22話 沖津鏡に映る豪雨の真相
灰色の空から絶え間なく雨が降り続いていた。
依芙姫は晴真とともに福竹神社に来ていた。雨に濡れた境内には色とりどりの紫陽花が薄暗い景色に彩りを添えていた。
金運にご利益がある福竹神社の本殿は鮮やかな朱と深い黒の漆で彩られ、柱や梁は金箔を施した飾りが映え、龍や鳳凰などの彫刻が美しく刻まれていた。
『ウチの神社と違って、相変わらず福竹神社は豪華だなぁ。晴れてたら、観光客で賑わってそう』と依芙姫は思った。
福竹神社の本殿で参拝を済ました依芙姫は、福竹神社に隣接している福竹家を訪れた。
「お邪魔します」と依芙姫は挨拶をしたが、シーンと静まり返っていた。福竹家は依芙姫と晴真以外はいないようだ。
依芙姫は晴真の部屋に入った。12畳ほどの部屋には、机と椅子、和風のベッド、本棚が並び、日本神話や妖怪、歴史の本が目についた。だが、それ以上に目を引いたのは、ベッドの前の座布団でぐったりと丸くなってい3匹の雷獣だった。
ぴくっと体を震わせたゴウが半分だけ目を開けた。
「依芙姫さん、お久しぶりです。このような出迎えで申し訳ありません」
「体調悪いんだし、大丈夫だよ。猫は雨が苦手と聞くけど、雷獣も苦手なんだね」
ジンとバンも目を開け、次々に言葉を発した。
「はい」
「シトシト雨ならば、まだ耐えられるのですが、最近、激しい雨が降り続いて堪えます」
スコールのように激しい雨は短時間で止むのが普通だが、ここ数日の間、絶え間なく激しい雨が降り続いている。
「土砂災害とか心配だね。これって妖の仕業かな? 」
「そうかもな。沖津鏡で原因を探ろう」
「うん」
「その前に、こいつらを元氣にしてやってくれ」
「わかった」
依芙姫が福竹神社に来たのは、ぐったりしている雷獣達に神氣を与え元氣にするためだった。
依芙姫はゴウ、ジン、バンの雷獣を順番に膝に乗せ金色の頭や背中を撫で続けた。狼姿の碧威のフワフワした銀色の毛と比べ、雷獣の毛は短く少し硬かった。
「気持ち良いです〜」とゴウは目を細め喉の奥からゴロゴロという低い音を響かせた。
依芙姫の神氣が行き渡ったのか、3匹の雷獣達の目は光と力強さを取り戻したようだ。依芙姫は晴真の机に置いてある卓上の時計を見た。
「あっ! もう4時半だ。そろそろ帰らないと……」
「送るよ」
玄関に移動し、3匹の雷獣達は依芙姫にお礼を言った。
「磐守神社まで送ることができず、申し訳ありません。今日は足元が悪い中、我々に神氣を与えるためにお越しくださり、本当にありがとうございました」
「どういたしまして。こちらこそ晴真をいつも助けてくれて、ありがとう」
福竹家の玄関を出て、依芙姫と晴真は傘を差した。激しい雨の中、二人は磐守神社に向かって歩き出した。
「大丈夫か? 」
「大丈夫だよ」
「お前の神氣をもらっている俺が言うのもなんだが、無理はするなよ」
ゴウ、ジン、バンが晴真の家に住み、登下校についてくるようになってから半月が経った。そのため、昼休みに屋上で、雨の日は屋上に続く階段の踊り場で、依芙姫は晴真に神氣を渡していたのだ。
「福竹家の皆さんは雷獣に慣れた? 」
「3匹とも金色の毛だからな。ウチの神社の金運のご利益が増すからと言って置いてくれと無理矢理受け入れてもらったけど、あいつら妙に礼儀正しいから今ではすっかり気に入られているよ」
「そう」
「それに夜目が効くから防犯にもなっている」
「そういえば、今年に入ってから、神社やお寺の火災が相次いでいるよね。屋根の銅板が盗まれることも増えているし、心配だね」
「あぁ。監視カメラだけじゃ心許ないからな……。雨の日以外は役に立っているよ」
「それは良かった」と依芙姫は嬉しく思った。
当初、晴真は雷獣達と暮らすのは嫌そうだったからだ。
話している間に、二人は磐守神社にたどり着いた。磐守神社の本殿では、康晴が参拝者のお祓いをしている最中だった。やむを得ず社務所で康晴が出てくるまで依芙姫と晴真は待機することにした。
二人が待機していると碧威が突然やってきた。
碧威は美しい顔を真っ青にし、「依芙姫ちゃん、浮気した。あいつらの匂いがする……」と言った。
「……してないってば! ぐったりしていたゴウ君達に、神氣をあげていただけだよ」
「雷獣は猫に近いせいか、雨が苦手なんだ。ここ数日ぐったりしている。だから、俺が雷獣達に神氣を与えてくれと依芙姫に頼んだんだ」と晴真が事情を説明した。
「そうなんだ。晴真は、何でここにいるの? 」と碧威は晴真に尋ねた。晴真は依芙姫を送ったら帰るのに、今日は帰らずに社務所にいるからだ。
「お義父さんに沖津鏡を借りようと思ったんだ」
「沖津鏡って、また悪妖を探すの? 」と碧威の琥珀色の目が鋭くなった。
以前、神楽市を熱波地獄にした悪妖の魃を探すために沖津鏡を使ったことがあった。十種神宝の一つである沖津鏡は遠くのものを映し出せる鏡である。
「今回は、連日続く激しい雨の原因を探りたいと思ったの。猫や雷獣が具合が悪くなるだけでなく、放っておくと土砂災害にもなるかもしれないから……」
「もし、これが悪妖が原因なら祓うなり対処しないといけない……」とブスッと晴真は言った。
社務所の受付のパート巫女が居心地悪そうな表情を浮かべていた。
『狭い社務所で晴真と碧威君が険悪な雰囲気を出しているから無理もないか……』
依芙姫は口パクで「ごめん」と謝ると、パート巫女は笑顔で ok サインを返した。
1時間後、康晴と女性の参拝客が本殿から出てきた。参拝客が帰るのを見届けると、依芙姫達は傘をさし、本殿前に立つ康晴のもとへ向かった。
「お父さん! 」と依芙姫は康晴に駆け寄った。
「君達、どうしたんだい? 」と困惑気味の康晴。
「お義父さん、沖津鏡をお借りしたいのですが……」
「……ひょっとして悪妖か!? 」と康晴の左眉が上がった。
「悪妖が絡んでいるのかわからないけど、この連日の雨の原因を知りたいの」
康晴はフウッとため息をついた。
「わかった。お前達、本殿に入りなさい」
4人は本殿の一室に入り、康晴は引き出しから沖津鏡を取り出した。
「ひふみよいむなやこと 神楽市周辺で激しい雨を降らせている原因を映したまえ」と康晴は唱えた。
すると、沖津鏡は鉄の檻に閉じ込められた赤茶色の和傘を頭に被ったのっぺり顔の少年を映し出した。
「人間の男の子の顔をしているけど、妖なのかな? 」
「雨降り小僧だ。その名の通り、雨を降らす妖だ」と康晴は説明した。
「なんで鉄の檻に閉じ込められているんだろう? 」と依芙姫は首を傾げた。
「わからぬ」
「この雨降り小僧、何だか辛そうな顔をしているね。情緒が不安定だから、激しい雨を降らせ続けているっていうことかな? 」
「それは言えるな」
「お義父さん、ここはどこかわかりますか? 」と晴真は康晴に尋ねた。
康晴は腕を組み、うーんと唸りながら、
「左後方に鳩のマーク、右後方にアニメ風のキャラクターの派手な電光掲示板……。ここはパチンコスロット・マールの屋上かもしれん」
「パチンコスロット店ですか? 」
「そうだ。しかし、これは厄介だぞ」と康晴はハァッとため息をつきながら言った。
「なんで? タバコの臭いが強烈だったり、音もうるさいから? 」
「それもあるが、パチンコスロット店は邪気や穢れがたまりやすい場所なのだ。雨降り小僧が悪妖に堕ちるのも時間の問題かもしれん」
パチンコスロット店には、金銭欲や怒り、不安といった負の感情が渦巻き、邪気や穢れが溜まりやすい。敏感な者が気分を悪くするのも頷ける。
「悪妖に落ちる前に雨降り小僧を救出しないといけないということかな? 」
「そうだ」
「確かパチンコ店は高校生や18歳未満は入店は禁止ですよね。僕達は入店できないからお義父さんにお任せするしかないですよね」と神妙な顔で晴真が言った。
康晴は両手をブンブン振りながら、
「待て待て! いくら小さな神社でも、その宮司がパチンコ店に出入りするのは、地元住民になんと言われるか……」と焦りながら言った。
神楽市の人口はそれほど多くない。田舎の街なので、変な噂があればすぐに広まってしまうのだ。
「そうなると、僕達で何とかするしかないですね」と考え込む晴真。
依芙姫は右手を上げ「碧威君に乗ってスーパーピジョンの屋上の駐車場からパチンコスロット・マールの屋上に飛び移るのはどうかな? 」と提案した。
スーパーピジョンは鳩のマークが看板の関東地方の田舎町に出店しているスーパーマーケットである。
「それは良い考えだ」と手をポンと叩く康晴。
腕を組み考え込む様子で晴真が「問題は碧威がタバコの臭いに耐えられるかどうかです」と意見を述べた。
「そうだね。人間の私でもタバコの臭いが苦手だし。嗅覚が鋭い碧威君はきっともっとキツイかもね」
3人の人間の言動を静かに聞いていた碧威は口を開いた。
「大丈夫です。僕も行きます」
「碧威君、タバコの臭いは私でも本当にキツイんだよ。この前も私達人間には気付かない臭いに碧威君は苦しそうにしてたよね」と依芙姫は碧威を心配そうに見つめた。
「心配してくれてありがとう、依芙姫ちゃん。でも、このまま激しい雨が続くということは土砂崩れや森の樹木が倒壊する可能性もあるんだ。《森の守り人》としてはこの事態は防がないといけない。だから、僕も行く。もし、臭いに耐えられそうもなかったらすぐ離れるから」
最近、飼い犬のように甘えてばかりの碧威だったが、久しぶりに見せた真剣な表情は美しく凛々しかった。依芙姫は一瞬碧威に見惚れてしまった。
「ありがとう。でも無理しないでね」
「うん」
「それはそうとあんまりゆっくりしていると、雨降り小僧は悪妖になっちゃうんでしょ? 」
「そうだ」
「作戦を立て次第、すぐに行った方がいいかな? 」
「そうだな」
「見張はいるのかな? 」
康晴が「どれ……」と言って、沖津鏡で雨降り小僧の周囲を確認した。
「……見張がいるね」
「では、武器は……」と4人は救出の段取りを話し合った。
康晴は腕時計を見て3人に声をかけた。「6時半だ。既に辺りは暗い。気をつけるのだぞ」
依芙姫と晴真は雨合羽を身につけ、蜂比礼の布をマントのように羽織った。碧威は狼の姿に変身しており、背には蜂比礼の布が敷かれている。
「うん(はい)」と少年少女、狼は返事をした。
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