第34話 黎明 後
ヨシュアが敗北したことで魂源界放は解除され、二人は礼拝堂に戻る。
すると丁度鐘塔が十度鳴った。
空が光る。最後の災いが始まったのだ。
「ヨシュア先生、災いを止めてください!」
アンナはヨシュアと目線を合わせて強く懇願した。
普段は大人しい少女の強い感情に教師は甚く感心したが、頷くことはない。
「それはできません。止めたいのなら、アンナさんが私を殺してください。できないのなら、あなたの友人たちが死にます」
空から舞い降りる天使の軍勢、その魔力はそれぞれがあまりに強い。
戦って勝てる相手ではない。
もう説得する時間もない。
アンナには正解がわかっていた。
ヨシュアを殺すことにして、天羽々斬を振り上げる。
その時、生徒たちが籠城しているドラゴン寮舎を結界が包み込んだ。
アンナはヨシュアを切る寸前で刀を止めた。
過越の結界だった。
ドラゴン寮舎は過越の結界により守られて、天使の軍勢を阻んでいた。
ユニコーン寮生が中心となり、生徒たちが全員で協力して、赤羊荘の結界を再現して展開しているのだ。
アンナもヨシュアも、この結界ならもう少しの間保つとわかった。
アンナは刀を落とすと座り込んで泣き出した。
「……先生、ごめんなさい。私、先生のことを殺そうとしました」
自分が殺人を許容したことが恐ろしくて泣いた。
今も、心の中では早く殺すことが一番の正解だとわかっている。
ヨシュアは目の前で生徒を泣かしたこと、そして人殺しにしようとしたことが、痛くて痛くてどうしようもなくて、放心した。
彼女は優しいから、殺せないと高を括っていた。
誤りだった。少女は優しくて、同時に強かった。
それでも復讐鬼の炎は消えない。この災いを止めるつもりなどない。
嗚咽を漏らしながらもアンナは床に即席の魔法陣を描き出した。
簡易的な降霊儀式魔法陣だ。
みんなが過越の結界を張って耐えてくれているおかげでチャンスができた。今の正解を突き通す。
両手を合わせて、祈りを捧げる。
「口寄せ」
魔法陣に手繰り寄せられるように、三つの朧な光が礼拝堂の天井から降ってくる。
口寄せとは霊魂を呼び出す霊媒魔法の一種だ。死者の魂を現世に呼び寄せることもできる。
霊媒魔法の本来の使い方だ。
淡い影のような魂たちは人の形と成り、ヨシュアの前に立った。
「ヨシュア」
優しく彼の名を呼ぶ三つの魂たち。
ヨシュアは彼らに見覚えがあった。
間違いなく父と母、そして兄だ。
アンナはヨシュアの家族の魂を呼んだのだ。
「……兄さん、母さん、父さん」
霊魂たちは彼を言葉で説得することはない。ただ、抱擁するだけだった。
復讐鬼の目から涙が溢れる。憤怒と憎悪の炎が消えていく。
「……僕はなんてことを……ただ、みんなとまた会いたかっただけなのに」
ヨシュアは自分がずっと家族に会いたかったことを自覚した。
それなのに、家族と再会することの叶わない、地獄への道を選んでしまった。
怒りと憎しみに駆られ、大勢の人を殺めた彼は、家族のいる場所には行けない。
兄カレブの魂がそっと語りかけた。
「大丈夫だ、ヨシュア。兄さんはずっと一緒にいる。おまえの罪は俺が一緒に背負う。だって、一緒に戦って来たんだからな」
カレブの遺体はアロンとして常にヨシュアと共に戦っていた。
兄に罪を背負わせてしまったことが悔しくて、そして同時に少し安心した。
「だけど、おまえはまだこっちに来るな。おまえにはまだやることがある」
三人の魂は薄まっていき、消えてしまう。
ヨシュアは三人に触れようと手を伸ばすがすり抜けて叶わない。
外から生徒たちが奮闘する声が聞こえてくる。
思想や身分の壁を越えて、子供達は協力して、生きるために戦っていた。
かつては魔法至上主義に囚われていた生徒たちが、ユニコーン寮の生徒と手を取り合い、背中を預けて戦っていた。
ヨシュアは空の結界陣を通して生徒たちを俯瞰する。
それは、この地獄のような世界において、光り輝く希望の星に見えた。
未来に可能性を感じた。
変わるかもしれないと思えた。
「アンナさん、災いを解きます」
「先生を信じます!」
九血縄の拘束が解かれる。
ヨシュアは祭壇に向かうと魔法陣を操作した。
生徒たちの結界が限界を迎える寸前、ヨシュアの構築した本来の過越の結界が展開され、魔法学校中を包み込んだ。
天使の軍勢は戦いを止め、天に向かって帰還し始める。
ヨシュアが全ての生徒をユニコーン寮生同様に守るべき未来の希望だと認識したことにより、過越の結界の守護対象になったのだ。
夕空に浮かぶ巨大な魔法陣も砕け散り、光の粒となって地上に降り注いだ。
それが、災いの過ぎ去った合図だと、誰もが理解した。
子供達は災禍を乗り越えたのだ。
それぞれ近くにいる学友たちと喜び合い、安堵し合う。
ヨシュアは大きな溜息を吐くと、安心したように、悔いに満ちた顔で笑った。
「ありがとうございます、アンナさん。最後の過ちだけは犯さずに済みました」
これで一件落着、アンナも一安心して力を抜いた。
しかし、アンナにはまだやらないといけないことがあった。
ヨシュアはこの後魔法騎士団に逮捕される。もう先生ではなくなる。
だから、その前に伝えておかないといけないことがあった。
再び緊張してしまう。
「あの、ヨシュア先生。私、進路を決めました。私は魔法騎士になります!」
聞いて、ヨシュアは嬉しそうに微笑んだ。
アンナは初めて、彼の本当の笑顔を見た気がした。
「アンナさんなら、きっといい魔法騎士になれます」
その後、結界の解けた魔法学校に魔法騎士が到着し、ヨシュアは拘束された。
魔法を無効化する手錠をかけられて連れて行かれる彼の背に、アンナはみんなを代表するつもりで、声をかけた。
「ヨシュア先生、お世話になりました!」
◇
気がつくと夕日は沈み、夜になっていた。
アンナがドラゴン寮宿舎に戻ると、ユニコーン寮決闘部員たちが迎えてくれた。
「お疲れ様ですわ、アンナさん。ご無事で何よりです」
「みんなも無事でよかった」
友達の無事を喜ぶアンナに向かってアリスが抱きついて来た。影の中のイヴは気に入らなさそうに眉を顰める。
「アリスちゃん?」
「泣いているので、見ないでください」
そう言って、胸にしがみついて無理やり顔を埋めてくる。なんだか可愛いと思うと脇をつねられた。
アリスに続いてキリエとルーナが抱きついて来てラグビーのスクラムみたいにぎゅうぎゅうになる。
「ちょっとアリスちゃん泣いてんの〜?」
「ルーナも泣いてるじゃん」
「あんたもでしょ!」
やれやれと椿姫、エミリア、シオンも加わり、全員の無事を喜んだ。
それから、アリスたちは第九の災いの戦いのことを共有してくれた。
どうやら奇跡的に生徒や教師に死者や重傷者は出なかったようだ
もうみんな察しているとは思ったが、アンナも事の顛末を伝えた。
ヨシュアが逮捕されたことを伝えると、みんなわかっていても言葉を失ってしまう。
「そうですよね、おそらくヨシュア先生は───」
椿姫は最後まで言い切らなかったが全員理解していた。
ヨシュアは死刑になるか、あるいは一生刑務所の外には出られないだろう。
彼はそうなるだけの罪を犯した。罰を受けなくてはならない。
重い空気をなんとかしようとアンナが手を上げて宣誓する。
「私はこの世界をみんなに平等で平和なところにしたい。みんなが魔法の勉強をできて、自分の居場所や役割を見つけられる、そんな世界に。それも暴力とか悪い方法じゃなくて、みんなが仲良くできる良い方法で!」
この世界には魔法があるんだ。世界中の人々が仲良しになる奇跡だって、魔法なら起こせるかもしれない。
おお〜と拍手が巻き起こり、アンナは赤面した。
するとアリスも手を挙げた。
「私も一緒にやりたいです!」
それに続いてみんなも手を上げる。
「私も乗っかる!」
「ルーナも!」
「わ、私も!」
「わたくしも!」
「では私も」
笑いが巻き起こり、暗い空気も吹き飛ぶ。
ヨシュアは過ちを犯したが、彼の教えは間違っていないと証明するかのように、その意思は教え子たちに正しく受け継がれていた。
彼の残した火は、きっと未来を照らす星になるだろう。
その後は魔法騎士団からの事情聴取があり、アンナたちが自由になれるのは明け方頃だった。
少女たちが赤羊荘に戻るためドラゴン寮舎を出ると夜明けの空が迎えた。
まだ夜の名残がある紫とオレンジ色の空には星たちが輝いている。夜と朝の狭間、月と太陽の共演だ。
「なんだか、いつもより空が綺麗だね」
アンナが感動しているとアリスが隣に来た。
「そうですね。仕掛けられていた災いの結界が消えたからかもしれません。あっ、あそこ、見えますか、明けの明星ですよ」
「ちょっと、お二人さん、イチャコラしてないで、とっとと帰りますわよ。お腹が減りましたわ」
「お熱いところ、お嬢様が申し訳ありません。このように色気より食い気なものでして」
などと、いつもの空気感にアンナは安心して歩み出した。
東の空から僅かに覗く朝の気配は、少女たちの行先を祝福するように光り輝いている。
これから訪れるのは希望の朝。
太陽という道標を辿って、少女たちは無限の可能性で満ちた未来へ向かって歩んでいく。
昏き黎明のエクソダス【完】




