16話 怪しい副担任
朝のホームルーム前に、依芙姫の担任の中年の男教師と共に見慣れない男が教室に入って来た。
担任は、「副担任の鈴木先生が産休に入るので、代理の先生を紹介する」と言って、黒板に名前を書き出した。産休代替の教師は背が高く分厚い筋肉で背広が窮屈そうである。年は20代半ばぐらいで眉毛が太く彫りが深い赤ら顔をしている。
副担任の教師は生徒達に
「風祭てんげんだ。担当科目は体育だ。よろしくな」と言った。
「すごい筋肉」と産休代替の副担任の風祭を依芙姫は眺めた。
依芙姫は副担任の風祭と一瞬、目が合った気がした。「気のせいかな……」と依芙姫は思った。
外から5月の爽やかな風が体育館に流れている。
体育のバレーボールの授業。男子と女子は別々のコートで試合を行っている。
分厚い筋肉でピッチピチのジャージ姿の体育教師の風祭は、女子のコートにいる。
「ラスト1ゲームやるぞ」と風祭の低い声が響く。
依芙姫はコートの中央に立っていた。身長175cmの依芙姫は他の女子生徒と比べ頭一つ分背が高い。
相手チームのバレーボール部員の鋭いサーブが依芙姫のコートに入る。依芙姫は半歩だけ体をずらし、前腕で柔らかくレシーブをした。ボールは乱れず綺麗な弧を描いてセンターの位置にいる女子生徒に向かった。
「ナイスレシーブ! 」と女子生徒が依芙姫の方へトスをする。
依芙姫はボールの軌道に合わせ一歩二歩と助走をした後、体育館の天井に届きそうな高さまで跳躍した。乾いた音が炸裂し、ボールは相手チームのブロックをかすめ、 床に突き刺さった。
「うわっ、かっこいい! 」と女子生徒の一人が思わず声を漏らす。
別の生徒も「磐守さん、男子よりかっこいい」と口にする。
依芙姫はふと鋭い視線を感じた。視線の先を辿ると、副担任の風祭だった。
「スパイクを決めたから私を見ているのだろうか? 」と思い、依芙姫は気を取り直してゲームに集中することにした。
依芙姫は再び跳躍し、相手のブロックを突き破って、ボールを相手のコートに再び叩き落とした。
「かっこいい~!! 」と再び女子生徒の黄色い歓声が上がったのだった。
両腕いっぱいにプリントの束を抱えている女子生徒が廊下をヨロヨロと歩いていた。トイレから教室に戻ろうとした依芙姫だったが、女子生徒が今にもよろけそうになったので、素早く長い手を伸ばした。間一髪、女子生徒はよろけずに済んだ。
「重たそうだね。私が持つよ」
「え? でも、日直の仕事だし……」
「じゃあ、私はこれくらい運ぶから、残りは佐藤さんが運んでくれるかな」
「磐守さん、ありがとう」と顔を赤らめる佐藤さん。
「さあ行こう」と依芙姫は軽々とプリントの束を抱え佐藤さんと一緒に職員室へ運んだ。依芙姫達がいた廊下の方から女子生徒の囁き声が聞こえた。
「今の見た? かっこよくない? 」
「本当! 磐守さんが男の子だったら良かったのに……」
依芙姫は「男の子だったら、得だったのかなぁ」と心の中で苦笑いをした。依芙姫は女子生徒以外に熱い視線を感じたので、視線を辿ると、またしても副担任の風祭だった。
帰りのホームルームが終わったので、依芙姫は晴真と共に帰宅しようと教室から出ようとした。
「磐守さん、ちょっと待って」と風祭は依芙姫に声をかけた。
依芙姫は振り返り、「なんですか? 」と尋ねた。
「君はまだ部活に入ってないよね? 俺が顧問を務めるレスリング部なんてどうだい? 」
「えっ? 」
「君、見所ありそうだし、ちょっと話をしよう」
『レスリングなんて筋肉がついてますます女子から遠ざかっちゃう。うまく断らないと……』と依芙姫は思案した。
依芙姫を守るように、晴真が風祭の前にズイッと出た。
「先生、俺も部活入ってませんけど……」
「いや、君はいいよ。帰っていいよ」
「どうしてですか? 」
「俺は磐守さんと二人だけで話したいから」
「あの風祭先生、私はレスリング部には入りません」
「なぜだい? 」
「私は空手や合気道を小さい頃に習っていました。レスリングは武道ではないのですが、一応戦いということで、前にやっていた武道の癖が出てしまいます。癖を直すのは難しいので、私はレスリング部には入りません」と依芙姫は風祭の申し出を断った。
「ああ、全くもって惜しい。手足が長くこの高身長! 並外れた運動神経とぶれない体幹……とブツブツ言いながら風祭はバシバシと依芙姫の背中を叩いた。
「ちょっとそれ暴力でありセクハラじゃないですか? 」
「何を言う。ちょっとしたコミュニケーションだ。だが、俺は諦めんからな」
「えっ? 」
「おい、依芙姫、帰るぞ」
風祭の体がピクッと震わせた。
「君達、付き合っているのか? 」
「いや……」と言いつつ、顔が真っ赤になる晴真。
「付き合ってはいませんが、大切な存在です」と答える依芙姫。
「ふーん、まあ今日のところは気をつけて帰りたまえ。磐守さん、また話そう」と言って風祭は去っていった。
高校の正門を通り過ぎたところで、依芙姫と晴真は口々と口にした。
「変な先生だったね」
「あいつ、なんか妙な気配を感じるんだよな」
「風祭先生から視線を何度か感じたんだよね。レスリング部に勧誘するか判断するためだったのかと思ったけど、別の意図があるのかな? 」
「なんだと」
晴真は依芙姫をじっと見つめ、
「その風祭には念のため気をつけろ。必要以上に近づくなよ」
「うん。気を付けるよ」
依芙姫と晴真は磐守神社近くの林道を歩いていた。
カーカーとカラスの鳴き声が聞こえる。
「ついてくるカラスが4羽に増えている気がするんだけど、気のせいかな? 」
「いや、気のせいじゃない」
「普通のカラスより大きくない? 」
「確かに」
「目が赤黒く光ってるし、悪妖なのかな? 」
「かもな」と晴真が言い 終わらない内にカラスの悪妖達が依芙姫の頭を目掛けて、 鋭いクチバシでつっつこうとした。
依芙姫はとっさに鞄で頭部を防いだ。晴真は鈴を鳴らしながら、「ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおゐ にさりへて のますあせゑほれけ」とひふみ祓詞を唱えた。
しかし、カラスの悪妖達は鈴の音と祓詞が聞こえない上空に飛び上がった。4匹のカラスが翼を羽ばたつかせ、依芙姫と晴真に向けてつむじ風を放った。
咄嗟に晴真は蜂比礼の布を広げ、つむじ風をカラスにはね返した。しかし、カラスの悪妖達は跳ね返されたつむじ風をさっと避け上空に羽ばたいでいた。
晴真は制服のズボンのポケットから小型の銃を取り出し構えた。
「依芙姫、俺の背中か肩のどこかに触れてくれ」
「うん」と言って、依芙姫は晴真の両肩に触れた。
「かしこみかしこみ申す。瀬織津姫、速開都姫、氣吹戸主神、速佐須良姫、祓戸の大神、あの我々を攻撃するカラスの悪妖を祓い給え清め給え」と唱え、銃は青白い神氣に包まれた。
晴真は神氣に包まれた銃の引金を次々に引いた。パン、パン、パン、パンと銃声が鳴り響いた。
銃弾は3羽のカラスの悪妖に命中し、黒い体は徐々に脆くなり黒い塵となって崩れた。銃弾から逃れた1羽は元来た方角に飛び去っていった。
「すごい! でも、銃なんて持って大丈夫なの? 」
「これは一般の銃じゃない。祓師用の銃だ。道返玉が入っている」
「ああ、魃の時に使ったやつね」
「大きさや強さにもよるけど、祓師が祓詞を唱えてこの道返玉を悪妖に当てるとで、祓うことができるんだ」
「そんな銃持ってたの? 」
「土曜日に手に入れたばかりだ。色々な悪妖からお前を護れるように」と晴真は赤らめた顔を右腕で隠した。
「今日もありがとう」と笑顔で依芙姫はお礼を言った。
「お礼なら手を握ってくれ」
「はいはい」と依芙姫は両手で晴真の右手を暫く握った。
晴真と別れ、依芙姫は磐守神社の鳥居をくぐり、自宅に帰宅すると玄関前に碧威が立っていた。
「遅いよ」
「ごめん。カラスの悪妖に襲われたの」
「晴真の匂いが強い」
「神氣を渡したからね」
「ずるい。僕も」と言って、碧威は依芙姫に抱きつこうとする。
しかし、依芙姫が素早く手で碧威の顔を抑え、「抱きついちゃダメ! 狼の姿でお願いします」と言った。
「チェッ」と悪態をつく碧威だった。
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