20話 生玉
早朝の磐守神社の境内に、鳥のさえずりと箒の音が静かに響いていた。康晴が夜の間に舞い落ちた葉っぱを掃いている。神社本殿の床の雑巾がけを終えた碧威は康晴に声をかけた。碧威は白い衣に浅葱色の袴に対し、康晴は白い衣と紫色の布地に白い紋様が入った袴を身につけている。
「おじさん、おはようございます」
碧威の挨拶に振り返った康晴は、ニコッと笑いながら「おはよう、碧威君」と言った。
「本殿の雑巾がけは終わったのかな? 」
「はい」
「いつも助かるよ。ありがとう。何かあったのかね? 」
碧威は胸に手を当てながら、「実はご相談があります」
「何だい? 」
「僕も晴真みたいに祓師になりたいんです。どうしたらなれますか? 」
和やかな表情から一転して感情を押し殺した表情で、康晴は「祓師になって君はどうしたいのかね? 」と碧威に尋ねた。
「依芙姫ちゃんを守れるように……」
「晴真君もいるし、君ほどの戦闘力があれば祓師にならなくとも十分依芙姫を守れると思うが……」
「悪妖を倒せたとしても、悪妖の魂、邪気は僕には祓えません」
「教えてくれれば、邪気や穢れは我々祓師が後で祓うよ」
『僕には祓師になってほしくないのかな-』と碧威は唇を強く噛み締めた。
依芙姫と番になりたいという想いは隠した上で何とか祓師にさせてもらおうと碧威は言葉をひねりだした。
「それだと効率悪いと思います……」
康晴は頭を掻きながら、フウッとため息をついた。
「祓師になるには、祓戸の大神の加護を受けないといかん」
「えっ!? 」
「君達のような狼の神獣は、五十猛神の加護を受けて神獣となったはずだ。だから、祓戸の大神の加護は受けられないと思う」
「そんな……」とショックを受ける碧威。
「そうか! 」と突然、康晴は叫んだ。何かに気がついたようだった。
「どうしたんですか? 」
「依芙姫が祓戸の大神の加護を受けられないのは、既に別の加護を受けているのかもしれないと気がついてな。ありがとう、碧威君。君のお陰だよ」
ハッハッハッと笑いながら、康晴は碧威の肩をポンポンと叩いた。
「……」
陽気な康晴とは対照的に、祓師になれないと言われた碧威は浮かない顔で押し黙った。
「祓師になる件は、君達一族のこともあるし、よく考えなさい。碧威君、君は君のままで、依芙姫を守れるし、元氣付けられるのだから、自信を持って」
「……おじさん」
「碧威君は祓の力はないけど、人を超えた素早さと攻撃力がある。依芙姫も祓の力はないが、膨大な神氣がある。晴真君の神氣の量は人並だが、祓の力はある。人それぞれ短所も長所もあるのが普通のことだ。お互いの足りない部分をお互いの長所で補い助け合うのが人間だ。まぁ、碧威君は人間ではないがね」
「……」
褒めてもらっているが、祓師になれないならば、依芙姫の番になれないので、碧威は康晴の言葉を素直に受け入れられなかった。
「さあ、朝食を食べよう」と康晴は碧威の背中をポンと叩き、磐守家に歩いていった。
朝食を食べ終えた依芙姫は洗面所で、 歯を磨いていた。後ろから康晴が「依芙姫」と声をかけた。依芙姫は口をすすいでから、「何? お父さん」と返事をした。
「これを持っていなさい」と康晴は丸い玉を依芙姫に手渡した。
「これは? 」
「生玉と言う。十種神宝の一つで祓師の道具だ」
「何に使うの? 」と首をかしげる依芙姫。
「この玉は神と人をつなぐ光の玉だ。神の言葉、まぁメッセージを受信できるとされる石だ。古来から上位の巫女がこの玉を持ち、神のメッセージを受け取り審神者に伝えていたと言われている」
審神者とは、巫女が降ろした神のメッセージを解読する者のことである。
「すごい玉だね。私でも使えるのかな? 」
「祓いの力を使うわけではないから、依芙姫でも使えるはずだ」
「どうやって使うの? 」
「目を閉じ、内観や瞑想をしている時に使ってみると良い。後はウチの裏山の巨石とかエネルギーが高いところにいる時とかも受信しやすいと思う」
依芙姫は目を閉じ、顎に手を当て、記憶の奥を辿った結果、あることを思い出した。
「そういえば、私……、大蛇との戦いや木霊との交流の時に頭の中に女性の声が聞こえたよ」
「なぜ、すぐに言わん? 」
「晴真には言ったけど、疲れていたのかお父さんにはすっかり言うのを忘れてた」
申し訳なさそうに、依芙姫は頭をポリポリとかいた。
「まぁ、いい。今朝、碧威君と話をしていて気がついたことがある。ひょっとしたら、依芙姫は祓戸の大神とは別の神の加護を受けているから、依芙姫は祓戸の大神の加護を授からなかった可能性がある」
依芙姫はこれまで祓師の娘なのに祓いの力を授からなかった自分は無能だと思って生きてきた。祓師の力を授からなかったが、別の加護があるならそれを究明し、役立てたいと依芙姫は思った。
「ちなみに、お父さんは、この玉で何かメッセージが降りてきたことあるの? 」
康晴はフゥッとため息をつきながら、首を左右に振った。
「残念ながら、お父さんは感覚が鈍いみたいだ。これまで、メッセージが降りてきたことは一度もない」
「そうなんだ」
康晴ですらメッセージが降りたことがないと聞いて、依芙姫は内心ホッと胸を撫で下ろした。もし、依芙姫にメッセージが降りて来なくても祓師の父親でさえ降りてこなかったんだからしょうがないと言い訳ができるからだ。
「まあ、すぐにはメッセージが降りてくるわけではないかもしれないが、肌身離さず持っていなさい」
「うん、わかった」
依芙姫は生玉を制服のブレザーのポケットに入れた。
「今日も気をつけて学校に行くんだぞ」と康晴は心配そうに言った。
「うん」
依芙姫は急ぎ高校に行くために朝の身支度をした。
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