17話 カラスの悪妖
磐守家のリビングで、依芙姫と妹の芽生はそれぞれの学校に行く準備をしている。
くしゃんくしゃんと盛大なクシャミをする碧威。
「碧威君、どうしたの? 」と芽生が聞く。
「変な匂いがして鼻がむずむずする」と言いながら、へっくしょんとクシャミをする碧威。
「どこかで野焼きをとかしているのかな? 」と芽生。
「いや、木が燃える匂いと温泉と何かが腐ったような臭いがする……」と言いながら、くしゃんくしゃんと碧威は連続したクシャミをする。
「お母さん、碧威君の部屋に空気清浄機置いてあげて〜 」
台所で食器を洗いながら、依芙姫の母・里子は「碧威君、花粉症になっちゃったの? 」
「違うみたい。変な悪臭がするんだって……」
「それじゃあ、空気清浄機を碧威君のお部屋に置いとくわね。ほら、あなたたちそろそろ出かける準備をしなさい」 とパンパンと手を叩きながら娘達を急かす里子。
「はーい」
「碧威君、今日は窓を閉めて部屋でゆっくりしているんだよ」
「うん。依芙姫ちゃん、早く帰ってきてね」と碧威は後ろから依芙姫をギュッと抱きしめる。
「ちょ、離れて」
「あー、晴真さんに言っちゃおう」
「これは違うの! 弱っているから神氣を確保したい碧威君の本能だと思う」
「そうなの? 」
鼻水を垂らしながら碧威は「両方かな……」と言った。
「碧威君!! 」
「ハハッ……冗談だよ……ズビッ……いってらっしゃい」
「行ってきます」と言って依芙姫と芽生は玄関を出た。
依芙姫と芽生は磐守神社の鳥居の前で待っている晴真のところに向かい、朝の挨拶をした。
歩きながら、芽生は晴真の耳元に囁いた。
「晴真さん、ウカウカしているとワンちゃんに取られちゃいますよ〜」
「なっ……」
「じゃぁ」と芽生は言って依芙姫達とは反対方向へに向かって歩き出した。
依芙姫と晴真は林の脇を歩きながら、「碧威君、変な臭いがするとか言って、ものすごいくしゃみをして鼻水ダラダラだったんだよ」
「そうか」と不機嫌そうに返事をする晴真。
「どこかで工場の爆発でもあったのかな? 空は特に変わりはなさそうだけど……」
「昨日の今日だ。悪妖がらみかもしれないから気をつけよう」
「そうだね……」と依芙姫と晴真は高校へ向かった。
午後の数学の授業。
外からガーガーとカラスの鳴き声が教室に響いている。
「うるさいっ! 」と思わず耳を抑える依芙姫。
しかし、他の生徒達は時折あくびをしながら授業を受けている。
淡々と公式の説明をする数学教師や依芙姫の前に座っている生徒達は平然としている。
『こんなにカラスの鳴き声でうるさいのになんとも感じないの? 』と依芙姫は不思議に思った。
右斜め後ろを見ると、耳を押さえている晴真の姿が見えた。けたたましいカラスの鳴き声は依芙姫と晴真以外は全く聞こえないようだ。
『ひょっとして、悪妖? 』と思った依芙姫は窓の外を見ると、10羽の大きなカラスが校庭の上空に羽ばたいていた。
昨日、依芙姫を襲ったカラスの悪妖達と同様に、校庭にいるカラス達は目が赤黒く光っている。そして、標的になっていると思われる獲物に向かって、10羽のカラスの悪妖達は一斉につむじ風を放った。
ごぉぉぉっとつむじ風の音が教室に響いた。
「うわっ! 強風だ! 」
「校庭の砂が入る」
「窓を閉めて! 」
生徒達はカラスの悪妖は見えず、鳴き声は聞こえなかいようだが、つむじ風は見え風の音も聞こえるようだ。窓側にいる生徒達は窓を一斉に閉めた。
依芙姫も窓を閉めながら、カラスの悪妖達が攻撃している存在を見た。標的にされているのは小さな金色の獣だった。
『このままじゃ、やられちゃう! 』と思い、依芙姫は晴真をちらりと見て、挙手をしながら椅子から立ち上がった。
下腹部をさすりながら、「先生、お腹が痛いので、保健室に行ってきてもいいですか? 」と依芙姫は数学教師に尋ねた。
「大丈夫か? 行ってこい」と数学教師は許可をした。
晴真も挙手をして席を立ち、「磐守さんが心配なので、僕が保健室まで連れて行きます」と言った。
依芙姫と晴真は教室を出て屋上に向かって走り出した。
「昨日、私達を襲ったようなカラスの悪妖が10羽ぐらいいるよ」
「あの風はカラスの悪妖が引き起こしたんだろうな……」
「そうだね! 金色の小さな獣らしきものを攻撃している感じだった。悪妖が襲っているものは守った方がいいと思って、教室を出たけど、晴真も授業をサボらせてしまってごめんね」
「悪妖を祓うのは祓師の仕事だ。授業よりも優先事項だ。それに、風が強くなると窓が割れる。そうなると、みんなが怪我をする可能性もあるしな……」
屋上への階段を上り、重たいドアを開けた。
ごぉぉぉっとつむじ風の音がしている。カラスの悪妖達がしつこくつむじ風を起こしていた。風を起こすのに夢中で依芙姫達の存在にはまだ気がついてないようだ。
晴真は依芙姫の腕をつかみ、2人は建物の影に隠れた。
「依芙姫、頼む」と言いながら、晴真はポケットから出した祓師用の銃を構え、依芙姫は晴真の両肩に両手を乗せた。
「かしこみかしこみ申す。瀬織津姫、速開都姫、氣吹戸主神、速佐須良姫、祓戸の大神、カラスの悪妖達を祓い給え清め給え」と晴真が唱えると、青白い神氣が銃の周りを覆った。
晴真はカラスの悪妖達に銃口を向け、神氣に包まれた銃の引金を次々に引いた。パン、パン、パン、パン、パンと銃声が鳴り響いた。
依芙姫と晴真の神氣を帯びた道返玉は5羽のカラスの悪妖の頭に命中し、徐々に体は黒い塵となって、自分達が放った風で流れ去った。
依芙姫達の存在に気づいたカラスの悪妖の内、3羽が依芙姫達に向かってきた。
「まずい」と晴真が道返玉を装塡しながら言った。
「ガァァァガァァァ」とカラスの悪妖は鳴き、つむじ風を依芙姫達に放った。
依芙姫は晴真の両肩から手を離し庇うように晴真の前に躍り出た。そして、蜂比礼の布を広げ、何とか、つむじ風を防いだ。しかし、隙をついて2羽のカラスの悪妖が依芙姫の頭を突っこうとした。
とっさに依芙姫は左腕で頭を防ぎながら、蜂比礼の布を振り回してカラスの悪妖を撹乱し時間を稼ごうとした。1羽のカラスの悪妖を撹乱できたが、別の2羽が鋭い嘴で依芙姫の左腕を何度も突っついた。
左腕から血が滲み、痛みで一瞬だけ依芙姫は目を閉じた。
「依芙姫!! 」と晴真の叫び声が聞こえた直後、キィィィンと音が鳴り響いた。
依芙姫が目を開けると、3羽のカラス達は屋上の地面に落下していた。
道返玉を装填し終えた晴真が校庭に浮かぶ2羽のカラスの頭に向かって銃を発射した。三発撃ったところで1羽のカラスの悪妖は黒い塵となって消えた。
もう1羽に対し装填されている残りの道返玉を二発撃った。カラスの悪妖はフラフラしながらもまだ生きていた。
晴真は一発分の弾を補充し瀕死のカラスの悪妖に向かって撃った。「ギャアァァッ」とカラスの悪妖は黒い塵となって消えた。同時に、校庭に発生したつむじ風も徐々に収束した。
「依芙姫、手を怪我しているところ、すまないが……」と晴真は依芙姫に左手を差し出す。
「大丈夫だよ」と依芙姫は右手で晴真の左手を握った。
晴真は悪妖を祓える八握剣の柄を握り、青白い神氣で練り上げた刀身を作り上げた。
「かしこみかしこみ申す。瀬織津姫、速開都姫、氣吹戸主神、速佐須良姫、祓戸の大神、カラスの悪妖達を祓い給え清め給え」と晴真は再び大祓詞を唱えた。
晴真は順々に屋上の床に横たわるカラスの悪妖の頭に神氣の刃を突き刺した。3羽のカラスの悪妖達は黒い塵となって消えた。
依芙姫はふーっと息を吐きながら、「空に浮かんでいる悪妖を祓うのは大変だね」と言った。
「あぁ」と晴真は自分の手をぼんやりと見つめながら、
『依芙姫と手を繋いで撃った道返玉の場合は一発で仕留められた。俺一人の場合だと三発打たないといけなかった。やはり、俺は神氣の量が少ない。依芙姫に怪我をさせてしまった』と反芻し手を強く握りしめた。
「大丈夫? 疲れた? 」と心配そうに晴真を見つめる依芙姫。
「俺は大丈夫だ。お前こそ、大丈夫なのか? 」
依芙姫の左腕の制服が血で染まっている。すまなそうな表情で晴真は「後で治すから……」と言った。
「うん。よろしく」
依芙姫と晴真は屋上のフェンスに近づき校庭を見つめた。金色の3匹の獣が校庭の生垣に走っていくのが見えた。
金色の獣の無事な姿を見て、依芙姫は「生きてて良かった」とホッと息を吐き胸をなで下ろした。
「おいっ! お前達、授業をサボってはいかんぞ」と突然、男性の声がした。
ぎょっと後ろを振り向く依芙姫と晴真。立っていたのは、 無数の黒い羽でできた団扇を持った副担任の風祭だった。
「風祭先生、どうしてここに? 」
「どうしてだって? お前達が屋上に向かって階段を登っていくのが見えたからだ。暴風が吹き荒れる中で授業をサボって、逢い引きはけしからんと注意しようと来てみたまでだ」
「逢い引きって……」
「風祭先生、その団扇は何ですか? 」と晴真は冷静に尋ねた。
「その団扇で真空波を放ち、カラスの悪妖から依芙姫を救ってくれたのは風祭先生ですか? 先生は……人間ではありませんよね? 」
風祭は人差し指で顎を描き、ジャージの上着を脱ぎ捨てると、背中から黒い翼をバッと生やしながら、「そうだ」と言った。
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