2話 その出会いは運命、にて
紙が回収された瞬間、間髪入れずに次の指示が流れる。
『続いて、チームを決めて頂きます。二人一組です。お手元には、他の参加者の名前とオリジン名が記載された端末と、名札をお配りします』
言い終わるより早く、天井から黒い影が落ちた。
反射的に視線を上げる。落下してきたのは、薄いスマホのような端末だった。音もなく手元に収まり、画面が自動で点灯する。操作は必要ないらしい。
名前とオリジン名。それだけが、無機質に並んでいた。
スマホを弄る感覚で、その画面をスクロールする。人数は百人。過不足なく、ちょうど百だった。
そこで、視界の隅、いつの間にか自分の胸元に名札が固定されているのが分かった。留め具のようなものは見当たらない。だが、簡単に外れることもない。軽く引いてもびくともしなかった。
『それらを参考にして、チームをご自由に結成してください。尚、暴力行為、殺人行為は禁止となります』
どうやら、これで名前と能力を一致させて自分に合う人間を選べ、ということらしい。
先程まで取り乱していた連中が、何事もなかったかのように歩き出している。足取りは速く、視線は鋭い。互いを観察し、条件を交換し、探り合いをしている。
現金なものだ。だが、間違ってはいない。ここでは、遅れたものから切り捨てられていく。
再び、端末に視線を落とす。
並んでいるのは名前。そして、自分自身で申告したオリジン名だけ。性能も制限も記載はない。故に、いくらでも飾れるし、いくらでも偽れる。
この情報だけで強さを測るのは難しい。いや、むしろ危険だ。
誇張も虚偽も咎められない状況で、言葉だけを信じるのは、自分から罠に踏み込むのと変わらない。
――目に見えて分かりやすいものを除いて。
水を宙に浮かせている女。指先で火を弾いて見せる男。金属片を震わせている少年。能力を“見せている”連中の周囲には、自然と人が集まっていた。
交渉の声が重なる。自分の価値をアピールする声。条件を探る声。売り込みと品定めが同時に進んでいる。
まるで、即席の市場のようだった。
合理的ではある。コイツらは価値が可視化されている分、話が早い。少なくとも、何も分からない相手と組むよりは、遥かにマシだ。
俺は少しだけ目を細めた。確かに、分かりやすい強さに群がるのは正しい選択の一つだ。だが、それだけで決めるのは浅い。
目立つ能力ほど、対策もされやすい。実際、あの輪の中にいる連中は、既に“情報を渡している”のだ。
顔と能力が結び付いた時点で、未知は消える。対峙した場合、やることが明確になる。
つまり、読み合いの余地が減る。
それは、この手の場面では致命になり得る。強さを示すことと、手札を晒すことは同義だ。
それでも尚見せるのは、自信か、或いは――
そこまで考えて、思考を回す。どちらにせよ、俺が選ぶ理由にはならない。それに、この場にはまだ誰にも選ばれていない商品がいくつも並んでいる。そちらの方がよほど興味深い。
ちなみにだが、俺の周囲に人が集まることはなかった。周囲の視線が止まることはない。そこに人は存在しなかったと言わんばかりに、通り過ぎていく。
榊レイジ――能力無し。
そりゃそうだ。白紙で出したんだから。
誰も声をかけてこない。交渉も発生しない。視界の端で一瞬だけ確認されて、すぐに切り捨てられる。
そんな棚にすら陳列されていない商品が、人気商品と肩を並べて配置される――なんてことは天地がひっくり返っても起きない。
釣り合う者を探しに、選ばれない側へと足を運ぼうとしていたその時だった。
「もしかして……れ、レイジ?」
背後で、やけに聞き覚えのある声がした。
だが、まさかそんなはずはない。いくら聞き慣れた声といえど、こんな場所で出会うわけが――。
その考えは断ち切られてしまった。
「……嘘でしょ。なんで、あんたがここに」
振り返った視線の先。人混みの中でそこだけが真空になったかのように、俺の鼓動が跳ね上がった。
美剣セイナ。そして、九条ミリア。
記憶の中にある姿よりも少し大人びた、だが紛れもなく、あの地獄を共にした二人がそこに立っていた。
幽霊でも見たかのように目を見開いているセイナの顔は、驚きを通り越して、いまにも泣き出しそうなほどに歪んでいる。
その隣で、ミリアは信じられないものを見るように、震える手で口元を覆っていた。
「セイナ……ミリア……お前ら、なんで……?」
声が掠れた。
脳裏に、嫌というほど見てきたあの頃の記憶がフラッシュバックする。返り血を浴びながら大剣を振るっていたセイナ。無機質な瞳で相手の動きを封じていたミリア。
俺が全てを捨てて、彼女たちを置き去りにしてまで手に入れたはずの平穏な日常が、音を立てて崩れ去っていくのが分かった。
「なんで……なんであんたがここにいるのよ!」
セイナが、叫ぶように詰め寄ってきた。
再会の喜びなんて微塵もない。そこにあるのは、剥き出しの絶望と怒りだ。
「あんたは……あんただけは、施設のことなんか全部忘れて、どこかで普通に笑ってるって、そう思ってたのに!」
掴みかからんばかりの勢いに、俺は言葉を失う。
セイナの肩が、激しく上下していた。その瞳に溜まった涙が、怒りゆえなのか、それとも俺が"こちら側の世界"に戻ってきてしまったことへの悲しみゆえなのか、判別がつかない。
「……気づいたら、招待状が届いてたんだ」
絞り出すように答えると、背後でミリアが力なく首を振った。
かつての戦場で、誰よりも冷静に敵を止めていた彼女の瞳が、今は迷子のように彷徨っている。
「私たち……結局、あそこで生きるしか道はなかった。だから、レイジくんだけはあっち側の世界で救われてほしかったのに……」
二人の視線が、俺の胸元で揺れる『能力無し』の名札に突き刺さる。
「……バカね。あんた、本当にバカだわ」
セイナが顔を伏せ、呪うように呟いた。
あの日、施設を去る俺を黙って送り出してくれた彼女たちの想いを、俺は今、最悪の形で裏切ってしまった。
だが、もう戻ることはできない。
「悪いな。……俺も、どうやらあっち側の人間じゃなかったらしい」
自嘲気味にそう告げると、セイナは唇を強く噛み、溢れそうになる何かを堪えるように顔を背けた。
「……死なないでね」
それだけ残し、セイナは人混みの中へと消えていく。ミリアも一瞬だけ、泣き笑いのような複雑な表情を浮かべると、影を追うように彼女の後に続いた。
「それはこっちの――いや、そんなことないか」
言い終わる前に気付いた。彼女達の強さは、俺が一番知っているはずだ。
美剣セイナのオリジン――剣製。
無から剣を顕現させ、あらゆる間合いを死圏に変える、純粋にして最強の矛。
そして、九条ミリアのオリジン――蛇に睨まれた蛙。
視界に収めた者の動きを、瞬きまでの間制限することができる、回避不能の拘束。
止めるミリアに、斬るセイナ。
施設でも随一と言われたあの二人のコンビネーションがあれば、この選抜試験も、生存するだけなら容易いだろう。
――だとしたら、俺がすべきことは決まっている。
【設定資料】
⚪︎オリジナー養成所。
レイジ達が育った研究施設。幼い頃からオリジナーとして頭角を表した少年少女達が、金に目のくらんだ親によって預けられる。
その譲渡金は数千万〜数億にものぼる。
オリジンごとに異なるカリキュラムが用意されており、子供達は日々能力の向上に勤しまねばならない。
高校生の歳になると、高い報酬金と引き換えに、より強度な研究が待っている。
一応、本人にも選択の余地が与えられ、退所を選ぶこともできる。
⚪︎美剣セイナ──幼少期をレイジと共に過ごした、数少ない友人。
その類稀な戦闘センスとオリジンによって、施設の中で彼女の右に出るものはほぼ居なかった。
オリジンは剣製。
《能力評価》(A〜E)
身体能力 A 判断力 C
知略 D 実践経験 C
オリジン B
⚪︎九条ミリア──幼少期をレイジと共に過ごした、数少ない友人
常におっとりとした口調で、何を考えているのかはレイジ達にも分からない時がある。
オリジンは蛇に睨まれた蛙。
《能力評価》(A〜E)
身体能力 E 判断力 A
知略 B 実践経験 C
オリジン B




