3話 争い事の火種は白紙にて
さて、と思いながら改めて周囲を見渡す。
チームが出来上がっていくにつれて、残り物が絞られていく。悠長にしている時間はない。先程までの賑やかな人だかりも徐々に数を減らし始めていた。
――その時。
「おい、そこのお前」
声が、空気を裂いた。男にしては少し高い。だが、妙によく通る声だった。自然と視線が集まる。
振り向くと、複数人の中心に立っている人物がいた。
名は大神リョウヤ。先程、炎のオリジンを披露していた男だ。
背が高く、顔も整っていて、生まれつき持っている自信が立ち姿に滲み出ている。最初から、そこに立つことを前提に生きてきた人間の在り方のようだ。
視線を集めることに慣れている。注目を浴びることを当然としている。
――中心に立つ側の人間。
そんな印象が、否応なく伝わってくる。
それだけの条件が揃っているにも関わらず、まだチームを組んでいない理由。
その疑問は、一瞬にして晴れることとなる。
「おい、そこのお前だ。オリジンが空白の……お前だ。」
目が、おおよそ人に向けられるような目をしていなかったからだ。それどころか、もっと下の、まるで道端に落ちているゴミを見るような目をしていた。
勿論、俺はそいつの問いに答えなかった。視線も動かさず、ただその場に立つ。相手の意図を読むまでもない。
――見せしめだ。
価値のない人間を引き合いに出して、その差を可視化する。自分がどれだけ有用で、俺がどれだけ使い物にならないのかを証明し、笑いものにするつもりなのだろう。
周囲にいる連中も、それを期待している顔をしている。
周りの人間に己の市場価値をアピールしつつ、俺の評価だけは貶める。
とんでもない野郎も居たもんだ。
「聞こえていないのか?」
逃げ道を塞ぐ、再度の宣告。
流石にこれ以上は無理だと悟り、リョウヤの方へと振り返る。
「聞こえている」
淡々と返した、その時だ。
すっと、目の奥で何かが引いていく感覚があった。
――あ。
クールタイムが、終わった。
今まで霧がかかったように霞んでいた視界は、今は明るすぎるほどに冴えている。
それと同時に浮かんだのは、たった一つだけの思考。
こいつの選択を後悔させてやる。
気付けば、俺はそのことだけに夢中だった。
瞬時に未来視を走らせ、その選択肢を心の内でそっと握る。全く正反対の二択の未来に、思わず笑みが溢れそうになる。
「聞こえているなら、なぜ反応しない?」
リョウヤの言葉が先程よりも鋭くなっている。目も細められ、明らかに平常心ではない。
だが、その原因は怒りではない。自分の言葉が通じなかったことへの、純粋な不快感からだった。
「俺の親父は警察の幹部だ」
唐突に、リョウヤが言った。
「このゲームを通過した後の話も、俺を通じてなら有利に進む。それだけじゃない」
右手を軽く持ち上げる。その指先に、小さな光が灯った。そして次の瞬間、拳大の炎の塊が現れる。
熱が、数メートル離れた俺の肌までしっかりと届いてくる。紛れもない、本物の炎だ。
「炎弾。見ての通り、戦力は保証する。皆、俺と組みたい奴は着いてこい。こいつみたいなゴミと野垂れ死にたくなければな」
リョウヤの言葉と共に、周りの数人が便乗して笑った。
――ここまでが共通の未来だ。
問題となる分岐点はここから。
俺は、何も言わなかった。ここで組む気が最初からなかったのは、こちらも同じだ。
むしろ――この程度で済んだ事に、安堵さえ感じていた。
これが、一つ目の未来。
やけに消極的だが、リスクとリターンという面においてはこの上ないほど素晴らしい未来だ。とにかく奴の目の敵にされないように立ち回るというのが主旨の未来。
だが、それでは面白くない。こんなうさんくさい親の七光りみたいな奴にやられっぱなしで終わるなんて、まっぴらごめんだ。
それを具現化したのが、もう一つの未来。
「おい、そこのマッチ棒。……そうだ、お前だよお前」
わざと間を置いてから名指しする。
一瞬、場の空気が凍りついた。
誰もが聞き間違いか何かだと思ったのだろう。まさか、あのリョウヤに向けて放たれた言葉だとは、誰一人として想像すらしていないからだ。
しかし、状況は一変。
一拍の沈黙の後、リョウヤがその言葉の意味を理解した瞬間、彼の顔つきが音を立てて歪んだ。
「あ?お前今なんつった?」
低く沈んだ声と同時に、右手に怒りの炎が露わになる。揺らめくそれはただの演出じゃない。熱が膨れ、空気が焦げる。立っているだけで喉が焼けるような圧。
周囲が一歩、また一歩と引いていく。
ズカズカと距離を詰めてくる足音。威圧だけで人を黙らせる類のそれ。
だが、俺は動かない。
逃げるどころか、むしろ口角をわずかに吊り上げた。
「聞こえなかったのか?」
小さく鼻で笑い、あえてゆっくりと、噛み砕くように言い直す。
「マッチ棒、って言ったんだ」
炎が、一際大きく唸った。今すぐにでも俺のことを焼き殺してやると言わんばかりの目が、こちらを鋭く睨みつける。
「貴様……!!」
炎が膨れ上がる。今にも弾けそうなほどに、荒々しく。右手を前に掲げ、俺という対象目掛けて一直線で構えられる。
だが――そこで止まる。
構えられた炎は、そのまま宙で固まっていた。その理由は、あまりにも明確だ。
「どうした?」
俺は一歩も引かないまま、淡々と問い返す。
「さっきまでの威勢はどこ行った。ほら、やれよ。“炎弾”だっけか?」
わざとらしく、肩を竦める。
そして、一歩、二歩。リョウヤが構えている、炎の目前まで距離を詰めた。
「この距離なら外さないだろ。自慢の戦力、見せてみろよ」
ざわ、と周囲が揺れた。
リョウヤのこめかみに血管が浮かぶ。分かっているのだ。ここで撃てばどうなるかを。
殺人行為は禁止――つまり、撃った時点で終わりだ。
ここでの終わりというのは、おそらく死を意味している。それは、自称警察幹部の息子である彼が一番よく分かっていることだろう。
「榊レイジ、か」
低く、押し殺した声だった。
燃え上がっていた炎は消えていない。だが、その揺らぎが明らかに変わっている。さっきまでの轟々とした炎ではない。行き場を失った、ただの熱だ。
「……覚悟しろよ」
俺の瞳を捉えて、吐き捨てるように小さく呟く。
それには何も返さない。ただ、目を逸らさずに見返す。
それだけで十分だった。
「行くぞ」
リョウヤは短く言い放つと、この場を後にした。取り巻きの数人が慌ててそれに続く。
さっきまでこの場の中心にあった姿は、人混みの中に紛れ、驚くほど自然に消えていく。
張り詰めていた緊張が解け、短く息を吐いた。肩の力が自然に抜け、昂っていた心が平常心を取り戻していく。
――誰かとの揉め事なんていつぶりだろうか。
真正面からのやり合いというのは、どうにも慣れない。
なぜなら、未来視を使う事でこういういざこざは事前に回避できてしまうからだ。
よって、今のように誰かと言い合うような経験は本当に久しぶりだった。普段なら、安全に大人しくしている方の未来を選んでいただろう。
しかし、あの時の俺が選んだのは、こちらの未来だった。何故こちらを選んだのか――それだけは、今でも不思議に思えて仕方がない。
(何でだろうな……)
身体を満たしていた熱が引き、思考がいつもの速度に戻っていく。胸の奥で乱れていた呼吸が収まり、冷静さを取り戻していく。
そこで、俺はようやく気が付いた。
――興味、警戒、評価……その他諸々。
周囲からの視線が、先程までとは桁違いになっていることに。




