6話 彼女の息は、氷と刃にて①
「一旦、情報を整理するか」
俺は足元に落ちていた木の枝を拾い、砂浜にそれを突き立てる。柔らかな地面に、線が刻まれていく。
〜第一ラウンド「ディスコード・アイランド」のルール〜
⚪︎申告内容との乖離が大きいほど得点が与えられる。
→俺、10。寧、3。
⚪︎名札を奪う[奪取]、もしくは殺すこと[撃破]で点数を得ることができる。殺してしまうとマイナス一点。
→一点の奴を殺した場合、マイナスはない。
→死んだ人は[脱落]通知。
⚪︎ 開幕時に五点以上のプレイヤーは二時間おきに位置情報が記される。
→五点以上のプレイヤーと戦う際は、殺して点数を得た方が効果的かも。(名札が邪魔になるから)
殺した場合、自身の名札に点数が入るとみて良いだろう。
⚪︎[看破]相手の真の能力を当てることができれば、二点奪える。外すと、逆に二点奪われることになる。
⚪︎[占拠]島の中央にある鉄塔内で、一時間が経過すれば三点がもらえる。
⚪︎[譲渡]一回だけ、仲間はポイントの譲渡を行える。
⚪︎二十四時間後、十点を所持していればゲームクリア。
書き終えて、一歩下がる。
「……こんなところか」
全体を見渡し、小さくため息を吐いた。
ルール自体は単純だ。高得点者は狩られないように動き、低得点者がそれらを狩るだけのサバイバルゲーム。
だが、その事実がより胸を締め付ける。
視線が、自然と落ちた。
――10。最初から、狙われる側だ。
「おおー、分かりやすい!流石レイジ!」
寧が手を叩きながら、ぴょんと跳ねる。その声が、妙に浮いて聞こえた。
風は止み、波の音だけが、やけに大きく耳に残る。
一瞬の、空白。
『それでは――ディスコード・アイランド、開始です』
静寂を裂き、アナウンスの声が開幕の合図を告げる。
――次の瞬間だった。
ドォォォン。
森の奥から、轟音が響いた。
次いで、何かが叩きつけられる衝撃のような音と、破裂したような音が同時。
地面が震え、木陰で休んでいた鳥たちが一斉に羽ばたく。
――それきりだった。
次の衝撃は来ない。音も、ない。
静寂が落ちる中、寧がゆっくりと口を開いた。
「……始まってる、ね」
そこに、さっきまでの笑顔も、楽観したような雰囲気もない。今はただ、森の奥を見据え、わずかに表情を強張らせるのみだ。
「ああ」
短く返し、目を細めて森の奥へと視線を移した。
もう動いている奴がいる。開始の合図と同時に、だ。
準備していたのか、それとも、不意の遭遇を果たしてしまったのか。どちらにせよ、悠長にしている時間はない。
その時、端末が短く震えた。
通知だった。画面を開くと、一行だけ表示されている。
《[脱落]鬼島タイガ――死亡。》
思わず、目が止まった。
鬼島タイガ――あの殺人鬼が、開始からほぼ間を置かずに脱落した。
チームメイトは、水瀬ミオという少女のようだ。彼女の脱落通知は、まだ来ない。
――一体、何があった。
―――――――――――――――――――――――――
島のどこかの森の中。セイナとミリアは、二人で身を潜めていた。
転送されたのは、鬱蒼とした木々の中だった。周囲を確認して、互いの無事を確かめて、とりあえず茂みに身を隠した。そこで、例のアナウンスが流れ始めた。
ルールを確認しながら、二人は視界の端で周囲を警戒し続けていた。
そこで、ミリアの視線が、ふと止まった。
茂みの向こう、十メートルほど先に、二人分の人影がある。木の隙間から、かろうじて見える。
一人は背が高く、がっちりした体格の男。もう一人は、小柄な水色髪が目立つ、中学生くらいの少女だ。
似た特徴のペアを、すぐに探す。そして、その姿は十秒もしない内に見つかった。
鬼島タイガ。水瀬ミオ。間違いない、この二人だ。画面をスクロールしていた指が止まる。
鬼島タイガ――彼は、言わずと知れた連続殺人鬼。
そして、一方の水瀬ミオ。彼女のオリジンは、息を凍らせる、というもの。点数も一点でおそらく嘘はない。余り物――そう表現するのがしっくりくるだろうか。
「……セイナ、あそこ」
小声で呼び、彼女の肩に軽く触れる。
セイナが振り向くのを確認してから、タイガ達の方向へ指をさす。
「動かない方が……良いかも」
ミリアの言葉に、セイナは頷きで返す。
『それでは――ディスコード・アイランド、開始です』
直後、タイガが動いた。
隣に立っていたミオに向かって、腕を大きく振り上げる。指先が、鋭利な刃の形に変わっていく。
彼は、チームメイトを開幕と同時に仕留めようとしていた。誰よりも近くにいて、誰よりも無防備な相手を狙う。
実に、鬼島タイガという人間らしい判断だ。
ミオもミオで、一応警戒はしているようだった。その証拠に、彼とは大木を一つ挟んだところに立っている。
だが、その大木を紙切れのように軽々と断ち切り、彼の刃はミオの首筋へと走る。
(あっ……!)
咄嗟に体が動きそうになるのを、セイナが引き留めた。
まだ中学生くらいの少女が、チームメイトであるはずのタイガに、開始早々八つ裂きにされてしまう。
善意ではない。恩を売りたいわけでもない。
ただ、目の前の少女がこの先の未来を摘み取られる。その事実を、黙って見ているわけにはいかなかった。
――しかし、次の瞬間。
倒木の衝撃と共に、動かなくなっていたのは――タイガの方だった。
よく見れば、彼の体は青白い氷に包まれており、体の自由を一切奪われている。腕を振り下ろした姿勢まま、彼は凍っていたのだ。
ミオはその様子を一瞥し、小さく息を整えた。
氷葬制止世界――これが、彼女のオリジンの正式名称。
息を吐いたものを凍らせる。その申告に嘘はない。
だが――
「な……」
言葉が出なかった。
なんせ、スケールが違いすぎる。
ミオの能力で、タイガは氷漬けになった。しかし、それだけではない。周囲の木々も、地面も。白い煙を微かに残しながら、それらは全て凍りついていた。
だが、タイガも大人しく黙っちゃいない。
唸り声を上げながら、腕に力を込める。強引に氷を砕こうとしているのが外からでも分かった。
氷の表面に亀裂が入る。青白い欠片が、ぱらぱらと地面へこぼれ落ちていく。
それでも、ミオは冷静だった。タイガを見つめ、再びゆっくりと息を吹きかける。
――ただ、今回は自身の手に向けて。
空気が凍り、巨大な氷の塊がミオの手中で形を成した。ハンマーだ。
それを躊躇いもなく、タイガの方へと振り下ろす。
反射的に、目を瞑った。
――鈍い音が、一つ。
少し遅れて、べちゃりという音。それが何回か。
やがて訪れた、静寂。
もう、次の音は来ない。
おそるおそる、ミリアは目を開く。
最初に目に入ったのは、赤い何かだった。
それが、幾つも地面に散らばっている。
――何だ、あれは。
一瞬、理解が追いつかない。いや、理解したくなかったのかもしれない。さっきまで、あんなものなかったから。
まさか。そんな、まさか。
一方、ミオは何事も無かったかのように、端末を操作していた。無表情のまま、淡々と。
その手が真っ赤に染まっているのを見て、理解してしまった。
――タイガは殺された。この少女の手によって。
ここで、視界の端で揺れる"何か"がミリアの目に映った。思わず、その方向へと視線を移す。
その正体は――セイナだった。
彼女の指先は小さく震えている。いや、指先だけじゃない。体全体が、小刻みに動き続けていた。
息も浅く、口元はカタカタと音を鳴らしている。いつもの強気な彼女からは、とても考えられない状態だ。
「ごめん……私、無理かも……」
―――――――――――――――――――――――――
端末の通知を確認してから、俺は顔を上げた。
「行くぞ」
「うん」
寧と並んで、森へ踏み込む。
足元の砂が土となり、地面からの反発が一気に強くなった。
日光は葉の屋根に遮られ、先程までの陽気と軽さは消えてしまった。今はただ、空気がとにかく湿っていて重い。
音の聞こえてきた方角へ、歩みを進める。
こんな時でも、寧は相変わらずだった。道端の花を愛でてみたり、通りがかった蝶に手を伸ばしたりしている。
その一方で、端末は時々震え、脱落の通知を送ってきた。名前と、名札を奪われたか、殺されたかの別。誰にやられたか、といった情報は一切出てこない。
そんな中、寧が突然口を開いた。
「そういえば、レイジが注目してるチームって、ある?」
唐突な問いだった。ただ、確かに共有しておくべき情報でもある。俺は少し考えながら端末を開く。
「それこそ、さっき死んじまったらしいけど……まずは鬼島タイガかな。殺人容疑で指名手配中の、やばい奴だ」
端末でタイガの欄を開き、寧に見せる。彼女は眉を寄せながら、小さく呟いた。
「とても、すぐ死んじゃうような人には見えないね。それだけ、相手が強かったのかな……」
「分からない。なんにせよ、こいつをあっさりと殺せる手練れがいる、ということを把握しておくべきだ」
そう言って、俺が次に開いたのは大神リョウヤの欄。
「次に、大神リョウヤ。こいつのオリジンは、炎の弾丸を操る……が、問題はそこじゃない」
その顔を見て、寧がハッとした。
「あ……この人って、チーム決めの時にめっちゃ仲間引き連れてた人でしょ?俺は警察の息子だ〜って」
「そうだ。それに、喧嘩も売られた」
思い出すように、少しだけ視線を逸らす。
「向こうは笑うだけ笑って、どっか行ったけどな」
その言葉を聞いて、再び寧が何かに気付いたような表情をする。
「あの人数に囲まれて、一切怯まない人がいるな〜って遠くから見てたんだけど……あれ、レイジだったんだ」
「……あ、いや、そんな大したことはしてない」
まさか見られていたとは。寧の予想外の反応に、返答がわずかに詰まる。
「じゃ、現状はこの二人が所属してるチームが注目株って感じなの?」
その問いに、すぐには答えなかった。
寧は注目しているチームについて聞いている。実力だけで語るなら、この二人が間違いなく最有力候補だ。
しかし――
「あと、セイナと……ミリアのチームかな。幼馴染でさ」
気づけば、口にしていた。
別に、言う必要はなかったはずだ。
寧にとっては、何の関係もない話だ。
それでも――もし、あのチームと出会うことがあれば。
「……何言ってるんだろうな、俺」
本来、このゲームに参加した以上、幼馴染とかそういう事情は関係ないはず。
全員が全員、自分が生き残るために動いているのだ。
――それなのに。
寧から、視線を逸らす。自分が考えていることは、"チームメイト"としてあってはならないこと。
寧はそんなこと意にも介さず、こちらへと真っ直ぐな視線を向けてきた。
「幼馴染?」
そう言って、首を傾げる。責めるわけでも、詮索するわけでもない。ただ、純粋に気になった、という顔。その表情が、やけに胸を刺すように痛い。
「あぁ。二人とも、小さい頃から同じ施設で育った仲間でさ」
その言葉に、寧は少しだけ目を細めた。
何かを考えるように、ほんの一瞬だけ視線を落とし、また戻す。
そして――
「良いね、仲良しって。私も、そういう関係性のお友達、一人くらいは欲しかったかもな」
そう言って、彼女は軽く笑った。
しかし、いつもの笑い方とはどこか違っていた。わずかに影が差しているような、そんな笑み。
――全部、見透かされていたのかもしれない。
寧は、それ以上何も聞いてこなかった。俺も、何も言わない。いや、"言えなかった"の方が近いだろう。
ただ、無言のまま隣を歩く。
その距離感が――妙に心地良かった。
【設定資料】
⚪︎主要人物点数紹介
榊レイジ ――10 記述なし
九条ミリア――6 見たものを止める能力
美剣セイナ――3 剣を使う能力
麗芽 寧 ――3 身体能力強化(×2)
水瀬ミオ ――1 息を吐いたものを凍らせる
鬼島タイガ――1 手を刀にする
大神リョウヤ――1 炎を操る
ミリアがここまで高いのは、彼女の能力の制約が関わっています。
それは、瞬きをすると能力が解除されるという点。このデメリットを、運営はかなり重く捉えたのでしょう。
⚪︎水瀬ミオ――まだ女子中学生であるにも関わらず、開幕でチームメイトであるタイガを秒殺してみせた。
そんな彼女のオリジンは氷葬制止世界。
息を凍らせるだけの単純なオリジンを、自身の手足のように使いこなす彼女。
今回のゲームにおける最強候補の一角か。
《能力評価》(A〜E)
身体能力 B 判断力 A
知略 A 実践経験 A
オリジン B




