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第32話 第九の災い 後


 男から放たれる魔力の圧に当てられて、今尚蝗の魔物と戦い続ける生徒たちの中には、気絶したり、発狂したり、震えて動けなくなる者が続出する。


 ユニコーン寮決闘部六人の前に、暗闇の災禍の具現───魔神アポリオンが降り立った。


 依然、上空の黒い球が太陽を隠し続ける翳った薄暗い世界において、アポリオンは際立って黒かった。

 

 金色の目が少女たちを捉える。黒い口が開かれた。


「我輩の名はアポリオン。奈落の王にして黒き太陽神アポリオンである。蠅の王との盟約に応じ、これより羊血の加護なき罪人の子を鏖殺する」


 魔神アポリオンの喉から発せられる重苦しい音が言葉となって奏られる。


 重低音の管楽器じみた音色の声は反射的に人間の精神を震わせて、恐怖を呼び起こす。

 

 アリス、キリエ、ルーナ、椿姫の四人はアポリオンがアロンと同格の強者だと察知した。


 円卓の騎士レベルでないと魔神を倒すことはできないとされているが、それでも少女たちは生きるために戦うしかない。


 恐怖を払い捨て、六人は再び陣形を組み、杖と武器を構えた。


「皆様、今一度、気合を入れますわよ!」


 少女たちはエミリアの言葉に頷き、より一層集中する。相手は自分たちを容易く殺せるアロンと同格の敵だ。


「下等な人間が何人束になろうと我輩には勝てぬ」


 刹那、魔神アポリオンの姿が消えた───かと思えばエミリアの目の前に現れ、その屈強な拳が振るわれた。


「ぐあっ!?」


 凄まじい膂力に、戦女神の盾諸共エミリアは吹き飛ばされて宿舎の壁に打ち付けられる。


 透かさずシオンがアポリオンの背後を取り、大鎌をアポリオンの首に引っ掛けた。


 鎌は空を裂く。


 先程と同様にアポリオンが消えた。次に黒い男はシオンの背後に現れる。


 シオンは転移魔法で距離を取るが、アポリオンはすぐに目の前に出現した。

 

 漆黒の男は剛腕を以て少女の腹部を殴りつけた。


「───くっ」


 再度の転移で直撃は避けたが、掠めただけで大きなダメージを受けてしまいシオンは膝をついた。


 アポリオンは人間を凌駕した圧倒的なフィジカルと転移のような謎の移動能力を持っていた。


 近接戦に長けない後衛の三人を守るためキリエが立ち塞がるが、アポリオンはそれを無視して、アリスの前に一瞬で移動した。


 参謀兼ヒーラーのアリスを最初に倒すつもりだ。


「ん?」


 拳を振り上げたアポリオンが自身の足に違和感を覚えて止まった。


 片足がなくなっていた。


 椿姫の放った矢に射抜かれて足が吹き飛んだのだ。


 アポリオンは即座に足を再生させるが、狙撃を警戒して後退した。


 椿姫の矢は、アポリオンが出現する前には既に放たれていて、まるで現れる場所が予めわかっていたかのような攻撃だった。


 椿姫はアポリオンの能力を看破していた。


「皆さん、アポリオンは影の中を移動できます。気をつけてください」


 アポリオンの能力を椿姫が仲間に周知する。


 つまりアポリオンは空に浮かぶ黒球の影響で翳ったこの地上を転移魔法のように自由に移動できるのだ。


 アポリオンは気に入らなさそうに椿姫を睨んだ。


「小娘、貴様、太陽の眼を持っているな」


 椿姫の『天道眼』は太陽の性質を持つ特別な魔眼だ。暗闇の中でも視認でき、影の中を移動するアポリオンすらも見破ることができる。


 暗闇と影に関する能力を持つアポリオンにとっては天敵だ。


 魔神は両手を前方に掲げると、演奏の指揮をするように振った。


「光あるところに、影もまたあり」


 魔神アポリオンの足元の影が蠢き、地面から這い出た。


 影はその姿を鋭い剣に変形させると、椿姫に向かって発射される。


 アポリオンは影を自由自在に操ることもできるのだ。


 キリエが椿姫の前に立ち塞がると、硝子の剣で影の剣を叩き落とした。


 影は次々に様々な形状の武器に変形して、少女たちに向かって放たれる。


 エミリアとシオンが合流し、六人で四方八方から襲い来る影の攻勢をなんとか凌ぐが、防戦一方となる。


 そんな窮地の最中、椿姫は打開策を思いつき、参謀のアリスに目配せした。アリスもまた、同じ作戦を考えていた。


 椿姫は弓を構えると空に向かって光属性魔力の矢を番えた。


 矢から放たれる眩い陽光に照らされ、辺りの影が消える。


 太陽の性質を持った光の矢が上空に放たれた。


天照(アマテラス)!」


 上空に打ち上がった光の矢が炸裂して、巨大な光の球体──擬似太陽を形成した。


 擬似太陽は永続的に光を発し、地上の影を滅す。


 太陽の光を遮って影を齎す黒球を、擬似太陽が遮った形だ。

 

 光が弱点なのか、アポリオンは怯んで目を手で覆った。その隙にユニコーン決闘部は一気に畳み掛ける。


 アポリオンは圧倒的な膂力で防戦するが、影の中を移動することも、影を操ることもできず、ダメージを受けてしまう。


 傷を即再生できる魔神とはいえ、回復には魔力を使うし、シオンの不死殺しの鎌から受けた傷は魔法で再生することはできない。


 魔神アポリオンともあろう者が、少女たちに追い詰められていた。


 黒き神は苛立たしそうに身体を震わせる。


「忌々しい。我輩が人間に本気を出さねばならないとは」


 魔神は両手を広げて空を見上げると、己の体内から膨大な暗黒の魔力を放出し、空と地面に張り巡らしていく。


魂源界放(アニマスフィア)


 魔力はドーム状の暗黒空間を作り出し、ユニコーン決闘部とアポリオンを世界から隔離して閉じ込めた。


奈落(アバドン)


 ここは太陽も擬似太陽の光も届かない奈落の底だ。


 光魔法も火魔法も無効化される。


 暗闇の災いが再来し、少女たちは再び光を失った。


 先程は黒球を撃ち抜いて災いを解除したが、今度の魔力源はアポリオンそのものだ。


 彼を倒さなければ、この暗闇の世界に光は灯らず、外に出ることもできない。


「太陽は我輩だ。それ以外に光は要らぬ」


 闇の中から鉛のように重たい声が鈍く響いてくる。


 全てが闇の世界において、奈落の王は無敵だ。


 この空間全てを自由自在に操ることができるのだから。


 アポリオンはまず初めに天敵の椿姫を殺すことにした。


 天道眼等の太陽の性質を持つ魔法はアポリオンにとって鬼門だ。


 影を大剣に変え、全方向から椿姫に向かって掃射した。


「───光あれ」


 ぽつり、暗闇の中に炎が一つ灯った。


 キリエ・クレシアの持つ剣の刃に炎が揺らいでいた。


 炎剣に切り払われて影の大剣の群れは消滅する。


「ありえん。この奈落の底では全ての光が消失する筈だ」


 魔神が驚愕の声を漏らして慄く。しかしアポリオンは理解していた。それを認めたくなかったのだ。


 たった一つの光炎に照らされた少女(キリエ)の顔は不敵に笑っていた。


「太陽の光を除いて、でしょ」


 暗闇の災いとアポリオンの魂源界放は、太陽光と太陽の性質を持つ魔法の光を消すことはできない。


 故に太陽は黒球で隠し、擬似太陽は魂源界放の空間から除いたのだ。


 椿姫を狙っていたのも、もう一度擬似太陽を使われると困るからだ。


 そして、キリエの使う大天使ミカエルに関する火属性魔法は太陽の性質を持つ。


 暗闇の災いの際、シオンが光、火魔法を試したが無効になってしまったため、その時はキリエも椿姫も光、火魔法を使わなかった。


 その後もアポリオンとの戦闘でキリエはミカエルの火属性魔法を使わなかった。


 そのため、アポリオンはキリエが椿姫に続く二人目の天敵(・・)だと知らなかった。


 一方、キリエはアポリオンが全ての光を消せると宣ったのにも関わらず、擬似太陽を外に省いて魂源界放を使ったことから太陽の光を消せないことを確信し、こうして暗闇の中に光を灯したのだ。


 キリエの炎が周囲を照らすことで、魂源界放の視覚を奪う作用は弱まっている。


 アポリオンの本気(・・)があっという間にひっくり返されてしまった。


 流れは完全にユニコーン決闘部側に傾いた。


 椿姫は再び弓に光を番え、上方に放つ。キリエが証明したように、太陽の性質を帯びた『天照』は使用可能だ。


 闇の帷は払い除けられ、奈落の底の天井に擬似太陽が燦々と輝く。


 陽光が天蓋のように暗闇を包み込み、影は消滅した。


 魔神アポリオンは役に立たなくなった魂源界放を解き、暗闇の空間を自壊させた。


 天空には太陽、中天には二つの擬似太陽。影の逃げ場はもう無い。


 わなわなと震え、苛立つ黒き太陽神。かつては人間に信仰された神故に傲慢で、人間に追い詰められていることが許せないのだ。


「神が人間に敗北することなど、あってはならんのだ!」


 怒号と共に体内の魔力を大量に解放し、空の黒球に集約させる。


 黒い太陽は肥大し、学校を飲み込めるほど大きくなった。


「矮小な人の子らよ。哀れな供物に過ぎない下等な畜生共よ。神の威光に平伏し、灰燼と化せ!」


 まるで隕石のように空から黒い星が降ってくる。


 飲み込まれれば、圧倒的な魔力によって、建物も人も破壊されるだろう。


 太陽の性質を持つ天敵が二人いるとしても、魔神と人の力の差を埋めることはできない。


 影の能力を封じられても、魔神アポリオンには、神たる圧倒的な戦闘能力が備わっていた。


 衝突を阻止するには、黒星を破壊する他ない。


 ユニコーン決闘部はそれぞれ威力の高い攻撃魔法を発動する。


「いきますわよ! 絶対勝利女神(ヴィクトーリア)!! からの女神の槍像(パラディオン)!!」


創世前夜粛清再生アトラハシース・フラッド!!」


 火力の高い攻撃魔法を使えるエミリアとルーナが攻撃するがそれでも黒星は破壊できない。


 相性の良い太陽の性質を持つ魔法でないと通りが悪いのだ。


 シオンは鎌を手放すと、蛇の装飾の杖を掲げた。


「天頂にて瞬け、太陽を宿す狩人の眼(オライオン)!」


 杖から光の球体が放たれ、黒星と衝突、その速度が一時的に削がれる。それでも破壊には至らない。


 キリエは空より迫り来る黒星の真下に立つと、祈るように両手を組み合わせ、眠りの底から呼び起こすように叫んだ。


「聖装ミカエル!!」


 キリエの身体を赤い魔力が包み込み、燃え上がる炎のように一気に放出される。


『聖装』とは天使の力を纏うことで、その性能を大きく向上させる戦闘魔法だ。今キリエは熾天使ミカエルにより近い能力を使える。


 右手に持つ炎の剣が更に燃え上がり、天に向かって聳える巨剣と成った。


「どりゃぁぁぁぁああッ!!」


 悪を打ち砕き、闇を焼却する正義の光炎が、裁きの鉄槌が如く振り下ろされる。


 炎の剣は黒星とぶつかり、その勢いを大きく殺すが、それでも破壊することはできない。


 少女たちが必死に足掻く様を、アポリオンは腕を組んで見ていた。

 

「無駄だ。人が神に勝てる筈がない。そのまま潰れて死ぬがいい!」


 その時、ドラゴン宿舎の東側と西側から巨大な光の柱が立ち昇った。


雷霆(ケラウノス)!」


「エクスカリバー!」


 グリフォン寮寮長のユリア・コンセンテスとドラゴン寮寮長のルキウス・ペンドラゴンが黒星に向かって攻撃を放ったのだ。


 黒星は大きく減速し、亀裂が入る。


「皆様、もう一発ぶち込みますわよ!」


 エミリアの号令で再びユニコーン決闘部は大技を放つ。


 アリスからの魔力を補充が完了した椿姫も弓を空に向けて構えた。


 彼女の攻撃が最も太陽の性質が強く、アポリオンの魔法に対して有効な切り札だ。


 太陽色に輝く眼で闇の塊を見据え、光の矢を番えた。


「照らし、穿て、天日目見矢(アメノヒメミヤ)!」


 放たれた矢は閃光の如き速さで一直線に黒星を穿ち貫いた。


 遅れて爆音が響き、衝撃波が地上に達する。


 黒星は穿たれた穴から崩壊し、消滅した。


「莫迦な」


 呆然と立ち尽くすアポリオン。束になった人間を脅威に感じつつも、驕りと侮りから来る怒りが収まらない。


 そんな彼に向かってアリスが短刀を片手に一人で接近してくる。その行為が魔神を更に激昂させた。


「神を舐めるな!」


 アポリオンは影の中に潜るとアリスの目の前に現れて彼女の胸をその剛腕で貫いた。


 僅かにアリスの短刀がアポリオンの黒い皮膚を切り裂いているが、神にとっては即座に再生できるかすり傷だ。


「人間風情が図に乗るからこうなる。人間は脆い。すぐに死ぬ。だが、神は違う。人間が命を賭してつけた傷も、一瞬で───」


 治癒しなかった。何故かアポリオンの再生能力が機能しなくなっていた。


 それだけではない。心臓を潰されて死んだはずの少女(アリス)が平然と立ち上がり、意地悪く微笑んでいた。


「ふふ、私不死身なんですよ。それにしてもお馬鹿さんですねぇ。後方支援担当が無策で接近してくると思ったんですか? 神様なのに頭が悪いんですね〜」


「き、貴様、何をした!?」


 神たる者が狼狽える。


 アリスは毒薬の塗布された短刀を見せつけながら悪魔を嗤った。


「お薬をお出ししました。『知恵の果実』を調合したお薬です。これで少しは利口になるといいですね」


『知恵の果実』とはエクレシア教の聖典に記された絶対に食べてならない禁断の果実だ。


 人間の祖はこれを口にしてしまい、知恵と嘘を身につけ、寿命という『死の呪い』を負ったとされている。


 アリスの調合した薬は知恵の果実の『死の呪い』という毒性を強めたもので、摂取した者を即死させる。


 不死者ならば死に抗うことができるが、代わりにその不死性を失って再生できなくなる。


 ちなみにこの毒薬には知能を活性化させたり、全知を得るだとかの効能はない。


 アポリオンは傷の再生ができなくなり、徐々にその肉体を死の毒が蝕んでいく。


「ぐぅっ!? おのれ、蛇めが」


 苦痛に耐え切れず、悪魔は膝を突いて吐血する。


「だが、毒など体外に排出すればいいだけ」


 アポリオンは仕方なく、体内から血と共に毒を排出することにして、自らの腹部を切った。


 しかし、血は出れど毒は出ない。それどころか、魔力源である黒い血液が止めどなく流れ出ていく。


「無理だよ〜。ルーナがおじさんの体内の血液を操ってるから、毒は排出されないの」


 いつのまにかアポリオンの魔力はルーナに解析されており、体内水分操作を受けていた。


 アポリオンは黒い魔力を固めて腹部を止血すると、ルーナを殺すために接近する。


 先程から生意気な小娘たちに罵倒され、小賢しい魔法で弱体化させられている魔神は完全に頭に血が昇って冷静な判断力を失っていた。


「ガキが、潰れろ!」


 振り上げられた魔神の拳はエミリアの戦女神の盾(アイギス)によって受け止められた。更に、彼女の魔眼がアポリオンを凝視する。


「な、んだと……動かん」


 エミリアの魔眼でアポリオンの身体は停止する。流石に魔神だけあって魔眼への抵抗力も高く、石にはならない。それでも大きな隙が生じた。


 動けなくなったアポリオンの目の前にアリスが立ち、哀れむように聖典の一節を唱え始めた。


「永劫の業火、凍てつく奈落の川、あなたの魂を地獄に還す」


 悪魔祓いの詠唱だ。アポリオンは苦痛に身を捩り、吠える。


「我輩は神だ! 神を舐めるなと言っている!」


 咆哮と同時に、力任せに魔眼の呪縛を解き、アリスに殴りかかる。


 その屈強な拳はキリエの左手一本によって受け止められた。


 キリエがミカエルの力で強化されているのもそうだが、アポリオンも毒と出血と魔眼の呪縛で大きく弱体化していた。


 そしてこの瞬間キリエが触れたことでアポリオンに魔法無効が作用する。


 これまでのアポリオンは魔力が強力すぎたため、キリエの技量では魔法無効が通用しなかった。


 今も、触れた手先の魔法を封じたに過ぎない。


 だから、キリエはこれから最も魔法無効の作用が強い両手で魔神の身体全体に触れることになる。


 そう、拳で。


「人間を舐めるな。神様だか悪魔だか知らないけど、わたしたちの青春を邪魔するならぶっ飛ばす!」


 そう言いながら、キリエは燃え盛る炎の魔力を纏う魔法無効の拳で魔神の腹部を殴りつけた。


「グハッ!?」


 予想外の拳に面食らって、男は吐血しながらポカンとした。


 すぐに人間の無礼を戒めるべく、怒鳴る。


「貴様、我輩の玉体に軽々しく触れ───」


 魔神の左頬に渾身の右腕が炸裂し、言葉が遮られ、血飛沫と歯が宙を舞う。


「次は右頬だ!」


 両頬が腫れ上がり、歯は抜け折れ、顎も砕けて、もう喋ることはできない。


 それから連続して全身を隈なく殴りつけられ、打撃音と悲鳴のデュエットがしばらくの間鳴り響いた。


 程なくして、アポリオンは完全に魔法を無効化されて、立ち尽くした。


 もう彼には何もできない。


 高い身体能力、再生能力、魔法を封じられて、勝ち筋を全て潰された状態だ。


 参謀アリスは残酷なまでに、魔神を警戒していた。それは一種のリスペクトとも言えるだろう。故にここまで入念にアポリオンを叩きのめした。


 さあ、最後の仕上げだ。


 椿姫は天道眼で悪魔の弱点である心臓を透視して狙いを定めると、太陽の性質を持つ矢で撃ち抜いた。


 更に、蹌踉めき倒れる寸前のアポリオンの首をシオンが不死殺しの鎌によって切り落とした。地面に転がった神の首をシオンは靴裏で踏みつけて固定する。


 念には念を入れ、アリスが悪魔祓いの詠唱を唱え切った。


「光の裁きだけが、あなたを救う。最後の喇叭が響く時にあなたが我らと共にあることを祈る。魂の癒し手よ、彼を浄化したまえ。エクリシア・アザリエル」


 首だけとなったアポリオンは完全に諦念の表情を浮かべて現実を受け入れ、光に包まれて消滅した。


 それと同時に上空の第九の災いの魔法陣と蝗の魔物の群れも消えた。


 生徒たちは第八と第九の災いを完全に乗り越えたのだ。


 丁度、日が沈み始め、空がオレンジ色になる。六人は集まって互いの無事を確認した。


「皆様、お疲れ様です。ご無事で何よりですわ」


 エミリアは全員の無事を確認して安堵した。


 魔神との命懸けの戦いが終わるまで彼女は自分の生命のことなど気にせず、仲間の生命のことだけを考えていた。


 生命の懸った戦いは初めてだというのにすごい胆力だ。


 緊張の糸が切れたのか、今更になって椿姫が震え出した。


「まだ生きた心地がしません。私たち本当に悪魔を倒したんですね」


 震える椿姫の手をキリエが握った。


「椿姫ちゃんすごかったよ。椿姫ちゃんがいたから勝てた。だから怖がる必要なんてない。椿姫ちゃんは強いよ」


「……キリエさん、ありがとうございます。キリエさんも皆さんもすごく強かったです。だから勝てたんだと思います。ですので、これはみんなの勝利ということで」


 キリエに励まされて安堵しつつも、手を握られていることに気がついて椿姫の顔が赤くなった。


「あ、ごめん。でも大丈夫だよ、魔法無効の力は使ってないから」


 二人のやりとりをルーナがニヤニヤと悪い笑顔で見ているとシオンが突っかかってきた。


「ルーナ様、顔がキモいですよ。もしかしてお漏らしされましたか?」


「漏らしてません〜!」


 更にアリスが突っ込んでくる。


「ルーナちゃんは水を操れますし、漏らしたとしても隠せますよね? 漏らしてないという証拠はあるんですか?」


「アリスちゃん、たまにバカなこと言うよね。死ぬと頭リセットされてバカになるとか?」


「死んでませんよ、不死ですから」


「再生してるだけで一回死んでるじゃん」


「魔法学における死の定義をご存知ないのですか?  魂が肉体と結びついている限りは死んでいない。常識です。馬鹿なのはルーナちゃんの方じゃないですか?」


 二人のいつもの罵り合いが場の空気をなごませる。


 ガヤガヤと活気を取り戻した少女たちのところに、先ほど助太刀してくれたユリアとルキウスが駆けつけた。


「あの魔力反応、悪魔が召喚されたんだろ? まさか倒してしまうなんて、流石だね」


 ユリアが羨ましそうに感心する。自分も悪魔と戦いたかったというような口振りだ。実際、彼女が悪魔との戦いに参加してくれたら、とても頼もしかっただろう。


「遅くなって申し訳ない。暗闇の災いが発動してから、蝗の魔物たちが突然強くなってしまってね」


 ルキウスが申し訳なさそうにする。どうやら各方向でそれぞれの窮地があったらしい。


「いえ、あの時お二人が加勢してくださったお陰でなんとか倒せたのです。感謝申し上げますわ」


 エミリアがユニコーン決闘部を代表してお礼する。二人の協力がなければ、アポリオンの攻撃魔法によって学校も生徒も消滅していただろう。


 その後、ドラゴン寮舎に戻ると、リーダーたちは現在の状況を共有し、次の災いに向けて方針や作戦について話し合いを始めた。


「問題は最後の災いの内容がわからないことですわ。子供を殺すといっても、どのように?」


 エミリアの疑問にアリスが答えた。


「聖典には天使が現れて子供を殺したという記述があります。最後の災いは先程の悪魔召喚同様、召喚魔法なのでしょう。


 ……おそらく、これまでの九つの災いは、最後の災いの発動するための儀式だったんです。殺戮の天使を呼び出すための」


 その時、空が白い光に包まれた。太陽とは違う、温かみのない、清廉で冷酷な光だ。


 鐘塔の鐘が十度鳴る。それに呼応するように喇叭の音が空に響いた。


 生徒たちが外に出て空を見上げる。


 夕空にはホルス神の紋章が刻まれた巨大な魔法陣が浮かび上がっている。


 その魔法陣を門として、無数の天使(・・)の大群が召喚され、ゆっくりと空から地上に向かって舞い降り始めた。


 天使には毛髪も衣服もなく、マネキンのような真っ白な姿をしており、その右手には剣、左手には盾を持っていた。背中からは大きな翼を生やしている。


 そして、あのアポリオンに匹敵するほどの強い魔力を有していた。一体ではない、数え切れないほどいる天使の軍勢全ての個体がだ。


 ルキウスやユリアを含めた全ての生徒たちが即座に勝てないことを確信した。


 入念に準備され、精巧に作り込まれたこの儀式は既に完成(・・)してしまっている。


 召喚された天使は子殺しの災いの力が具現化したものに過ぎない。


 この学校にいる生徒を絶対に殺せるように、魔法が天使の数と強さを調節しているのだ。


 子供が抵抗したり、強くなっても、天使が更に増え、強くなるだけ。


 これは至極単純な『子供を殺す魔法』だ。


 しかし、それが発動してしまった以上、目的は絶対に達成される。


 子供達はただ死ぬのを待つことしかできない。

 

 もし、この災いを止める術があるとするなら、術者を殺すことだけだろう。


 天使の軍勢を見上げながら、アリス・カサブランカは両手を組み合わせて、神でも天使でも聖者にでもなく、友に向けて祈りを捧げた。


「アンナちゃん、どうか、ヨシュア先生を止めてください」


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