだな。だが、あの辺りは広い。見つけられるか限らぬぞ」
「これは賭けだけど、碧威君に見つけてもらおうと思う……」
「学校はどうするのだ? 」
「明日は土曜だし、今日はお休みさせて。このまま放っておくのは、一生後悔すると思うから。お願い、お父さん」
康晴は以前、碧威が姿を消し、依芙姫はひどく落ち込んでいたのを思い出した。フウッとため息をつき、
「……そうか。悪妖が寄ってくるかもしれん。晴真君か、雷獣1匹と一緒に行ったらどうだ? 晴真君の交通費くらい出すぞ」
「晴真に学校を休ませるのは悪いよ。聴覚が鋭いゴウ君達には辛いだろうし。それに、鉾先舞鈴があるから低級の悪妖は寄ってこないから大丈夫だよ。いざとなったら、神氣を硬質化すれば、ダメージは負わないし」
「そうか。わかった。くれぐれも気をつけるのだぞ」と溜め息をつきながら康晴は言った。
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