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磐守姫と銀色の神獣 〜世界を守るために、祓師、神獣、妖と共に悪妖を祓う〜  作者: ハルモニア


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19話 狼の悩み

 保健室には養護教諭が不在であったため、晴真がカラス天狗の戦いで傷ついた依芙姫の左腕の傷を消毒した。帰りの支度をした後、依芙姫と晴真は磐守家に帰るため、雑木林脇の歩道を歩いていた。

 ガサガサと雑木林から音がした。


「今日も何かがついてきているのかな? また妖かな? 」


「そうかもな。 警戒を怠るなよ」と八握剣(やつかのつるぎ)の柄を握りしめながら、晴真は答えた。


「うん」


 ガサガサと雑木林から音が響いているが、今のところ、音の主は依芙姫達を襲う気配はないようだった。磐守神社の鳥居の前に着くと、蒼白な顔をした碧威が出迎えた。


「依芙姫ちゃん、大丈夫? 怪我してるよね? 」


 碧威は依芙姫の左腕をそっと触れた。


「なんでわかるの? 」


 制服のシャツやブレザーで隠れているので、依芙姫の左腕の怪我は見えないのだが。


「依芙姫ちゃんの血の匂いが漂ってきたから、わかったんだ」


「さすが、狼だな」


「カラス天狗の悪妖に襲われたの……」


「ええっ? 」と碧威は驚きの表情をした。


「大丈夫だよ。って、碧威君こそ鼻とか大丈夫なの? 」


「風向きも変わって昼を過ぎた頃には鼻水やくしゃみは落ち着いたよ」


「それは良かった」と依芙姫は胸をなで下ろした。


 碧威は耳と鼻を動かしている。『狼や神獣の姿ではないのに、鼻や耳を動かせるなんてすごいな』と依芙姫は驚いた。


「どうした? 」


「3匹の獣の妖が依芙姫ちゃん達の後をついてきたみたいだよ。だけど、いなくなっちゃった」


「3匹の獣の妖って、カラス天狗に襲われていた金色の獣なのかな? 何でついてきたんだろう? 」


「さあな。依芙姫、傷を治すぞ」


「うん、お願い」


 磐守神社の本殿の一室で、品々物之比礼(くさぐさもののひれ)死返玉(まかるかへしのたま)を用いて、晴真は依芙姫の左腕を傷を治した。


「結界の中にいるから大丈夫だと思うが、気をつけろよ」と言って晴真は自宅へ帰っていった。


 突然、碧威は後ろから依芙姫を抱きしめた。


「ちょっと、碧威君。……何? 」

 依芙姫は顔を真っ赤になった。


「臭い消し……」


「臭いって……汗かいたからかな? そんなに臭い? 」


 依芙姫は思わず自分の腕をクンクンと嗅いだ。


「臭くないよ。いや臭いか……」


 臭いと言われて、依芙姫は思わずショックを受けた。


「晴真と知らない男の臭いがするから……上書き……」


 自分の臭いではなかったと安心した依芙姫だったが、冷静になって、

「ちょ……離れて……狼の姿じゃないのに、くっかないで! 」


「え〜 仕方ないなぁ。狼に変身するから依芙姫ちゃん目をつぶって」


 依芙姫は目を閉じた。カサカサと碧威が服を脱ぐ音がした。


「依芙姫ちゃん、目を開けていいよ」


 依芙姫は目を開けると、目の前には銀色の毛並みの大きな狼がいた。

 依芙姫は 碧威の首元や喉元のふわふわした銀色の毛を撫で回した。


 碧威の銀色の毛は長くて柔らかく温かかい。撫でるたびに指が銀色の毛に沈み込んだ。


『フッワフッワで気持ちいい! 』と思いながら、依芙姫は碧威を撫で続けた。 碧威の琥珀色の瞳が依芙姫をじっと見つめると同時に、前足をそっと依芙姫の膝に乗せてきた。


  思わず依芙姫は碧威を胸いっぱいに抱きしめてしまった。依芙姫の顔がふわりと銀色の毛に埋もれた。


「……依芙姫ちゃん」


 碧威の温かな体温と野性味あふれる獣の匂いが伝わってきた。依芙姫は肩から力が抜けていくのを感じながら、『あぁ、癒される』と依芙姫は小声でつぶやいた。


 カラス天狗との戦いで疲れた体と緊張した心が次第にとぎほぐされていった。テレビ番組でペットとの触れ合いは脳と心に良いというペットセラピーの特集をやっていたのは本当なんだなと依芙姫は思った。


 碧威はハァッとため息をついた。


「今日は本当に大変だったんだね」


 カラス天狗のバサバサと羽ばたく音、ガーガーと不気味な鳴き声、赤黒く光る目と鋭い黒い嘴を思い出すと、依芙姫は碧威に抱きついた状態でブルッと震えた。


「うん。カラス天狗達に襲われた時は無我夢中だったけど、落ち着いてきたら急に怖くなっちゃった。あっ、抱きついてごめん」


 冷静になった依芙姫は碧威からそっと離れた。


「気にしないで。依芙姫ちゃんが触れてくれるのは僕は大歓迎だよ」


「もう、何を言ってるの! 」と依芙姫はフフッと笑った。


 碧威のお陰で、カラス天狗に襲われた恐怖も和らいだ。


「僕がいれば盾になれたのに。僕も学校に行こうかな」


 依芙姫は大蛇の戦いで、骨が軋むほど締め上げられ、炎で焼けこげた銀色の毛並みと痛々しい火傷姿の碧威を思い出し、胸が締め付けられた。


「私は碧威君がまた傷つくのは嫌だよ。碧威君は本当にきれいだから……」


「僕だって、翌日には傷は塞がるとしても依芙姫ちゃんが傷つくのは嫌だよ」


 碧威が湿った黒い鼻先を依芙姫の頬に触れた後、額を何度も依芙姫の頬こすりつけた。


「碧威君、くすぐったいよ」


「お願いだから、怪我とかしないでね」


「うん、わかった」と言って、依芙姫はしばらく碧威の頭を優しくなでた。



 夜更けの磐守家は、シーンと静まり返っていた。

 布団に横になったまま、碧威は天井を見つめていた。明かりは消しているが、窓から淡い月の光が差し込んでいる。


 碧威は目を閉じても中々眠れなかった。頭の中で依芙姫に撫でられ、抱きしめられた映像が鮮明に繰り返し再生されるからだ。


「依芙姫ちゃん……」

 はぁっと深いため息をついて碧威は寝返りを打った。


 碧威と依芙姫は6年前に結婚の約束をしたが、碧威の諸事情で離れ離れとなった。その間、依芙姫は異性としての好意はないものの幼馴染の晴真と許嫁の関係になってしまった。


 さらに、成長した依芙姫は高身長で、少女にしては少しがっちりした骨格を気にしているのか、女性としての自己肯定感が一層低くなった。そこら辺の少年より男っぽい依芙姫は自分が異性から好かれるわけはない、人に頼ったり甘えたがらなくなっていると碧威は感じた。不器用だが、晴真が依芙姫に異性としての好意を抱いているのは傍目にも明らかなのに気付いていない。


「でも、教えてあげない。晴真はライバルだし」


 碧威は依芙姫の犬好きを利用し、まずは狼の姿の自分を好きになってもらおうと思ったのだ。狼の姿で犬の仕草をした碧威の戦略は効果覿面だった。

 しかし……


「あんな風に抱きしめられたら我慢できないよ」


 依芙姫の神氣をもらう代わりに、疑似犬(狼)姿を触れることの提案をしたのは碧威自身である。しかし、好きな相手に抱きしめられたり、触れられたりするのは、人間より雄としての本能が強い狼の神獣の碧威にとっては辛いものがあった。


 右を向いたり左を向いたりして姿勢を変えても、碧威の頭の中は依芙姫に抱きしめられたことでいっぱいだった。


「早く寝ないと。朝、起きられないのは困る」と碧威は呟いた。


 碧威は依芙姫を守ることを条件に磐守家に居候している。依芙姫と四六時中一緒にいるわけではない碧威は、日中、磐守家の家事手伝いや磐守神社の手伝いをしていた。


「依芙姫ちゃん、狼の姿の僕だけでなく神獣の僕も好きになってほしいなぁ」とはぁっと碧威はため息をついた。


「明日、おじさんに祓師になるにはどうすれば良いか聞いてみよう」と 呟き、碧威はもう一度天井を見上げた。眠りはまだ浅く、依芙姫に抱きしめられた映像と彼女への想いが頭の中でぐるぐると回り続ける碧威だった。

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