18話 現代社会に生きる大天狗
依芙姫は背丈より大きくて黒い翼が生えた風祭を見つめた。『翼が生えた人間のような妖』について、依芙姫が考えを巡らせていたら、晴真が先に口を開いた。
「風祭先生は天狗なんですか? 」
二カッと笑いながら、「そうとも、俺は大天狗だ」と風祭は答えた。
「大天狗って天狗の最上位じゃないですか? その大天狗がなんで人間の高校教師に? そもそもカラスの悪妖は大天狗の眷属じゃないんですか? 」と晴真は風祭に矢継ぎ早に質問をする。
「大天狗のあなたがあのカラスの悪妖の攻撃から依芙姫を救ったのは何故ですか? 」
風祭は頭をかきむしりながら、
「お嫁さんになる娘を守るのは当然だ」
「お嫁さんって……誰のことですか? 」と唇をひくつかせながら尋ねる晴真。
「誰って磐守さんだよ。福竹君、まさか君が俺の嫁になりたいとでもいうのか? 」
晴真の苗字は福竹であり、福竹神社の三男坊である。
「なりたいわけあるか!! 」と晴真は顔を真っ赤にさせて怒鳴った。
「風祭先生、昨日会ったばかりなのにお嫁というのはよくわからないのですが……。それに、妖は私のことを食べたいはずです」
黒い痩せた犬の悪妖、千狐になりたいと言った妖狐の少年、記憶を失った碧威も膨大な力を得るために、依芙姫の命を狙っていた。
「神氣が膨大な娘がいるという森の噂を聞いて、我が天狗の風祭一族を救う手立てになると思ってな。その娘に一目会ってみたいと高校教師として赴任したのだ」
『森の噂の主って、木霊かな……? 』と依芙姫は岩焼寺の林に住んでいる木霊達が元氣そうに話をしている様子が脳裏に浮かんだ。
「一族を救う手立て? 噂? 教師として赴任?? 何から突っ込めばいいのか……」と右手で額をおさえる晴真。
「分かった。順に説明しよう。我が天狗一族はS県の森に住んでいる。しかし、S県に風力発電ができたことで、我が眷属のうち敏感なものが日に日に弱っていった」
「弱るのは狼の神獣や敏感な人間だけじゃないんだ』と依芙姫は改めて感じた。
「原子力発電の事故、そして二酸化炭素増大による温暖化といった問題があるから、原発や火力発電以外のクリーンな発電システムの設置をしなければいけないのも理解はできる」
「天狗なのに詳しいんですね」と依芙姫は驚きの眼差しで風祭を見た。
「まあな。俺達天狗の風祭一族は人間の中に混じって生活してるしな。便利なものを使っていたいし、そうそう、住民票や戸籍もあるぞ。選挙だって行くしな」
一部の天狗が人間に混じって生活していた事実に目を丸くする依芙姫と晴真。風祭の話はさらに続く。
「だが、山の木々の伐採、湿地の埋め立てをしてまで太陽光パネルを敷くのは俺は違うと思う」と神妙な顔つきで意見を述べる風祭。
年若い天狗の風祭が人間に混じって生活しているだけでなく、社会環境問題に精通し自分なりの意見を持っていることにも依芙姫は驚いた。
「ところで、カラスの悪妖は大天狗の眷属じゃないんですか? 」
「そうだ」
「なぜ、カラスの悪妖達に依芙姫を襲わせたのですか? 」
「俺が命じたんじゃない。お前達を襲ったのはカラス天狗で、確かに大天狗の眷属だ。だが、最近20羽ほどが何者かに捕らえられた。人間の邪念や穢れに侵されたのか、そいつらは悪妖に堕ちてしまった」
風祭は悔しそうに拳を強く握りしめる。
「俺では命を奪うことしかできん。祓ってくれたことで、あいつらも来世で生まれ変わるだろう。礼を言う」と風祭は深々とお辞儀をした。
「もし、祓われないままだとどうなるんですか? 」と依芙姫は素朴な疑問を風祭に聞いた。
「意識のある穢れとして永遠に彷徨い続けるか、他の妖や生き物に取り憑いて乗っ取ったりする」
「そうなんですね……」
依芙姫は祓いがとても重要であることを改めて認識した。依芙姫の父・康晴をはじめとした祓師達が悪妖だけでなく穢れを祓い続けているのは生き物を守ためでもあったのだ。
同時に、祓師の家系でもないのに、祓師として日々精進している晴真を改めてすごいと感じた。
「ところで、なんで私をお嫁さんにしたいんですか? 」
「膨大な神氣で我が一族、眷属、そして我らの土地を元氣にしてほしいからだ」
「先生は人間の私と結婚できるんですか? 」
「問題ない。天狗の嫁取りって言うしな」
「あんた、依芙姫を攫う気ですか? 」
《天狗の嫁取り》とは、天狗が神氣の高い人間の娘をさらうという言い伝えがある。攫われた人間の娘は神隠しにあったと言われる。
「ちなみに、俺は攫わないぞ。合法的に嫁に来てほしいからな」と風祭はニカッと笑いながら親指を立てる。
「磐守は神氣が膨大なだけじゃなく、困った人を助ける優しい性格と悪妖に果敢に挑む勇気を持ち合わせている。大天狗の嫁にぴったりだ」
「嫁にぴったりと言っても依芙姫の気持ちは……。 あんた依芙姫のこと好きじゃないだろっ!? 」
「うーん。それはお互い少しずつ好きになっていけばいいし」
「私は先生と結婚できません。 一応こんな男みたいな私ですが、許嫁がいるんです」
「へー、誰? 」
「俺です」と躊躇いがちに答える晴真。
依芙姫は熱さで道端に倒れていた雪女の雪乃を介抱した時を思い出した。
フッと風祭は鼻で笑い、「俺と並んだ方が磐守は女の子に見えるぞ」
依芙姫より3cm身長が低いことを気にしている晴真は唇を強く噛みしめる。
「先生、私と晴真は許嫁の関係です。異性としての好意はわかりませんが、小学生の頃から晴真は大切な存在です。それに、未経験なことや不得意なことを努力し続ける姿勢はいつも尊敬しています」と依芙姫は日頃、思っている晴真への気持ちを初めて吐露した。
「先生は天狗ですし、先生と結婚するのはちょっと……」とやんわりと依芙姫は風祭の申し出を断った。
顔を赤く染めながら、「依芙姫」と呟く晴真。
キンコーンカーンコンと音が高校中に鳴り響いた。授業終了を知らせるチャイムだ。
「おっと! 5時限目が終わったぞ。ホームルームに行かないと! 福竹、磐守の腕を保健室で消毒しろよ! 終わったら、帰り支度をしろよ」と風祭はスタスタと歩いた。屋上のドアのところで風祭は振り返り、「お前達の関係は何となくわかった。まだまだ、俺のつけいる隙はありそうだ」と言った。
風祭はウインクしながら、「磐守、俺は諦めんからな」と言い階段を降りていった。
「えっ……」と鳥肌が立つ依芙姫だった。
「本当に保健室に行く用事ができたな……」と晴真は呟いた。
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