15話 狼への講義と話し合い
土曜日の朝、依芙姫は磐守神社の裏山を登り、頂上の巨石群で深呼吸をした後、依芙姫は家族と朝食を食べた。食器の後片付けをしている碧威に、依芙姫は声をかけた。
「碧威君、神楽市にある太陽光パネルを見に行かない? その後、どこかでお母さんが作ってくれたお弁当を食べながら、お話しない? 」
「いいよ」
「じゃあ、9時になったら出かけよう」
「うん」
依芙姫は碧威に空き地や畑に設置されている太陽光パネルを何箇所か案内した。
細い畦道を通りながら、田んぼの向こうに黒い小山が見える。
「あれ! 」と依芙姫は指をさした。
斜面にいっぱいに並んだ太陽光パネルが目に入った。黒い板が規則正しく並び、空の光を一斉に浴びて鈍く光り輝いていた。
「元々は、ここは草地だったんだけど、いつの間にか、ここにも太陽光パネルが敷き詰められてしまったんだ……。私は太陽光パネルの傍にいると、重苦しい空気を感じるんだ」
「なんで、人間は太陽光パネルを設置するの? 」
依芙姫はスマホを見ながら、説明をした。
「太陽光パネルやメガソーラーは二酸化炭素の排出の削減のために、世界中で設置され始めたみたい」
「二酸化炭素って? 」
依芙姫は理科の授業を思い出しながら、碧威にわかりやすく説明した。
「二酸化炭素は、木材,石炭,石油,天然ガスを燃やした時や人間や動物が息を吐いた時に、出るんだよ。そして、植物が太陽からエネルギーを作る時に利用されたりするよ」
「植物に必要なものなのに何が問題なの? 」
画面を見ながら依芙姫は碧威に説明した。
「このスマホや家の灯りを使うには電気が必要なの。人間は石油や石炭を燃やすことで工場やお店、各家庭に電気を供給してきたんだ。色んなところに電気を供給するにはたくさんの電気が必要で、その分たくさんの石油や石炭を燃やす必要があるの」
「へー」と碧威は感心した。
「ただ、これらを燃やすことで、二酸化炭素がたくさん放出されて私達が住んでいる地球の気温が上がっていくことが問題になってきたの。石油・石炭を燃やす火力発電から太陽光パネル、風力発電等の自然エネルギーにシフトしつつあるの」
「で、森林を伐採して太陽光パネルや風車を設置して二酸化炭素は減ったの? 地球の気温は下がったの? 」
「うーん。F県ではメガソーラーの建設によって広大な森林が失われ二酸化炭素の吸収能力が減少しているみたい。他の県はわからない」
「二酸化炭素は減っていないんだ」
依芙姫は碧威が怒り出しそうだと思いながら、説明を続けた。
「自然環境が破壊されることで、オオジロワシ、タンチョウなどの生息地が脅かされていると言ってメガソーラーの建設に反対している住民がいるよ。あと、森林伐採で土壌の保水力が低下し、土砂災害のリスクが増えているところがあるみたい」
「反対している人間がいるんだね」
「うん。環境に優しいはずのメガソーラーが逆に環境破壊を招いていて、計画が中止になったりしている県もあるみたい」
「多くの人間が建設に反対しているのに、何で設置するんだ!? 」と、ぐるるるっと碧威は唸った。
碧威から怒りのエネルギーを感じながら、「ちょっと待ってね」と依芙姫は言った。
依芙姫はスマホの画面を見ながら、
「次は風力発電にいくね。メガソーラーと同じで、温室効果ガスを排出しないことで設置され始めたみたい。でも、風がないと発電できないから発電量も不安定みたい。だから一定以上風が吹く場所に設置されているみたいだよ」
碧威から、再びぐるるるっと唸り声が聞こえた。依芙姫が横目で見ると碧威はいつの間にか耳が人間から狼の耳に変化し、鋭い爪と銀色の尻尾がはえていた。
「ちなみに、風力発電は雷に弱いみたい。避電設備を設けているみたいなんだけど、完全に防ぐことはできないみたい。あと、風が強いと運転が停止してしまうみたいだよ」
「へぇ」と少し考え込みながら、「風車はメガソーラーのように反対している人はいるの? 」とドスがきいた声で碧威は尋ねた。
「SNSのBのつぶやきを見てみるね」
依芙姫は《風車 反対》のキーワードを入力し検索した。
「関西のネット新聞の記事だけど、8年間に渡って風車建設を反対する住民デモによって建設計画が頓挫したところがあるみたい」
「へぇ」
「ロックバンドのヴォーカリストが風車反対の署名運動をシェアしているよ。風車建設予定のダム近くの大自然の綺麗な渓流の姿が変わってしまうのは切ないと述べているよ」
ふと鉄の錆びた匂いが漂ってきたので依芙姫は碧威を横目で見てみると、腕に自分の爪を食い込ませている。唾をごくりと飲み込み、依芙姫は引き続き説明を続けた。
「風車の近くに住んでいる人で、耳鳴り、眠れない、めまい、頭痛といった健康被害を訴えている人達がいるよ。半狂乱状態になった犬や猫がいるみたい。あと、海外の事例がいくつかあるよ。カナダの放射線医師の調査があって、風車の近くに住む住民に精神的健康の悪化や睡眠の質の低下が見られたみたい。で、距離が近いほど、影響が大きいみたいだよ」
人間にも風車被害がみられると聞いて、碧威は少し驚いているようだった。
「反対している人達がいて、健康被害があるのに何で人間達は風車を設置するの? 」と碧威は尋ねた。
「お金が儲かるからかな……。ただ、風力発電の耐用年数は20年なんだって。FITという国の固定価格買取制度の期限が終了し売電額が半分になるから、継続すれば大幅の赤字になるみたいだよ。寿命を迎えた風力発電は、自治体によっては解体撤去する自治体があるみたい」
突然、ガサガサと、草を踏み締める音がした。
「美味そうな神氣が漂ってきたと思ったら、なんとラッキー」と後ろから声がした。依芙姫達は振り返ると、太陽光パネル2枚分の巨大な蜘蛛がやってきた。巨大な蜘蛛の8つの目が不気味に赤黒く光っている。蜘蛛の悪妖だ。
「2人まとめて食ってやる」
蜘蛛の悪妖の前脚が碧威に向かって振り下ろされた。
碧威は地面を蹴り、素早く依芙姫とは反対側の左に避けた。
「素早いな……」
碧威の鋭い爪が蜘蛛の前脚の一本を切り裂いた。黒い体液が飛び散った。
次の瞬間、蜘蛛の悪妖の口から糸が放たれる。粘つく白い直径1cm程の糸が碧威を絡め取ろうとした。碧威は跳躍し、ギリギリで避けようとしたが、右足に糸が絡みついてしまった。
「なっ」
「クックック。これで自由に動けまい。まずはオードブルから頂こうか」
碧威は蜘蛛の悪妖に引き摺られ、体勢を崩した。その隙を逃さず、巨大な脚が振り下ろされた。
ドォォォーン。
地面が砕かれ、土が跳ね上がり、土煙が舞った。
碧威はかろうじて横に転がることで、蜘蛛の悪妖の攻撃を避けた。
「ちっ。しぶとい犬め! 」
碧威はムッとし、「……狼だ」と言った。
碧威が蜘蛛の悪妖に言い合っていると、蜘蛛の悪妖の顔面に、茶色い液体がかかった。
「熱っ! 何をかけた? 」
「コーヒーよ! 」と水筒を握りしめながら、依芙姫は言った。
「コーヒー? メインディッシュは後にしたかったが、小娘から食うてくれるわ」
蜘蛛の悪妖は依芙姫に向かって糸を吐き出したが、命中しなかった。
「なっ……目が回る……。何をした!! 」
「カフェインで酔っ払ったのよ」
「ちっくしょう。ならば……」
蜘蛛の悪妖がふらつきながら、依芙姫に向かって無数の足で攻撃をしようとした。
ふと、焦げた匂いが漂ってきた。碧威が小さな火球を作り、蜘蛛の糸を燃やしたのだ。碧威が跳躍し、鋭い爪を蜘蛛の悪妖の顔面に向かって振り下ろした。
「ギャァァァッ」
黒い血が飛び散った。蜘蛛の悪妖は動きを停止し、息絶えた。
「碧威君、大丈夫? 」と依芙姫は駆け寄った。
碧威の着物は蜘蛛の悪妖返り血でところどころ黒く汚れていた。碧威は依芙姫の方を向き、「大丈夫だよ」と言った。
「後で、お父さんか晴真に祓ってもらわないと……、邪気や穢れが漂ってしまう」
「僕、祓えなくてごめん」
「ううん。祓師の娘だから、本当は私が祓えないといけないんだけど……。碧威君、火を作り出せるの!? 」
「妖狐や大蛇の血を少し口にしたから、小さな火球を作れるようになったんだ」
「そう。多くの血を取り込むと、どうなるの? 大蛇との戦いの後、碧威君の目が少し赤黒いシミがあった気がしたけど……」
「取り込む血が多いほど、悪妖が使っていた神通力に近い威力が出せるけど、邪悪な性格に影響を受けやすいんだ」
「血を取り込むのは気をつけてね。とりあえず、移動しよう」
「うん」と言って、碧威は狼の耳と尻尾を引っ込めて、人間の姿に変化した。
2人は磐守神社の裏山の頂上に来ていた。依芙姫はフゥッと息を吐きながら、
「碧威君、さっきの話の続きだけど、自然を破壊する人間は許せないよね。前は私のことを食べないと言ったけど、私を食べることにするの? でも、私は命をあげるわけにはいかないの」
碧威は大きく目を見開いた。
「もし、太陽光パネルが撤去されたら、私の神氣で植物の命を灯らせたいから……。私が森や自然のために出来ることはこれくらい……。だから、定期的に神氣をあげるから、それで許して」と依芙姫は泣きながら碧威に訴えた。
怒りが少し引いたのか、碧威は「撤去される可能性はあるの? 」と聞いた。
「わからないよ。放置されるかもしれないし、新しいパネルを設置するかもしれないし……」
碧威は依芙姫の頬に流れる涙を指で拭いながら、
「言いにくいことを言わせてごめんね。僕が怒りを感じたり憎んだりするのは森を破壊し生き物を死に追いやっている人間だ。依芙姫ちゃんじゃない」
涙を流しながら、依芙姫は目を瞬かせた。
「碧威君……」
「被害を受けている人間、反対している人間がいることもわかったから……。僕は風車を無力化させる方法を考えるよ。さっき、ヒントももらったしね」
「碧威君……」
「あっ! 神氣を貰う方法だけど……」と言って碧威は依芙姫を抱きついてきた。
「なっ……」と思わず真っ赤になる依芙姫。美しすぎる人間の姿や神獣姿の碧威に抱きつかれるのは心臓に悪いのだ。
「抱きつくのはダメ! 碧威君、離れて! 」
「え〜っ」
突然、「ワンワンワン」という犬の鳴き声が響いた。依芙姫のスマホの着信音だ。スマホの待受の画面がシベリアンハスキーの子犬の画像の上に、晴真が蜘蛛の悪妖の死骸を祓ったというメールの通知が来た。
依芙姫はスマホを見ながら、
「晴真が祓ってくれたみたい」
「それは良かった。ところで、依芙姫ちゃん、犬が好きなの? 」と聞いた碧威の顔が一瞬、何かを企んでいるように見えた。
「うん……」と恥ずかしそうに依芙姫は返事をする。犬好きということを知られるのは少し恥ずかしい。
依芙姫はハッとし、『碧威君に狼の姿になって貰えば良いのでは? 』という考えが一瞬よぎったが、首を左右にブンブンと振った。
いつの間にか、碧威の耳が銀色の狼の耳に、銀色のフワフワの尻尾が生えていた。碧威は無言で依芙姫を見つめ、依芙姫の手に尻尾を触れさせた。
『うわー。フワフワで気持ちいい』
犬のように、銀色の尻尾をブンブン振っている。
『碧威君はなぜ、こんなことを? 狼に変身してくれないかなぁ。ワシャワシャしたい。でも、狼姿の碧威君に触れるのはセーフ、アウトどっちだろう? 』と心の中で依芙姫は考えあぐねていると、
「依芙姫ちゃん、時々、狼の姿になろうか? 狼の姿なら問題ないでしょ!? 僕は依芙姫ちゃんから神氣を貰えるし、依芙姫ちゃんは疑似犬を触れるし……」と碧威が耳元で悪魔の囁きをしてきた。
「そういえば、ハスキーと狼って似ているよね」と碧威は更に耳元で囁いた。
依芙姫はトスンと心臓に矢が射抜かれた気がした。そして、碧威の誘惑に負けてしまった。
「うぅっ、人間の姿で抱きついたりしないでね」と依芙姫はジト目で碧威を見つめた。
「善処するるよ」
目を閉じ碧威の尻尾を撫でながら、日本に住む人間、神獣、動植物、妖がうまく共存共栄できる道が見つけられるといいなと思う依芙姫だった。
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