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磐守姫と銀色の神獣 〜祓師、神獣、妖と紡ぐ和風ファンタジー〜  作者: ハルモニア
第5章 惑う心

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35話 揺れる想い

 依芙姫が磐守神社の裏山の頂上にたどり着くやいなや、背後から激しい殺気を感じた。依芙姫が咄嗟に後ろを振り返ると、琥珀色の瞳をした美しい少女が山を登ってきていた。長い銀髪を横三つ編みにし右肩にかけている。白い小袖に紺色の袴を履いていた。


『碧威君に似ている。親戚……? でも、この殺気は何? 』


 銀髪の美少女が依芙姫に近くと、人間の耳から狼の耳へと変化し銀色の尻尾が生えた。少女の指先の爪は鋭く伸びた。


「碧威を惑わす貴様を殺す。ついでに、貴様の神氣も頂こう」と言うやいなや、少女は依芙姫に鋭い爪で切りかかってきた。


 依芙姫は後ろに下がり、かろうじて避けたが、少女は反対の手で切りつけてきた。


『碧威君より動きが少し鈍い。でも、攻撃を捌ききれない』


 依芙姫はハッとし、イワナガヒメから伝授された方法を試そうと思った。依芙姫は目を閉じ、自分の肉体の表面に漂う神氣を岩やダイヤモンドのように硬くなるイメージをした。


「諦めたか! 」と少女は右手を大きく振り上げ、依芙姫に斬りかかった。


 パキン!と辺りに乾いた音が響いた。


「なんで、こっちが……」


 少女の右手の鋭い爪が割れた。


「ならば、こっちで……」と言って、左手を大きく振り上げ、依芙姫に斬りかかった。


 パキン!!

 またしても、少女の左手の鋭い爪が割れた。膨大な神氣を宿す依芙姫を目の前にして、少女はうろたえた。


「今だ!」

 

 依芙姫は右拳を下げ、少女の顎の先端めがけて軽く突き上げた。

 コツンと音が鳴った。


 少女の瞼が下がり、「くっ」と言って、少女は地面に崩れ落ちた。


「良かった。なんとか気絶させることができた。でも、碧威君のこと知ってるみたいだし……」と依芙姫はホッと息を吐いた。


「イワナガヒメ様、ありがとうございます。神氣の硬質化、役に立ちました」と巨石群に向かって依芙姫はお辞儀をした。


『まあ、こんな感じじゃろう。鍛錬は怠るなよ』と依芙姫の脳裏にイワナガヒメの声が響いた。


『さて、この娘、どうしようかな』と依芙姫が腕を組んで考えていると、


「依芙姫ちゃん!! 」と碧威が石の階段を猛スピードで駆け上がってきた。


「大丈夫? 牡丹姉さんの気配を感じて……」


 碧威は地面に横たわる牡丹を見て、大きく目を見開き、飛び上がった。


「牡丹姉さんが倒れている!? 依芙姫ちゃんが倒したの? 」と碧威は姉を指さした。


「いきなり襲ってこられたから気絶させちゃったんだけど……」


「牡丹姉さん、強いのにすごい! どうやって倒したの? 」


 依芙姫は簡単に説明した。


「えー、それはすごいね。でも、……無理はしないでね」と言いながら、碧威は依芙姫の手を握り、じっと見つめた。


 依芙姫は思わず胸の奥が跳ね、頬に熱を感じた。


『う……美しくてかっこいいって……ダメダメ』と依芙姫は首を激しく左右に振った。


「どうしたの? 」


「碧威君、手を離してくれる? 」


「やだ」


「……碧威、人間の小娘相手にイチャイチャするな! 」


 いつの間にか、牡丹が起き上がっていた。

 碧威は依芙姫の手をそっと離した。そして、狼の耳と尻尾を生やし神獣モードに変化した。


 碧威は姉を琥珀色の瞳で睨みつけたながら、「牡丹姉さん、もう意識が戻ったの? 」と言った。


「軽く小突いただけだから」と依芙姫は言った。

 牡丹はスクッと立ち上がった。右足を上げ、碧威の胴体に向かって回し蹴りをした。碧威は、すっと避けた。


「お前は相変わらず腑抜けだな。いい加減、《森の守人》としての使命を果たせ!! 」


 牡丹は拳を次々に突き出すが、碧威には当たらなかった。


「牡丹姉さんはすぐ逆上するのは悪い癖だよ」


「うるさい。不甲斐ないお前が私を怒らせるのが悪いのだ」


 牡丹は連続して回し蹴りを繰り出すが、碧威はひょいひょいと避けた。


「碧威のくせに、いつの間にそんなに強くなったんだ!? 」


 碧威はペロリと唇を舐めながら、「なぜでしょう」と小馬鹿にした微笑を浮かべた。


 碧威は右足を上げ牡丹の腹に横蹴りをした。牡丹は地面に尻餅をついてしまった。碧威は鋭い爪で牡丹に振りかぶろうとしていた。


 その時、「碧威君、待って。ダメだよ。実のお姉さんなのに……」と依芙姫は碧威の背後から碧威の腹部に両手を回した。

 

 碧威は後ろを振り返りながら、

「牡丹姉さんは、依芙姫ちゃんを襲っただけでなく、問答無用で僕を攻撃してきたんだ。放っておくと危険だよ」


「だからといって、家族で傷つき合うのは良くないでしょ? 」


 ハアッとため息をつき、「わかったよ」と碧威は言った。


 碧威は鋭い目で牡丹を見下ろした。


「今度、依芙姫ちゃんを襲ったら、牡丹姉さんでも容赦しないから」


「人間の小娘に絆されおって」と牡丹は唇を強く噛みしめた。


「牡丹さんはなぜここに来たのですか?」と依芙姫は尋ねた。


「碧威の使命の進捗状況を見に来ただけだ。しかし、記憶を取り戻したからか、一向に使命を果たさない。それどころか、犬っころのように人間の娘に懐き、甘えるとは……狼の神獣として情けない! 」


 牡丹は鋭い目つきで碧威を見上げた。


「しょうがないじゃん。僕は昔から依芙姫ちゃんが好きで、番になってほしいんだから」


「碧威、そんなことは許されないぞ」と牡丹は碧威を怒鳴りつけた。


「あの…、牡丹さん、安心してください。私は碧威君の想いに応えるつもりはありませんから」


「ほうっ、小娘の方がわかっているではないか」とフフンと牡丹は言った。


「それと、確かに、風車を破壊する使命とは違うかもしれません。でも、碧威君は《森の守人》として、森や海、この国の靈脈を破壊しようとする悪妖と戦い、懸命に自然を守ってくれています」


 必死の依芙姫の説明に、牡丹の表情が少し和らいだ。


「風車等の問題も、良い解決法を探しています。碧威君を信じてもう少し待ってください。ご両親や一族の方にも伝えてもらえませんか? 」


 牡丹はスクッと立ち上がり、

「甘ったれの碧威が惚れてしまうのも、わかるな」と呟いた。


 牡丹は石の階段を向かいながら、

「ひとまず、様子を見るとだけ父上と母上に伝える。しかし、人間どもが大規模に森を破壊し出したら、分かっているな! 」と牡丹は碧威を激しく睨みつけた。


「ありがとうございます。牡丹さん」と依芙姫はお礼を言った。


 フンと牡丹は勢いよく石の階段を駆け下りていった。


 牡丹が視界から消えた後、碧威は「依芙姫ちゃん、僕の気持ちを受け入れないって、どういうこと? 」と尋ねた。


「そのままの意味だよ。私と碧威君は種族も違うし、狼の神獣達は人間を憎んでいる。それに、私には許嫁の晴真がいるし……」


 碧威の狼の耳と尻尾がだらんと垂れた。


「そうは言っても、依芙姫ちゃん、僕のこと好きなんでしょ? 」


「どうしてそんなことが言えるの? 根拠は? 」


「僕への視線、それと依芙姫ちゃんの匂いからわかるんだよ」


「ダメだよ。許されない」


  碧威は依芙姫の手を握りしめながら、

「僕が依芙姫ちゃんの目の前からいなくなってしまってもいいの? その辺りよく考えておいて」と囁いた。


「ひとまず僕は先に戻ってるね」と手を振りながら碧威は石の階段を降りていった。


 依芙姫は碧威が自分の前からいなくなることを想像した。それだけで、とても寂しかった。さらに、碧威が他の狼の神獣の娘と一緒にいる姿すると、胸がズキリと痛んだ。


『好きな気持ちは止められない。でも、この恋は許されない……。どうすればいいの?』


 依芙姫の気持ちに呼応するように、太陽の熱が依芙姫の全身を纏わりついた。

【読者の皆様へ】

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