21話 雷獣達の恩返し
高校からの帰り道、晴真は依芙姫に「駐車場で話がしたい」と言った。
「うちじゃダメなの? 」
「まあな……」と晴真は口ごもった。
2人は磐守神社の駐車場にたどり着いた。駐車場に植えられている紫陽花が静かに色づき始めていた。淡い青、紫、ピンクの丸みを帯びた花弁が今か今かと梅雨を待ちわびているようだ。
「で、話って何? 」
晴真は頬を人差し指で掻きながら、「話があるのは俺じゃなくてこいつらだ」と言った。
突然、3匹の金色の猫が依芙姫達の前に現れた。しかし、猫にしては一回り大きく、尻尾は二股にわかれている。
依芙姫は驚きながら金色の猫のような生き物を見た。
「えっ、この子達って、カラス天狗に襲われていた獣? 」
「そうだ」
1匹の金色の獣が依芙姫の方に進み出た。
「その節はありがとうございました。我々は雷獣の妖です。私はゴウ、こいつらはジンとバンと申します」
3匹の雷獣達は4つ足のまま頭をぺこりと下げた。自己紹介されても、依芙姫には3匹の区別がつかなかった。
3匹の中では凛々しい顔のリーダー格と思われるゴウが話を続けた。
「晴真さんと依芙姫さんのお陰で、我々は命を取り止めることができました。本当に感謝してもしきれません。お二人は命の恩人です。ありがとうございました。また、すぐにお礼が言えず申し訳ありません」
3匹の雷獣達は再びお辞儀をした。
「なんでカラス天狗に襲われたの? 」
「わかりません。ここから北の山あいに我々の住処がありますが、ある日、強烈な臭いが漂ってきました。臭いから逃げるために風上に移動していたら、突然、カラス天狗達に襲われたのです」
雷獣達が言った強烈な臭いとは、先日碧威をくしゃみと鼻水で苦しめた温泉と腐った臭いと同じものだと依芙姫は直感的に思った。もし、仮に至近距離で強烈な臭いをばらまかれたとしたら、嗅覚が鋭い獣達にとってはたまらないだろう。
「カラス天狗は臭いは平気なのかな? 」
「カラスは嗅覚がものすごく鈍い。だから平気で腐った生ゴミをつっつける。カラス天狗も同じで臭いはわからないんじゃないか? 」と晴真は説明した。
「はい。全く平気な様子でした」
「多くの仲間がカラス天狗に殺されました」
3匹の雷獣はプスーッと悔しそうに鼻を鳴らしたり、金色の二股の尻尾を何度も地面に打ち付けたりした。雷獣達は怒っているのだろうが、傍から見ると可愛らしく見えると依芙姫は思った。
「辛かったね。あなた達、怪我は大丈夫なの? カラス天狗達に攻撃されていたじゃない? 」
神楽高校の校庭で3匹の雷獣達は10羽のカラス天狗達が放ったつむじ風の攻撃を受けていたのだ。
「はい。晴真さんに治してもらいました」
晴真は祓師の道具の品々物之比礼と死返玉を用いて、雷獣達を治したのだろう。
「私と晴真の後を尾行したのはあなた達なの? 」
「はい。すぐにお礼を言おうかと思ったのですが、依芙姫さんから狼の匂いがしたもので……」
「狼? あぁっ! 」と依芙姫は叫んだ。
カラス天狗と対峙した日の朝、高校に行く前に依芙姫は碧威に抱きしめられたことを思い出した。思わず、依芙姫は顔が赤くなり両手で自分の顔を覆った。
『匂いってなかなか取れないんだ』と依芙姫は思った。
「さらに、この神社の敷地からは狼の匂いが強く漂ってきましたので、ここは狼の縄張りだと思いました」
「我々は大きなダメージを負っていました。もし、狼が襲ってきたら、3匹とはいえ、狼に勝てるかわからず立ち去りました」
3匹の雷獣達は先程までピンと立っていた耳が、しょんぼりと下に垂れ下り、二股の尻尾も地面に力なく垂れた。
「磐守神社を出た後、暫くしてからこいつらが話しかけてきたんだ」と晴真は言った。
「晴真さんからは狼の匂いがあまりしなかったので、思い切って声をかけてみたのです」とゴウが説明した。2匹の雷獣達は「うんうん」と首を縦に振った。
「山の住処に帰ろうと思いましたが、再び、強烈な臭いをまかれたり別の何かに襲われたりするかもしれません。ここ神楽市に滞在してお二人のお役に立ちたいと思います。どうかここに置いてもらえないでしょうか? 」とゴウが真剣に依芙姫にお願いをし、頭を下げた。
2匹の雷獣達も頭を下げ、「お願いします」と言った。
依芙姫は言いにくそうにしながら
「気持ちはありがたいんだけど、ウチには狼の神獣がいるんだよね……」と言った。
突然、3匹の雷獣達は全身の毛を逆撫てた。碧威が神社の境内から駐車場にやってきたのだ。すると、雷獣達は碧威に向けて二股の尻尾から電撃を放出させた。
「狼! 」
「神獣! 」
3匹の雷獣達が放った電流を碧威はヒョイとジャンプして避けた。碧威は鋭い眼で雷獣達を睨みつけた。雷獣達は電撃を放出するのを止め、ガタガタと震え出した。
依芙姫は雷獣達が怯えていると思い、1匹の雷獣を抱っこした。
雷獣を撫でながら「大丈夫だよ、むやみに攻撃しないから」と依芙姫は言った。依芙姫の言葉を聞いて少し安心したのか、雷獣達の震えは一瞬収まった。
見かねた晴真が碧威に声をかけた。
「おい碧威、あんまり怯えさすなよ」
「別に怯えさせていないよ 」
雷獣を抱っこして撫でている依芙姫を見た碧威は依芙姫に向かって、「依芙姫ちゃんの浮気者!! 」と叫んだ。
「浮気!? なぜ、お前が言うんだ……」と呆然とする晴真。
依芙姫は碧威と雷獣達の相性は悪そうだと思った。現時点で望ましい提案をするしかないと考えた依芙姫は雷獣を地面に降ろし、両手をパンと叩いた。碧威、晴真、3匹の雷獣が一斉に依芙姫を見る。
「雷獣さん達は住処に帰れない。神楽市に留まって晴真と私の役に立ちたい。でも、ウチには狼の神獣の碧威君がいる。だから、現状では晴真の福竹神社に住むのが一番良いと思う」
「我々はそれでも構いません」と雷獣達が頷いた。
「私に会いたかったら、高校や登下校中に会えるよ。そうだ! 晴真の祓師の仕事を手伝ってくれると助かるよ」
「承知しました。我々の力、晴真さんの任務にお役立ていたします」とゴウが言った。2匹の雷獣達も頷いている。
「ちょっと待てよ。困るぞ」
「何が? 」と依芙姫が晴真に尋ねた。
『登下校にこいつらが付いてきたら、依芙姫と2人きりになれないじゃないか』と晴真心の中で不満を述べた。
「神氣の件なら、方法を考えるから、お願い……」と両手を合掌して晴真の耳元で依芙姫は頼んだ。「仕方ないな……」と渋々と顔を真っ赤になりながら晴真は依芙姫の頼みを受け入れた。
依芙姫は碧威と3匹の雷獣をじっと見つめて、
「碧威君と雷獣さん達もいずれ仲良くなってほしいな」と爽やかな笑顔で依芙姫は碧威と雷獣達に頼み込んだ。
「依芙姫ちゃんが浮気をしなかったら……」と碧威はぼそっとつぶやき、そっぽを向いた。
「我々は狼が襲ってこなければ仲良くしますよ」と3匹の雷獣は二股のしっぽをブンブンと振った。
「ところで、もう一度、あなた達の名前を教えてくれる? 中々、見分けがつかなくて……」
「私はゴウです。私の額には白い三本の雷のようなギザギザマークがあります」とリーダー格の雷獣が説明した。
「こいつはバンで、額には橙色の三角形の模様があります」とゴウの説明とともに、バンはおじぎをした。
『ハートみたい……』と依芙姫は思った。
「あいつはジンで、額にマークはありませんが、尻尾がシマシマです。これで見分けがつくかと思います」
「説明ありがとう。ちなみに、3匹ともオスだよね? 」
「はい」
「ゴウ君、バン君、ジン君、よろしくね」と依芙姫は3匹の雷獣に手を差し伸べた。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」と3匹の雷獣は差し出された依芙姫の手の上に小さな手を重ねた。こうして、依芙姫達に新たな3匹の仲間が加わったのだった。
一方、その頃。とあるビルの最上階の一室で、身なりの良い男が再び、絶叫した。
「14匹のカラス天狗がやられただと!? 」
黒いスーツ姿のサングラスをかけた男が「はい」と答えた。
「で、雷獣共は全滅させたんだろうな? あいつらがいると、折角、建設できた風力発電やメガソーラーが破壊されかねん」
「大部分は仕留めたかと……。ひょっとしたら、神楽市に逃げ込んだ3匹の雷獣共はまだ生きているかもしれません」
「何? 」とギロリと男はサングラスの男を睨んだ。
「手強い三匹の雷獣を追ったカラス天狗10羽全てが祓われましたので……」
「祓われた? 」
人差し指と親指で顎を挟んだ男は「神楽市か……。確か木畑市の隣の市だな」と呟いた。
木畑市は、大蛇が封印されていた岩焼寺がある市だ。
「まあいい。3匹では何もできないだろう。神楽市にあいつを放つ準備をしろ」と男はサングラスの男に命じた。
「はっ」と恭しくお辞儀をし、サングラスの男は出て行った。
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