34話 最後の花火
依芙姫は自室で犬の動画を観ていたら、スマホからメロディが流れた。スマホをチェックすると、晴真からのメールだった。
「ウチの神社で奉納花火をやるから、依芙姫も観に来ないか? そんなに大きい祭りではないけど、出店も出る。都合が良ければ、連絡くれ」
『これは、デートの誘いなんだろうか?』と依芙姫は考え込んだ。
『互いに異性の好意がなくても、許嫁の二人が一緒に花火を観るのはやっぱりデートなのかな……。きちんと許嫁として向き合わないといけない』と依芙姫は感じた。
依芙姫はメールで「行くよ」と返事をした。
西の山間に向かって、太陽が沈もうとする頃、磐守神社の鳥居に依芙姫は向かった。依芙姫の服装はいつもの黒を基調としたものではなく、白のキャミソールの上に水色のシャツを羽織り、キュロットを履いて女性らしさを感じさせることを精一杯試みてみた。
鳥居には甚平を着た晴真が待っていた。
「こんばんは」
「おう。じゃあ、行くか」
「うん」
「僕も行くよ」
依芙姫は勢いよく後ろを振り返った。いつの間にか、碧威が立っていた。
「どこに行くの? 」
「晴真の実家の福竹神社の奉納花火だよ」
「花火? 」
「花火の爆音は大きいし、犬の中でも失神やパニックになってしまう子がいるんだって……。碧威君はお留守番していて」
「大きい音だと初めからわかっていれば、大丈夫だよ。僕も行く」
依芙姫は晴真をチラリと見た。
晴真はハァッと大きくため息をつき、髪をかきあげながら、「仕方ねぇな。お前も来いよ」と渋々言った。
「ありがとう」と依芙姫は晴真にお礼を言った。三人は福竹神社に向かった。
福竹神社の参道には提灯の灯りが連なり、境内はやわらかな橙色に包まれていた。
「人が多いね。さすが、福竹神社」
「氏子さんの宣伝のお陰かもしれない」
三人は出店の間をゆっくりと進んだ。焼きとうもろこしの香ばしい匂いや甘い綿菓子の匂いが漂い、金魚すくいの水音や風鈴の涼やかな音、太鼓の音が混じり合いながら聞こえた。
ぐうううっと依芙姫のお腹の音が鳴った。恥ずかしさで依芙姫の顔は真っ赤になり、「美味しそうな匂いでお腹が空いちゃったみたい」と言った。
「僕もお腹空いた」と碧威はお腹をさすった。
「じゃあ、何か食べるか。何が食べたい? 」
「僕はとうもろこし」
「私はたこ焼きが食べたい」
「たこ焼きは俺が買ってくるから、依芙姫は焼きとうもろこしを買ってきてくれ」
「うん」
「買ったら、この狛犬の前に集合な」
狛犬の像の前で、依芙姫と晴真はたこ焼きを、碧威は焼きとうもろこしを食べた。
「美味しい」と嬉しそうに依芙姫はたこ焼きを頬張った。
金魚掬いの出店を見ながら、
「昔、三人で夏祭りに来た時、碧威君、金魚を見て、後で食べるの? と聞いてきたね」と懐かしそうに依芙姫は言った。
「そんなことがあったな」
「金魚を見たのは初めてだったからね」
三人は顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれた。
やがて、境内の灯りが少し落とされた。辺りが静かになった。
すると、一発目の花火が夜空へ上がった。
ドーンと乾いた音が響き、光が大きく開いた。色とりどりの光の粒が花の形を作り、福竹神社の本殿や拝殿の屋根の上に咲いては消えていった。
花火の光に照らされながら、依芙姫は柔らかい笑顔で「……きれい」と呟いた。
晴真は花火に照らされた依芙姫を見つめた。
碧威と再会してから、依芙姫は以前より女の子らしくキレイになったと気がする。このままでは、碧威に奪われる−−気がした晴真は、花火に乗じて想いを伝えようと決心した。しかし、碧威が現れ、計画は狂ってしまった。
依芙姫はハッとし、「碧威君、花火の音は大丈夫? 」
「大丈夫だよ。花火ってきれいだね」
「初めて観るのか? 」
「うん」
三人の声が、夜に溶けた。
次々と上がる花火が境内を照らし、やがて最後の一発がヒューッと悲しげな音を鳴らし夜空に吸い込まれたかと思うと、大きく花を咲かせて静かに消えた。
この花火の鑑賞が三人で楽しんだ最後の思い出となった。夜空にはかすかな煙が余韻のように残っていた。
奉納花火の翌日の早朝、磐守神社の裏山の頂上は涼しい風が吹き、木々の緑の葉を揺らしていた。イワナガヒメに呼ばれた気がして、依芙姫は巨石群に来ていた。
依芙姫は巨石群の傍で正座をし、目を閉じ、呼吸に集中した。
5分程、呼吸に集中していると、依芙姫の頭の中に女性の声が聞こえてきた。
『クラーケンやヤマタノオロチまで出てきて大変だったな』
『はい。ヤマタノオロチは須佐之男命により倒されたのに、なぜ、現れたのでしょうか? クラーケンもノルウェーの悪妖なのに日本のしかも神楽海岸に現れたのは何故ですか? 』と依芙姫は疑問を口にした。
『ヤマタノオロチもクラーケンも複製されたのだ』
『複製!? クローンということですか? 』
『そうじゃ。複製技術は完成しているのじゃ。ところで、そなたはモテるな。羨ましいぞ』
急に話題が変わり、依芙姫は思わず大きな声をあげた。
『えっ、誰に? 』
『狼の神獣と祓師の少年に好かれているではないか』
『許嫁ですが、晴真は違うと思います』
『そなた、だいぶ鈍いな……』とイワナガヒメは呆れた声で言った。
依芙姫は首を左右に振りながら、
『男に間違われるような私が異性に好かれることはないですよ。碧威君は狼の神獣だから例外ですけど……』
『其方の魅力は見えにくい、一般人からは見にくいのだ。まぁ、我と共振をしているのだから仕方ないがな……』
依芙姫は目を丸くした。
『どういうことですか? 』
『そなた達の言い伝えでは、我は醜い神とされている』
古事記によれば、磐長姫は醜い姿だったため、妹の木花咲耶姫と一緒に邇邇芸命に嫁いだものの、送り返された神として伝えられている。
依芙姫は言いづらそうに、「そうですね」と返事をした。
『実際のところは意味が違うのだ。膨大な神氣が溢れていて、姿が見えにくい、見にくい存在から、醜い神として伝えられたのだ』
『えっ!! そうなんですか? 』
『このような話をするのも、そなたに自信を持って欲しいからじゃ』
『自信……ですか? 』と依芙姫はキョトンとした。
『自信を持つと、神氣がより強固になる。今後、神氣を強固にして戦うこともあろう』
依芙姫はゴクッと唾を飲んだ。
『靈脈を破壊する黒幕が猛攻撃を仕掛けてくるということですか!? 』
『そうじゃ。クラーケンやヤマタノオロチ級の悪妖が出現するだろう。今回は妖との協力や上手い作戦で祓うことができたが……』
『イワナガヒメ様は神氣を強固にする術を教えるために、私を呼んだのですね』
『そうじゃ。やり方を教えるので、空いた時間に練習すると良いぞ』
『はい。お願いします』と依芙姫はお辞儀をした。
一方、福竹神社の近くの空き地で、碧威と雷獣のゴウ、ジン、バンがいた。
「電撃を出してくれ」
雷獣達の手から激しい電流が放出された。長さは1メートルくらいだろうか。
「……短いな。風車に近づいて電撃を放つことはできるか? 」
「大勢の仲間がいれば、距離も伸ばせるけど、3匹だと……」
「無理無理。聴覚が鋭敏な我々は風車に近づいたら、弱ってしまって電撃なんか出せない」とゴウとバンが口々に言った。
「そうか。遠くから電撃を放てる妖はいるのか? 」
「大昔に封印された上級の悪妖が黒雲を呼んで雷を落とせると聞いたことがあるが……」
「すまない。そろそろ、おやつの時間なので、戻ってもいいか? 」
「あぁ、時間を取らせたな。ありがとう」と碧威は言って、福竹神社をあとにした。
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