26話 破壊されゆく靈脈
晴真が襲われた翌日の早朝、すっかり元氣になった依芙姫は 磐守神社の裏山の頂上に来ていた。依芙姫は、ざらりとする巨石群の岩を撫でながら、ハァッと長い溜息をついた。
『昨日はやむを得ないとはいえ、2人の男の子とキスをしてしまった』と依芙姫は昨日の出来事を思い出し、頬が赤くなった。
「碧威君、もう十分だから離れて……。碧威君が倒れちゃう」
仕方なさそうに碧威は依芙姫から離れた。
「大丈夫だよ」と碧威は親指で自分の唇を拭った。
「巨石群にいれば自然に神氣は補充されるのに……。なんで、キ……こんなことをしたの? 」
「依芙姫ちゃんに早く元気になってほしかったからだよ。これは接吻ではなく、晴真と同じ人工呼吸だよ」
碧威は口元に笑みを浮かべながら、琥珀色の瞳で依芙姫を見つめた。碧威の美しい顔に艶やかさが宿ったように依芙姫は感じ、胸がドギマギした。
「それなら狼の姿でしてくれればよかったのに……」
「一刻も早く依芙姫ちゃんを元氣にしたかったのと上書きをしたかったから……」と魅惑的な笑顔を浮かべながら碧威は言った。
「これが接吻とは思われたくないから、人工呼吸だと思って気にしないで」と碧威は言った。
うわついた気持ちを落ち着かせるために、 依芙姫は正座をし、鼻から息を吸い、吐くと言った呼吸法を繰り返した。呼吸を出し入れすることで、頭の中をすっきりさせることができる。
『隙ができるからこんなことになるんだ。気をつけよう』と依芙姫は固く決心した。
『こんなに邪念にまみれた状態ではメッセージは受け取れないな……。今日は諦めよう』と依芙姫は思った。
月曜日の朝、晴真との登下校の代わりに、依芙姫は高校の正門まで碧威に送ってもらった。銀髪で綺麗な顔立ちの碧威は目立つ。女子生徒からの熱い視線を依芙姫は感じた。
「送ってくれてありがとう」
「またね」と言って碧威は正門から去っていった。
幸いなことに、一昨日の出来事から碧威は依芙姫に何事もなく普通に接してくれている。依芙姫は戸を開け自分の教室に入った。教室を見渡すと、晴真が既に席に座っていた。
依芙姫は晴真のところに行き、「おはよう」と挨拶をした。
「おう」
「体の調子はどう? 」と心配そうに依芙姫は晴真に尋ねた。
「いつも通りだ」
「良かった」と依芙姫は安堵の息を吐いた。
晴真は依芙姫をじっと見つめ、
「依芙姫もありがとうな、俺に神氣を流してくれたんだろう? 」
「えぇっ!? 」
《神氣》と聞いた依芙姫は一昨日の出来事を思い出し、思わず晴真の口元を見てしまった。途端に依芙姫は頬が熱くなった。思わず依芙姫は赤くなった頬を腕で隠した。
『あれは人工呼吸、人工呼吸』と反芻しながら、依芙姫は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「どうした、そんな顔をして……。お前は大丈夫なのか?」
「えっ、何が? 」と狼狽える依芙姫。
「体の調子のことだよ」
「あぁっ、うん。昨日の早朝も、ウチの裏山を登ったし、大丈夫だよ」
「そうか。無理はしないでくれ」
「ありがとう。じゃあ」と言って依芙姫は晴真の席から離れ、自分の席に座った。
碧威に高校への送り迎えをしてもらってから5日が経ち、土曜の朝を迎えた。
依芙姫は磐守神社の裏山の頂上に来ていた。
「気持ちいい」と依芙姫は腕を上に伸ばし、全身を伸ばした。
磐守神社の裏山の頂上には、湿った土と日差しに温められた草木の香りが漂っていた。遠くの山々の上には、どこまでも青い空が広がっている。木々は梅雨の間に蓄えた力を解き放つように濃い緑の葉を揺らしている。
『季節は梅雨から夏へ移り変わった。何かメッセージが貰えそう』と感じ、依芙姫は巨石群の傍で正座をし、目を閉じ、呼吸に集中した。
15分間、呼吸に集中していると、依芙姫の頭の中に女性の声が聞こえてきた。
『邪気に侵されたお主の仲間は元氣になったか? 』
『お陰様で、元氣になりました。ありがとうございます。ところで、あなたは誰なんですか? 』
『我はイワナガじゃ。そなた達、人間はイワナガヒメと呼んでおる』
《イワナガヒメ》と聞いて依芙姫は思わず体を縮こまった。
『えっ!? ウチの神社のご祭神のイワナガヒメ様なんですか? 』
『そうじゃ』
『これまで色々とアドバイスをしてくださりありがとうございます』と依芙姫は深くお辞儀をした。
『大したことではない』
『私はイワナガヒメ様の加護を受けているから、あなた様の声が聞こえるのですか? 』
『加護は与えてはいない。そなたが私と共鳴しやすかっただけじゃ』
加護を受けているわけではない-その言葉に依芙姫は肩を落とした。
『そうなんですか』
『そう落ち込むでない。そなたは我と共鳴しているからこそ、その膨大な神氣を宿せるのだ。他の者には叶わぬことだ。我と響き合えるのは、調和と愛を忘れず、相手を敬う者のみ。かつての縄文の民のようにな』
『縄文人は神様と共振し、会話ができたのですか? 』
『そうじゃ。だが我は神ではない。縄文の民は話をするだけでなく、我らの姿が見えた』
依芙姫は目を丸くした。
『驚くことではない。我らの姿をもじった土偶とか産出されているではないか。しかし、弥生の頃になると、我らと交信できる者は少なくなった』
『私には祓いの加護が授からなかったのは、イワナガヒメ様と共鳴しているからですか? 』
『そうじゃ。我は神氣といった生命力を司るのが得意なのだ。祓いはセオリツ、ハヤアキツ、イブキドヌシ、ハヤサスラが得意とする力。しかし、我は神氣を与えることで各々の力を高めることができるのじゃ』
『なぜ、最近になって私にアドバイスをくれるようになったのですか? 』と首を傾げながら尋ねた。
『そなた達が暮らすこの国は、今、大きな危機に瀕している。森の木々は伐採され、大地や海が穢され、この国を巡る靈脈までもが壊されようとしている』
『靈脈……ですか? 』
『この国には、この巨石群のように大地や海から特別な力が湧き出る場所がいくつかある。これを靈脈と呼ぶ。こういった場所では、枯渇した神氣が満たされ、我らと交信しやすくなり、本来の調和や愛の心も取り戻せる。……だが、この靈脈を邪魔に思う存在がいる』
依芙姫は息をごくりと飲んだ。
『誰ですか? 』
『そなたの仲間を襲った奴らだ。奴らの主人は人間ではない。我らと同じ他の星から来たものじゃ』
衝撃の事実に依芙姫は体を強張らせた。
『えっ? 宇宙人? それでしたら、イワナガヒメ様達でやっつけてもらうことはできないのでしょうか? 』
『地球で生きている存在の自由への介入になるので我々はできない。だが、このように助言をすることはできる』
『そうなんですか』
『奴らは本格的に靈脈を破壊し、攻撃してくるだろう。そなたは神氣を与えるだけでなく、神氣を自由自在に扱えるようになることじゃ』
『どうやって? 』
『まずは……』とイワナガヒメの声が途切れた。
そして、依芙姫の視界がゆらゆらと揺れ出した。
「依芙姫ちゃん! 」
碧威が依芙姫の両肩を持って揺らしていた。
「碧威君……」
「声をかけても全く反応がなかったから心配したよ。どうしたの? 」
「えっ! 私……信じられないかもしれないけど、今、イワナガヒメ様とお話をしていたの」
碧威は目を大きく見開き、「すごい」と言った。
「これから靈脈への破壊が本格化するみたい」
「えっ!? どういうこと? 」
「靈脈を破壊するために、森、川、海といった自然を破壊するんだって……。私ができることを増やして強くなって、自然や大切な人を守りたい」
「依芙姫ちゃん……。僕も一緒に頑張るよ」
依芙姫は碧威の手を握り、
「うん。一緒に私達が住む土地を守ろう」と言った。
依芙姫達を応援するように太陽に照らされた巨石群がキラキラと輝いていた。
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