第31話 第九の災い 前
アンナを見送った後、エミリア率いるユニコーン寮決闘部六人はドラゴン寮舎の北側の出入り口を守っていた。
他寮の生徒たちも分担して、他の出入り口を守っている。
蝗の魔物の数は徐々に少なくなり、生徒たちは戦いの終わりを予感していた。その時、
───カーン、───カーン、
礼拝堂の鐘が九度鳴った。
その音が鳴り止むのと同時に、第八の災いの魔法陣の中央に、巨大な黒い球体が出現した。
蝗の数が減り、漸く見えるようになった太陽も、その黒球が重なったことで、地上に届くのは僅かに輪郭の光だけ。
黒球は臨月前の胎児のように脈動し、蠢いていた。魔力の膜の中に何かがいる。
球体が魔力を集めて大きくなるにつれて、空の魔法陣も徐々に組み換えられていく。
変形した魔法陣にはエネアド神話の『太陽神ラー』が刻まれていた。即ち───
「第九の災い、暗闇の災禍です!」
逸早く気がついた椿姫が周囲に知らせる。
生徒たちが天上を見上げる中、第九の魔法陣が発光し、地上に向けて光の道を作り出した。
奏者などいないのに、どこからともなくラッパの音が聞こえてくる。
光の道を辿って、黒い流星が戦車の車輪じみた轟音を響かせ空から堕ちて来た。
魔法陣から召喚されたのは金の王冠を被る巨大な蝗だった。
顔は目を閉じた無表情の人面で、髪は長く、しかし唇から覗く歯は獅子のように鋭い。
その体躯は馬に似ており、翅と蠍の尾を胴体から生やしていた。
怪物はけたたましい羽音を鳴り響かせながら、ユニコーン寮決闘部の前に舞い降りた。
六人の少女たちは杖と武器を構え、前衛がエミリア、シオン、キリエ、後衛が椿姫、ルーナ、アリスの陣形を組む。
エミリアがリーダーとして発破をかけた。
「クッソデッケェですが、やるしかありませんわ! 皆様、いきますわよ!」
「はい!」と息を揃えて全員が応じる。例え、敵が巨大な化け物でも怯まない。既に少女たちは恐怖を乗り越え、覚悟を決めていた。
怪物が閉じていた目を開ける。
瞬間、少女たちの視界から光が消えた。
第九結界内全域が暗闇に包まれる。
太陽を含めたあらゆる光がこの空間には届かない。
少女たちの視界には隣の友達すらも映らない。
上空の黒い球が太陽を完全に塞ぎ、暗闇の災いの効力によって学校敷地内を真っ暗闇にしたのだ。
各地から羽音と悲鳴が聞こえてくる。
蝗の魔物はこの暗闇の中でも活動できるのだ。
当然、六人の前にいる巨大な怪物もこの暗闇の中を視認できる目を持っているだろう。
咄嗟にシオンが光魔法を行使する。
「天狼光」
しかし光は灯らない。
シオンが他の光魔法、火魔法を試すが、その効力は発揮されない。
あらゆる光を無効化する。それが暗闇の災いだ。
この蟲籠の中では誰も光を見ることはできない。
───ただ一人、日ノ宮椿姫を除いて。
怪物の口から黒い魔力の光線が放たれるのを椿姫は視認した。
手を合わせて、念じ、魔法陣を展開する。
「防御結界、天岩戸!」
六人を囲むように堅牢な魔力の防御壁が広がり、怪物の魔力砲を阻む。
椿姫の千里眼だけはこの暗闇の世界から光を奪われなかった。
「私の目はヤマトに伝わる太陽の巫女の魔眼『天道眼』です。この暗闇の中でも見えます」
仄かに金色に発光する椿姫の魔眼を目印にユニコーン決闘部は一箇所に集まった。
「天岩戸は隠蔽効果もあるので少しの間は敵にバレません。思いついた作戦があるのですが、よろしいでしょうか」
椿姫が参謀のアリスに許可を得ようと尋ねる。
「勿論。今は椿姫ちゃんだけが頼りです。お願いします」
「はい。作戦はシンプルで、空の黒い球を撃って破壊するというものです。
千里眼で分析したところ、あの球が暗闇の原因だとわかりました。破壊すればその効力も消えて暗闇は解除されるでしょう。
ですが私の攻撃ではあの高度まで届きませんし、そもそも威力も足りません。なので、攻撃はルーナさんにお願いしてもよろしいでしょうか?」
遠距離攻撃と無効化されない水属性魔法が使えるルーナがこの作戦にはぴったりだ。
「おっけ、いいよ。前にも椿姫ちゃんの目で撃ったことあるしね」
「攻撃までの間、私とルーナさんは無防備になるので、前衛の皆さんには囮をやっていただきたいのです」
暗闇の中で、怪物を引きつける危険な役目だが、作戦成功には必須だ。
「やってやりますわ」
前衛三人は快諾する。防御魔法に長けたエミリア、転移魔法が使えるシオン、魔法無効のキリエなら安全に囮役を担えるだろう。
「アリスさんはルーナさんへの魔力補充をお願いします」
「了解です」
「それでは皆さん、『岩戸開き作戦』開始します!」
椿姫の合図で囮役三人が天岩戸結界から飛び出す。
暗闇の中、役に立つのは魔力感知だけだが、幸か不幸か怪物の魔力反応は大きいため、大凡の位置はわかる。
「エミリア先輩、前方から魔力砲来ます!」
椿姫は後方から指示することで三人の目の代わりを担う。
「了解ですわ! 戦女神の盾!」
仲間を信じて、何も見えない暗闇の中に防御魔法を展開する。直後、アイギスが怪物の攻撃を防いだ。
その隙にキリエが怪物へと距離を詰める。
「灰被姫!」
硝子の剣が怪物の胴体を斬りつける。しかし、怪物は硬い甲殻に覆われており、通りが悪く、魔法無効の作用も浸透しない。
「蠍の尾が攻撃してきます!」
「わ、ちょ!?」
巨大な蠍の尾がキリエに迫る。単純な物理攻撃だが、魔法無効では防げない。
「伝令神翼!」
間一髪、シオンがキリエの襟を掴んで転移し、回避した。
「うひゃ、シオン先輩ありがとう〜」
「お安い御用です……が、抱き付かないでください、魔法が使えなくなります」
光、火属性魔法なしで倒せる敵ではないことがわかったため、エミリアとキリエが防御、シオンが動き回って翻弄するという戦法に切り替える。
囮役が奮闘する間にルーナの魔力補充が完了した。
「アリスちゃん魔力量は多いよね。戦闘魔法はカスなのに」
「よく負傷する方もいますし、多いに越したことはないかと」
などと準備体操のように皮肉を言い合う。
実際、アリスの魔力量は抜きん出て多く、入学試験では多すぎて測定不能だった。
それを戦闘魔法に還元できないことは悔やまれるが、治癒魔法の応用で魔力の波長を他人に合わせられるアリスは、仲間への魔力補充が可能だった。
「それじゃ、いくよ!」
ルーナが真っ黒な空に向かって月の杖を掲げた。
杖の先端に三層の魔法陣が展開され、水属性魔力が集束し始める。
「照準合わせます!」
隣に立った椿姫はルーナの杖に手を当て、魔法陣を調整して上空の黒球に狙いを定めた。
その時、怪物が椿姫たちに気がつき、その不気味な人面を向けてきた。
天岩戸に隠れているとはいえ、出力の大きい攻撃の準備をすれば当然バレる。
「気づかれました」
「あとちょっとかかる!」
囮役三人を無視して怪物が一目散に椿姫たちに接近してくる。空の黒い球が暗闇の原因である証左だ。
「お嬢様!」
シオンが転移でエミリアを椿姫たちと怪物の間にデリバリーする。
「少し左、そこです!」
椿姫の指示に従い、エミリアが戦女神の盾を展開する。
「どりゃあああ!」
身体強化魔法による凄まじい怪力で怪物の突進を逸らした。
「装填完了、いつでもいける!」
ルーナの杖の穂先に激流を集約させた水の矢が形成された。
椿姫は周囲を囲っていた天岩戸を解除し、天空への道を開く。
それを合図にして、矢が放たれた。
「月の嚆矢!」
衝撃波を纏った矢が暗黒の空に打ち上げられる。
暗闇を切り裂きながら進む反撃の鏑矢は、地上に影を落とす偽りの黒き太陽を一直線に貫いた。
黒い球に穿たれた穴から太陽光が溢れ、地上に降り注ぐ。
暗闇の結界は解除され、学校中で光が再灯する。さあ、反撃の時間だ。
影に隠れていた怪物が姿を現す。見た目は不気味だが、見えていれば大きい的だ。
「女神の槍像!」
エミリアが光の槍を投擲する。空気を震わせながら怪物の目を貫いた。
「熾天、迸れ。熾炎天使!」
続いてキリエの炎の剣が翅と足を焼き、怪物は倒れる。
その差し出されるように僅かに擡げられた首目掛けて、シオンが不死殺しの大鎌を振るった。
「不壊の不死殺し!」
一撃で巨大な首が切り落とされる。怪物の肉体は霧散して消滅した。
「やりました! 私たちの勝ちですわ!」
大声で喜ぶエミリア。
しかし、感知に長ける者たちは違和感を覚えていた。まだ、何かがいる。
「……いえ、まだです。あれをご覧ください、お嬢様」
シオンが上空を指差す。そこには未だに黒い球が浮かんでいる。
ルーナの攻撃で空いた穴から、黒々しい魔力が溢れ出していた。
───ドクン。黒球が脈動する。中で何かが激しく蠢いている。
空の巨大な魔法陣が発光し、枠に『APOLLION』という文字が浮かび上がった。
少女たちはその文字列に本能的に恐怖を覚えた。あれは悪魔の召喚魔法陣式だ。
「……奈落の王アポリオン。太陽と蝗害を司る魔神です」
今まさに召喚されんとする悪魔の情報をアリスが仲間に伝える。
聖典の記述によれば、アポリオンは蝗の大群を率いる蝗害の化身であり、光の届かない奈落の底の支配者だ。
元来は太陽神であったが、悪魔に堕ち、奈落の王となった。
蝗の災いと暗闇の災いは、蝗害と奈落を司るアポリオン召喚のための儀式でもあったのだ。
そして第九の災いはここからが本番だ。
蝗の魔物と先程の怪物はアポリオンの眷属に過ぎないと天上の黒球から放たれる強烈な魔力が告げていた。
黒球に穿たれた穴の淵から黒い手指が覗く。
まるで羽化するかのように、ひび割れた黒球の中から翅を有した闇が産み落とされた。
それは背中に蝗の翅を生やした全身が黒色の屈強な大男だった。
光を有するのは金色の目だけ。それ以外、男は光の届かない奈落の底のような闇色に染まっていた。
黒い太陽にして蝗害の化身が顕現した。今からここは奈落の底だ。




