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第35話 エピローグ


 7月下旬


 アンナたちは一年生の課程を終えて、これから長い夏休みを迎えようとしていた。


 アンナの前世では四月が一つの区切りだったが、オルレアン共和国や周辺の地域では、九月が物事の始まる季節だ。


 そして、九月からはアンナたちも二年生になる。


 長期休暇の際は全生徒が帰宅することになる。


 荷物をまとめたアンナとアリスは赤羊荘を出て、海にある駅に向かった。


 既に海の上に停車している列車には生徒たちが続々と乗り込んでいた。


 アンナとアリスは先に乗っていたエミリアたちの向かいの席に座った。


 車窓からサンミシェル魔法学校の校舎が見えて、入学式の時を思い出した。


 あれからもう一年経つのかと、アンナは懐かしい気持ちになる。


 出発した列車が学校の敷地を出る時、アンナは結界の反応を感知した。


 それはヨシュアが最後に展開した生徒たちを守るための過越の結界だ。温かく、優しい魔力だった。


 エクソダスの真のリーダーであるヨシュアの結界をそのまま使うのはどうかと問題になったが、マリアがその安全性を確認したため、維持されている。


 そのマリアだが、エクソダス事件が解決した後も、事後処理などで大忙しで、生徒たちとはあまり会えていない。


 最後の災いを乗り切った後、生徒たちの無事を確認しに来た彼女をアンナは見かけたが、すぐに立ち去ってしまった。


 夏休みを区切りに魔法騎士の仕事も落ち着くそうで、今日は家で待ってくれている。この一年間のことを話すのが楽しみだった。


 さて、列車に揺られる女子たちの会話の話題は今期の成績についてだった。


「じゃ〜ん! 見て見て、総合成績学年一位だよ!」


 ピンク頭(ルーナ)が自慢気に、さっき貰ったばかりの通知表を見せつけてくる。どの成績もトップクラスで文句の付け所がない。


 ルーナは入学試験でも総合では一位の才媛だ。入学式の日にアリスに突っかかってきたのは筆記試験で負けて悔しかったからである。


「む〜、なんだよ、筆記試験でアリスと椿姫に負けたくせに!」


 キリエの指摘通り、今回も筆記試験はアリスと椿姫に負けてルーナは学年三位だった。敢えて総合成績を強調するのはそういうことである。


「へぇ〜、じゃあさ、そう言うキリエちゃんはルーナの成績に勝てるの? 通知表、見せてよ。自信ないの? だから他人の成績のことばっか言うんだね」


「能あるなんとかは爪を隠すんだよ」


「能も爪もないでしょ」


 始まった。ユニコーン寮生特有の罵倒コミュニケーション。


「あるもん、戦闘魔法の成績は一位だもん。ルーナちゃんにも決闘で勝ったじゃん!」


「魔法の授業で魔法無効を使われても困るんですけど〜」


「魔法無効っていう魔法なの!」


 キリエは戦闘では学年一位だ。そもそも対策なしで魔法無効に勝てる人はそういない。


 アンナも対策を考えていたが、厳密には魔法ではないため、使用できず、決闘で彼女に負けてしまった。それで戦闘魔法の成績は学年二位だ。


 因みにその対策とは、英霊兵団の兵器や、なんでも切れる天羽々斬の攻撃だ。授業でなくても、友達に対して使って良いものではない。


「ちょっと、お二人とも五月蝿いですわよ。魔法の成績が全てではないことを、今年一年で学んだのではなくて? 優秀だからといって自分の能力をひけらかすものではなくてよ」


「む〜、すみません」


 エミリアに注意されて二人は反省する。そんな先輩らしい態度が取れてご満悦なエミリアに対してシオンが指摘した。


「お嬢様も通知表の内容を私に自慢してきたではありませんか」


「ちょっ、シオン!?」


 尊敬の眼差しが疑いの目に変わる。


「そんなに成績良かったんですか〜?」


 エミリアといえばユニコーン寮寮長とはいえ、新入生歓迎会でやらかしたり、すぐお腹を鳴らしたり、成績のいいイメージはない。


 シオンがくすねたエミリアの通知表を後輩たちに渡した。すぐに後輩たちの表情が青ざめる。


「───総合一位、戦闘魔法一位、筆記試験一位。これマジですか?」


 読み上げながらルーナの表情が溶けた氷みたいに崩れて目がぐるぐるになる。 


 封印を解除できるようになってから、エミリアの成績はぐんぐん上がり、期末には学年一位になっていた。


 座学に関しては元から学年一位で、アリス同様その成績だけで入学している。


 エミリアは赤面しながら咳払いする。


「コホン。とにかく、成績が良くなって浮かれる気持ちもわかりますが、他人と比較して優越感に浸ったり、見下したりするのはダメですわよ。大事なのは自分が以前よりどれくらい成長できたか、そして、その能力をどう活かすかですわ」


 ユニコーン寮生は努力し、成長していた。優秀になるのは悪いことではない。自分の能力に驕って、他の人を蔑んだり、差別することがよくないのだ。


 自分たちが優等生になった今、問われるのは次の動き。認められた力をどのように活かすかだ。


「でもエミリア先輩も自慢したんですよね」


 ルーナが指摘すると痛いところを突かれてエミリアは「うっ」と声を漏らす。


「あ、あれは……頑張ったことを褒めてもらいたかっただけですわ」


 更にエミリアの顔が赤くなる。後輩たちは唖然としつつ、愛らしいものを見て、頬が緩んだ。


「よく頑張りましたね、エミリアお嬢様」


「流石です、エミリア先輩!」


「エミリア先輩マジリスペクト。今度勉強教えてくださいよ〜」


 褒めまくるとエミリアの顔がふにゃける。


「あ、なんだか気持ちいいですわ。これが尊敬ですのね。優等生になるのも悪くないですわ〜!」


 連中が巫山戯合うのを尻目にアンナとアリスは椿姫の推し語りを聞いていた。


 彼女が最近ハマっているのは神話の英雄をイケメンにした小説だ。途中、話すスピードが格段に加速した。


「カルタナとヴァサバは異父兄弟なのですが、敵対し、戦争で戦うことになってしまうんです。ヴァサバは王族なのに対して、カルタナは低い身分で育ちました。ヴァサバが物語の主人公として様々な祝福を受け、あらゆる才能や幸運を授かる一方で、カルタナは貧者なのにも関わらず、人に与え、施すんです。物語上、主人公と敵対するライバルとして描かれますが、カルタナはもう一人のヒーローなんです!」


 その熱と愛の詰まった語りに圧倒され、二人は若干引く。


「あっ、す、すみません、私ばかり喋ってしまって……そうだ! お二人に推しはいらっしゃらないのですか? お二人の推しについても聞きたいです!」


 推しとはつまり好きな人や、好きなもののことだろう。アンナにはいくつか思いつくものがあった。


「私はマリアかな」


 瞬間、隣のアリスと背中に現れたイブからジメっとした魔力が漏れ出す。


「アンナちゃん、私は?」


 イブが背後から首にしがみついてくる。


 背筋から首筋にかけてを、蛇が這うような悪寒が伝う。


 同時にアリスがアンナの膝に手を置いて、魅了の魔眼で見つめてきた。


「私はアンナちゃんが推しですよ。アンナちゃんも私が一番ですよね?」


 アンナは人に序列をつけていない。


 家族と友達はみんな平等に好きだ。


 マリアの名前を挙げたのは、本人がこの場にいなくて気恥ずかしさが幾分か少ないからだ。


 アリスとイブはそんなことは知っているだろうに、独占欲からか、はたまた加虐趣味か、アンナを困らせてくる。


 この状況を打破しようにもいいアイデアは浮かばない。アンナはとにかく本心を伝えることにした。


「……二人とも好き……じゃダメかな」


 恥ずかしさから頬が赤くなる。


 なんだか浮気をしたのがバレたクズみたいな台詞になってしまった。


 何故かアリスとイブも頬を赤くして、苦笑いしながら、アンナから目を逸らした。

 

 本心か確認するためアリスとイブはアンナの心を読心魔法で覗いたのだが、想定していたよりもアンナの愛の感情が重く、驚いてしまっていた。


 自分が好かれているのを確認できたのは嬉しかったのだが、まさかこの控えめな少女がこれほどまでに重い感情を抱えているとは思わず、恐怖した。


 アンナの愛に形を与えるとするなら、暗黒で超大な重力の螺旋──ブラックホール。絶対的で盲目的なそれは感情を超克した信仰の領域だった。


 二人の反応が曖昧で、返答として正解だったのかどうか、アンナは判断に困る。


 助けを求めようと椿姫の方を見ると興奮して鼻血を垂らしながら、えへえへと笑っていた。


「ふふ、見せつけてくれますね、ご馳走様でした」


 こいつが一番やばいかもしれない。


 そんなこんなで、くだらないお喋りをしていると、あっという間に首都ダルクの駅に着いてしまった。


 列車を降りるとユニコーン寮決闘部七人は駅のホームに集まった。


 ここで解散して、各々家路に向かうことになる。一ヶ月したら会えるのに、なんだか寂しかった。


「皆様、今年度はお世話になりましたわ。よい夏休みをお過ごしくださいませ」


 エミリアが締めの挨拶をして解散になった。


 エミリアとシオンが手を振って去っていく。二人は寝台列車でオリンポス神国に帰る。


 椿姫は飛行船に乗るため空港に向かった。ダルクからヤマト帝国までは十五時間もかかるらしい。


 アリスは列車を乗り換えて隣国のロムルス共和国にあるア水上都市アクアへと帰って行った。


 ルーナ、キリエ、アンナはオルレアン共和国内に住んでいるが、方向が違うためここでお別れだ。手を振って別れるとそれぞれの家路に着いた。


 晴れ空の下、広大な農地の真ん中を走る列車にアンナは一人寂しく揺られる。いつの間にかイブが隣にいて、おしゃべりに付き合ってくれた。


 しばらくするとオルレアン共和国北東部の小さな町ラピュセルが見えてきた。その町の外れの、なだらかの丘の上にマリアの家がある。


 列車を降り、草原を吹き抜ける爽やかな風を纏いながら丘を登る。白い壁の家の前ではエプロンをつけたマリアが待っていてくれた。嬉しくてアンナは駆け出し、思い切りマリアに抱きついた。


「ただいま!」


「おかえりなさい」


 そよ風に揺れる亜麻色の髪から、お日様と花の匂いがした。


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