37話 鬼神魔王を酔わせる朝餉
翌日の早朝、依芙姫、碧威、晴真、康晴の4人は康晴の車でI県の鬼谷村に向かった。1時間ほどで鬼谷村に着き、康晴は鬼谷村唯一のスーパーマーケットの駐車場に車を駐車した。スーパーマーケットの看板はひどく色褪せ、外観や店内は薄汚れていた。
うっすら化粧をした依芙姫、碧威、晴真は車から降りた。三人の服装は、先日のヤマタノオロチを退治した時と同じ服装だった。
奥谷村を見渡すと、アスファルトで舗装された道は一本しかなく、家々は点在し、その隙間を埋めるように木々や森が広がっている。時折、遠くからのかすかな車の音、鳥の声と風の音しか聞こえなかった。
空気も重くどんよりしていた。邪気や穢れが漂っているのだろう。
「寂れているな」
「神楽市より何もない村だね」
「僕は邪気が漂ってなければ、この村の方がいいなぁ」
康晴はカバンから沖津鏡を取り出した。
「ひふみよいむなやこと 鬼の悪妖、大嶽丸と周辺を映したまえ」と康晴は唱えた。
すると、沖津鏡は湯気が湧き立つ中に男のシルエットを映し出した。黒く長い髪をした風祭並みの筋肉質の男が湯に浸かっていた。
「何で温泉に浸かっているんだろう? 」
「1000年分の汚れを落としてから、美しい若い女性を探そうとしているのかもしれぬ」
「鬼谷温泉に向かうぞ」
「うまくいくかなぁ……」
四人は鬼谷温泉宿に向かった。
鬼谷温泉宿にたどり着いた四人は年季の入った温泉宿の入口の引き戸を引いた。
温泉宿の中はほの暗かった。正面にある古びた木の受付の台が不自然に凹んでいた。何者かが最近、台を破壊したのだろうか?
康晴が受付にある呼び鈴を鳴らした。すると、年配の男が出てきた。
「朝早いけど、温泉は利用できるかい? 」と康晴が聞いた。
「申し訳ありません。本日はご利用いただけません」と温泉宿の男は言いかけた。碧威と依芙姫を見た温泉宿の男は両手を合わせながら、「これは良いところに……」と言い掛けて、両手で口を押さえた。
「どういう意味だ? 」と康晴は眉を顰めた。
男は天井の右端へ視線を逸らしながら、「ええと……」と口ごもった。
「我々は祓師だ。鬼の悪妖・大嶽丸が、ここの温泉に浸っているのだろう? 」
温泉宿の男は、目を大きく見開いた。
「どうして、わかったのですか? 仰る通りです。角と牙が生えた大男が突然、入ってきて、「宿に泊めろ」と入ってきたのです。断ろうとしたら、この受付台を拳で破壊し、「お前もこうなりたいか」と脅されやむを得ず泊めました」
温泉宿の男は神氣の量が人より多いのか、大嶽丸の姿が見えるようだ。
「そうか。で、なんで良いところにと言ったんだ? 」
「鬼は「美しく元氣な娘を連れてこい」と言われました。しかし、ここ鬼谷村は若者といったら小学生か40代ぐらいしかおりません。ウチの女房が若い娘を探しに行っているところなのです」
男は碧威と依芙姫の手をガシッと掴み、
「お二人ならあの男も気にいるはずです。部屋に朝食を持って行ってはくれませんか? 」
温泉宿の男に自分だけ見向きもされなかった晴真は複雑な表情をした。康晴は慰めるように、晴真の肩にそっと手を置いた。
依芙姫は康晴を見た。康晴は大きくうなづく様子を見て、「はい」と依芙姫は返事をした。
依芙姫と碧威は細い古びた木の廊下を歩くと、ミシッと小さな音を立てる箇所があった。
『……抜け落ちないかな』と依芙姫は不安になった。
等間隔に並ぶ客室の引き戸と色あせた木材の木枠の窓がついた廊下を歩いた。男は奥の客室を指さし、
「あそこです。お二人ともよろしくお願いします」と言って、男は受付に戻って行った。
「失礼します。朝食をお持ちしました」と言いながら、碧威が奥の部屋のドアを開け、部屋を見渡した。
室内は畳が敷かれ、中央にはテーブルと旅館の浴衣をはだけて着た巨体な体躯の長髪の男が胡座をかいて座っていた。大きい鼻の穴、分厚い唇といった容貌に、頭から2本の角、口からはみ出る牙、一重の瞼から覗く赤黒く光る瞳から、大嶽丸に違いない。
「おぉ、朝餉か。入れ」と低い声で大嶽丸が言った。
依芙姫はごくりと唾を飲んで、部屋に入った。
碧威を目にした大嶽丸は、「ほう、なかなか美しい女子ではないか」と言った。
『さすが碧威君、早速気に入られたよ』と依芙姫は心の中で感心した。
大嶽丸は、依芙姫にも視線を移し命じた。
「お前の凛とした姿も美しいな。お前も俺の横に座って酒を注げ」
依芙姫は脇に冷や汗を滲ませながら、「はい」と答えた。
ご飯、焼き魚、味噌汁、漬物、カットされた梨をテーブルに並べ、大嶽丸の横に依芙姫は座った。反対側には碧威が座った。
依芙姫は大嶽丸の盃に酒を注いだ。グイッと酒を飲む大嶽丸。
『朝から飲むんだ。美女好きだけじゃなく酒好きな悪妖なんだ』と依芙姫は思った。
大嶽丸は依芙姫の膝をさすった。依芙姫は全身鳥肌が立ち、「ひいっ」と叫びそうになった。
「俺はお前のような凛々しく神氣の強い美しい女が好きなのじゃ」
依芙姫は無理やり笑顔を作りながら「……そうですか。アハハ」と言った。
「お食事は口に合いましたか?」
「うまいぞ。なんせ1000年ぶりの食事だからな。何を食うてもうまい」
「空腹もひとしおでしょう。もう一杯いかがですか? 」
「うむ」と言って、盃に注がれた酒を飲む大嶽丸。
『悪さをしなければ、単に酒と女好きの悪妖なんだろうなぁ……』と依芙姫が考えていた。
「もっと注げ! 」
「はい! 」
大嶽丸が依芙姫と酒に気を取られている隙に碧威が着物の袖から細い注射器を取り出した。そのまま碧威は注射針を大嶽丸の腕へと突き刺した。
だが、注射針が途中で止まってしまった。碧威の渾身の力でも大嶽丸の皮膚の奥に入っていかない。ポキッと細い音を立て注射針が折れた。
「小細工を仕掛けるとは……」と大嶽丸の赤黒い瞳が更に鋭くなった。
すると、大嶽丸の手のひらの上には赤黒い炎が出現した。徐々に炎は膨らみ、「死ねっ」と碧威に炎を向けた。
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