表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/30

第27話 第七の災い


「本日は飛行船オリンピック号をご利用いただき誠にありがとうございます。当機はあと30分ほどでニューキャメロット空港に到着致します」


 大きな座席が広い間隔で配置された豪華な飛行船の客室に乗務員からのアナウンスが流れる。


 高級旅客飛行船『オリンピック号』に乗れるのは富裕層だけで、彼らの多くはニューキャメロットへの観光を目的としていた。


 昨今のエクソダス事件もあってか、魔法騎士の護衛が十名ほど乗り合わせており、多少の物々しさはあるものの、乗客たちは豪華客船でゆったりと優雅な空の旅を満喫している。


 大画面のテレビで映画を観たり、高級レストラン並みの機内食に舌鼓を打ったり、思い思いに贅沢な時間を過ごしていた。


「あれ、なんだろう」


 ふと、十歳ほどの女の子が窓の外を指さして、両親に質問した。


「どうしたんだいモニカ」


 父親が娘の指差す方向───ニューキャメロット上空を見る。


 そこには鉄の街を覆うほど巨大な魔法陣が浮かんでいた。


 飛行船の飛行高度よりも高い位置で魔法陣は不気味に発光している。


 コツコツ。飛行船の窓に小さな氷の粒が当たり始めた。それはどんどん大きくなり、量も増えていく。


 客席のモニターで放送しているニュースでは、雹によって大きな被害を受けるニューキャメロットの様子が映し出されていた。


 どうやらニューキャメロットの街の結界が破壊され、雹が地表にまで達してしまっているようだ。窓ガラスや車が破損し、怪我人も多く出ている。


──ポーン。


「ただいま天候が急変し、ニューキャメロットに雹が降っております。ですがご安心ください。当機は頑丈な結界によって守られており、例え、槍が降ったとしても皆様を無事に空港までお送りすることができます」


 パイロットからジョーク混じりのアナウンスが入り、乗客たちは安堵する。

 

 しかし突如、客席のモニター全てに蠅の仮面の人物が映し出された。


 堪らず、女性や子供が反射的に小さな悲鳴を漏らす。誰もがエクソダスの指導者アロンだとわかった。


 蠅の仮面の人物は羽音じみた不気味な声で喋り出す。


「私はエクソダスの指導者アロン。これより、第七の災いによって、欲望の都と肥えた豚共に裁きを与える」


 ざわざわと乗客たちが話し出す。エクソダスのターゲットはニューキャメロットの街であり、自分たちは安全な場所にいるから大丈夫だと、自らを安心させるために、近くの者同士で慰め合う。

 

───ポーン。


 飛行船内のアナウンス開始を知らせる音で乗客たちは一斉に黙る。


 一瞬のノイズ。蠅の羽音じみた呼吸音がマイクに混じる。


「本日は飛行船オリンピック号をご利用いただき誠にありがとうございます。天候の急変により、当機は行先をニューキャメロット空港からポーカータワービルに変更いたします」


 その不気味な声がエクソダスの指導者アロンのものだと、乗客たちにはすぐにわかった。


 船内は恐怖で凍てつくように静まり返る。


 感覚の鋭い者は飛行船の結界が既に張り替えられていることにも気がついていた。


 ぬるり、いつのまにか、客室の中央に蠅の仮面を被ったローブの人物が立っていた。


 警備の魔法騎士が二名、剣を抜いて切り掛かる。


 次の瞬間には、その二人の身体は頭から股にかけてが真っ二つに裂けていた。床に多量の血液がぶち撒けられる。

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」


 中年の女性客がパニックを起こして長い悲鳴で啼き出す。


 アロンは無造作に拳銃の引き金を弾くと、女性を撃ち殺して騒音を止ませた。


 次に悲鳴を上げる者はおらず、船内は静まり返った。


「ごきげんよう、肥えた豚の諸君」


 ああ、自分たちは死ぬのだと、乗客の血の気が引いた。


 客室外からけたたましい銃声が聞こえてくるが、すぐに止む。


 そして、軍靴の音が迫ってくる。


 警備の魔法騎士を皆殺しにしたエクソダス兵が客室を取り囲んだ。


 パイロットと乗務員は無事だが、椅子に縛り付けられて動けなくされた。


「この飛行船はポーカータワービルに激突する」


 冷徹に告げられる。


 ポーカータワービルはニューキャメロットに聳え立つ四百メートルを超える超高層オフィスビルで、先日殺されたグーフ・ポーカー氏を筆頭とするポーカー一族が建てた富と権力の象徴だ。

 

 このビルに飛行船がぶつかれば、乗客が死ぬのは当然として、ビルで働く人々も、その付近のビルや地上の人々にも大きな被害が出る。


 それは絶対にあってはならない。乗客の中年男性が勇敢にも立ち上がり、アロンに意見した。


「話し合いをしよう。目的は世の中の平等というが、要は自分たちが上に行くためのお金が欲しいのだろう? 


 それなら私が用意する。助かるためならここにいる人たちだってお金を用意してくれる。それで解決するだろう。わざわざ人を殺さなくても───」


 発砲音によって男性の言葉がかき消される。


 そしてもう続きを話すことはない。


 男性は額を撃たれて死亡した。


 あまりに無感情な殺人だった。そこには怒りすらない。


 死因は男性の傲慢。彼は勇敢なのではなく、見下している相手に対して説教をしたかっただけだ。

 

 ついに子供が小さく泣き出した。先程魔法陣に気がついた女の子だ。人間が目の前で二人殺されたのだから当然だ。両親が宥めるが、嗚咽が収まることはない。


 やれやれとアロンは天井を仰ぎ、静かに、泣く子供の前に立った。


「まだ子供です。どうか助けてください」


 プライドを捨て、父親が這いつくばって希う。


「子供でも関係ない。悪の種だ。やがておまえたちのように不幸を撒き散らす悪性腫瘍になる」


 アロンは子供を摘み上げると外に続くドアの前に連れて行く。堪らず母親がアロンの足にしがみついた。


「落とすなら、私が代わりに落ちます! だからその子だけはどうか!」


 アロンの手が止まる。


「おお、なんと素晴らしい愛だろうか」


 声を震わして感動しながら、ドアを開けて子供を外に投げ捨てた。


 女の子はそのまま雹と共に地上に向かって落ちていく。


「モニカ!」


 母親が身を乗り出して娘を助けようとするが、船内を保護する防風結界に阻まれる。


 そもそも、助けようにも、飛行魔法を使える人などこの場にはいない。


 ただ落ちて行く女の子を警備カメラ映像で見ていることしかできない。


 偶然、街の上空を撮影していたテレビ局のカメラが落下する女の子を見つけて、リアルタイムでその様子が放送される。


 アロンの厚意で飛行船内のテレビにも映し出され、乗客たちは自分たちの無力を呪いながら、最悪の光景を見せられる。


 女の子は恐怖で気絶した後、無意識のうちに身を守るために身体を防御魔法で覆っていたが、寒さ、気圧、風圧、雹から身を守れても落下の衝撃には耐えられないだろう。


 もう終わりだと、誰もが絶望した時、空に一筋の青い光が見えた。


 落下する女の子を目掛けて、遥か彼方から、凄まじい速度の飛翔体が、青い光を纏って急接近してくる。


 テレビカメラが僅かにその姿を映した。


 青い光の翼を背に灯した修道女───円卓の騎士マリア・フルルドリスだ。


 マリアは優しく包み込むように女の子を受け止めると地上に着地した。


 女の子は無事で、意識を取り戻す。


「もう大丈夫よ。よく頑張ったわね」


 聖女の穏やかな微笑みに、女の子を支配していた恐怖は浄化される。


 女の子は声を振り絞って意思を伝える。


「みんなを助けて」


「任せて」


 女の子を地上の魔法騎士に預けると、マリア・フルルドリスはその姿を一瞬にして消した。


 テレビで女の子の無事を見届けた飛行船の乗客たちは大声で喜び合い、拍手喝采が巻き起こる。


 自分たちの命が未だ危険であるのにも関わらず、彼らは反射的に他人の命の無事を喜べた。


「全員殺せ」


 アロンの冷酷な指示を受けて、エクソダス兵が自動小銃型の魔銃を乗客たちに向ける。


 乗客たちは目を瞑り、手を合わせて神に祈り、最期の時を待った。


 女の子が無事に生還できたことが、彼らにとって最後の誇りだった。


 けたたましい銃声。弾丸の雨が人々を蜂の巣にする───寸前、青い光が立ちはだかった。


「マリア・フルルドリス」


 落胆するようにアロンが溢した。


 銃弾は全て床に散らばっており、一つも人質には当たっていない。


 転移魔法で飛行船内に現れたマリアが鉄壁の防御魔法で守ったのだ。


 更に、間も無くエクソダス兵が全員気絶した。アロン以外の雑兵では彼女の速度には付いていけない。


「ああ、マリア様、ありがとうございます」


 聖女の参上に観客たちは胸を撫で下ろす。


 マリアは転移魔法でこの飛行船、もしくは乗客を地上に移動できないかと試すが、進路を固定する呪詛が施されており、不可能だった。この状況を打破するには、アロンを倒す他ない。


 マリアは右手に持つ銀の聖剣を蠅の仮面に向ける。アロンも蛇の杖を構え、そして嗤った。

 

「かつて世界を救った聖女が、社会の癌を守るとは、愚かな」


「癌はあなたよ、ベエルゼブル(・・・・・・)


 マリアの発言にアロンが一瞬怯む。アロンは既に自分の胴体が袈裟に斬られていることに気がついた。


 咄嗟に転移魔法で、突風吹き荒ぶ航行中の飛行船の甲板に脱出する。


 しかし、既に甲板にはマリアが待ち構えていた。


 速度でマリアには勝てない。遠方に転移すれば撒ける可能性はあるが、この場から離れれば飛行船と乗客に施した呪詛が解けて、ポーカータワービルにぶつける計画が破綻してしまう。


 それは契約に反する。


 膝をついていたアロンは立ち上がり、大仰に手を広げた。


「御名答。正しく、我は魔神ベエルゼブル也」


「なんでもいいわ。あなたたち悪魔の口から真実が聞けるとは思ってないから」


 あの穏やかで優しく暖かい微笑みの聖女からは想像もつかないほど鋭い言葉と冷たい顔。


 アロン───ベエルゼブルはクククと仮面の下から不気味な声で嗤う。


「言葉は我々悪魔にとっての商売道具。おまえが拒もうと我の口が止まることはない。さて、我は人間の肉体に憑依しているが、おまえはこの器を傷つけられるか?」


 器を人質に取るつもりだが、マリアはアロンを剣で攻撃した際に出血がないことを確認しているため、アレが人形か死体だということがわかっていた。


 ベエルゼブルの戯言を無視し、問答無用で斬りかかる。


 それを強固なベエルゼブルの結界が防御した。


 魔力吸収の対策として外部に流出する魔力を極限まで減らしているマリアだが、その戦法の攻撃力では突破できない強度の防御結界をベエルゼブルは用意してきた。対策の対策というわけだ。


 マリアが敵の守りを越えるには魔力を強めなければいけないが、そうすれば逆にベエルゼブルが強くなってしまう。

 

「この器が死体だと看破していたか」


 ベエルゼブルは袖から包帯の巻かれた、肉の落ちた手指を覗かせた。


「この器は特別でな。我を憑依するために用意された人間の遺体だ。本来の我に近い力が使える」


 空気が軋む。全方向からベエルゼブルに向かって圧倒的な量の魔力が集まりだし、空気が身を捩るように震え出した。


 ベエルゼブルは結界で覆ったニューキャメロットの霊脈、空気中、そして市民から魔力を吸い上げていた。

 魔力を保有する森羅万象あらゆるものが暴食の魔神ベエルゼブルにとっては食事だ。


 全体から同時に魔力を吸収しているため、個人への影響は小さいものの、このままでは魔力の少ないニューキャメロット市民は死ぬことになる。


「持たざる者に分配すると言っていたのは詭弁のようね」


「然り。悪魔が人間の世界に平和と平等を齎すはずもなし。最優先事項のために平等は切り捨てた。我は契約に基づき『エクソダスの指導者アロン』を演じる道化であり、聖女マリアを足止めするための捨て駒に過ぎない」


 この発言は嘘ではないとマリアにはわかった。この街に入ってから、他の市民同様に結界の外には出られなくなっていた。


「───我らエクソダスの本命は第十の災いを以て、サンミシェル魔法学校の生徒を殺すことだ」


 両手を広げる大仰な素振りで、ベエルゼブルがアロンとして告げた。


 どの道、ここで足止めできなければマリアにはすぐに看破されるとわかっていたから明かしたのだろう。


 同時に相手の動揺も狙えるが、マリアが揺れることはない。


 このままでは飛行船はビルに激突し、街の人々の魔力は吸い尽くされ、サンミシェル魔法学校の生徒が死ぬ。


 マリアにとってはベエルゼブルを倒すことが最優先事項だ。


 しかし相手には強力な結界、転移、そして魔力吸収がある。


 円卓の騎士にして救世の聖女マリア・フルルドリスを以てしても一筋縄ではいかない相手だ。


 更にベエルゼブルには強力な切り札があった。


 蠅の王は祈るように、両手を合わせる。


「天の主よ。あなたの慈悲に感謝し、ここに贄を捧げる。憐れな贖いの獣を罰し、我らの罪を赦したまえ」


 静謐で清廉に、聖者に扮した悪魔が晩餐の開始が告げた。


魂源界放(アニマ・スフィア)


 ベエルゼブルの黒紫色の魔力が外界に放出され、二者の周囲を球形に覆っていく。


 時間が動くよりも素早く、球状の異空間が構築され、蠅の王と聖女だけを閉じ込めて世界から隔離した。


贖贄聖餐會(アドナイモレク)


 完成した異空間の名が告げられる。


 異空間には死肉の山があり、その頂上には牛を模した巨大な青銅の偶像が鎮座していた。

 

魂源界放(アニマ・スフィア)』。それは戦闘魔法における究極奥義。


 使い手の精神世界を異空間として具現化する魔法だ。この異空間の中では使い手の固有能力の性能が大きく向上する。


 ベエルゼブルの『贖贄聖餐會(アドナイモレク)』においては、魔力吸収の能力が強化されることになる。


「いただきます」


 食事が始まる。青銅の偶像の腹部が開帳し、その中に向かってマリアの体内の魔力が吸い上げられていく。


 奪われた魔力は炎となって偶像の中で燃え上がり、ベエルゼブルの魔力に変換される。


 この異空間内では人間が保有する体内の魔力でさえ奪うことができるのだ。


 多量の魔力を一瞬にして奪われてマリアは思わず膝をついた。


 魔力吸収を防御しようにも、その防御魔法も吸収されてしまう。


 魂源界放からは転移魔法で脱出はできず、解除するには使い手を倒すしかない。


 しかし倒そうにも魔力は減る一方で、そもそも相手には魔法が通じない。


「……なんと」


 ベエルゼブルが頭を抑えて小刻みに震え出す。


「なんと清らかで味わい深い魔力なのだ」


 蠅の王はマリアの魔力の質の高さに甚く感動し、全身を快感で痙攣させる。大事に魔力を味わいながら、その感想を聞かせてくる。


「嫋やかで柔らかく、それでいて強かで激しい。清水が如き清廉さと深淵の如き奥深さ。素晴らしいな、マリア・フルルドリス。


 魔力だけではなく、血肉と魂も食してみたくなった。……ああ、聖女の穢れなき血肉と魂、想像するだけで昇天してしまいそうだ」


 一人、身を悶えさせて美食に耽るベエルゼブルを冷たい軽蔑の眼差しで見下しながら、マリアは静かに立ち上がった。


「残念、案外少食なのね」


「何を言っている」


 怒りを抑えつつ、マリアの発言を訝しんだベエルゼブルは正気に戻って警戒する。


「あなたに食べさせた私の魔力を遠隔で操って、胃袋の大きさ、つまり最大魔力保有量を測ったのよ。それが思っていたより小さくて拍子抜けしたわ」


 言われて、ベエルゼブルは己の空き容量と残りのマリアの魔力量を見比べる。


「他愛なし。聖女と言えども人間。確かに魔力量は多いが、我が完食できない量ではない。


 寧ろこの美味な魔力を大量に味わえることは僥倖とも言える。


 万が一我が満腹になったとしても、魔法を行使して魔力を吐き出せばいいだけのこと。


 貴様にはもう何もできん。無駄に抵抗して魔力を消耗するのも勿体ない。大人しく降参すれば命は奪わずに家畜として飼ってやろう」


 ベエルゼブルは勝ちを確信していた。マリアの先程の発言は、悪足掻きに過ぎないと断じた。


「お残し厳禁よ」


 聖女は悪戯っぽく微笑むと、祈るように両手を組み、目を瞑った。


魂源界放(アニマ・スフィア)


 時間が動くよりも早く、周囲の光景は満天の星空と凪の海に変わる。


 聖女の口から厳かに魔法名が告げられた。


星母胎海アルマ・レデンプトリス・マーテル


 海は眠り、星が瞬く。二者を包む世界は、果ての無い星空と底の無い凪の海だけ。


 先程まであった死肉の山と青銅の偶像は消えてなくなっていた。


 マリアの魂源界放がベエルゼブルの魂源界放を上から張り替えたのだ。

 

「……おお!」


 ベエルゼブルが具現化された聖女の精神世界に感嘆の声を溢す。


 この果ての無い星空と底のない海は無限の魔力の具現なのだ。


 マリアの魔法特性は『無限』。故に彼女の魔力量は無限(・・)だった。


 二者は飛行魔法で水上に浮かび、再び武器を構える。


 杖を高らかに掲げ、ベエルゼブルは空間に満ちる無限の魔力を吸収し始めた。


「無限の魔力とは恐れ入った。しかしこれでは敵に塩を送るようなものだぞ。勝てないと分かり、自棄になったか」


 蠅の王にとってここは甘露な果実が湯水のように湧く、正しく楽園だった。ベエルゼブルの魔力は更に増大していく。


 その様にマリアは呆れた。暴食の魔王の腹に底があると分かったから無限の魔力を用意したのだ。


「そんなに食べて、メインディッシュが入らなくなっても知らないわよ」


 聖女は銀の剣を満天の星空に浮かぶ金色の月に目掛けて掲げる。


 凪の海が揺らぎ、星々の光が月へと集まりだす。


 刹那、剣と月は巨大な青い光の奔流によって結ばれた。


 衝撃で波が立ち、突風が吹き荒ぶ。


 ベエルゼブルは眼前に聳え立つ三十八万キロメートルの巨大な光の剣に自身の終わりを見た。


 彼女が幾度となく世界を救えた理由が分かった。


 それは彼女が世界を滅ぼせるほどに強いからだ。


「召し上がれ」


 くすっと笑いながら、光の巨剣が振り下ろされる。


 回避は不可能。剣の幅は一万二千キロメートルを優に超えている。


 そして、光の剣が保有する魔力量は蠅の王の最大保有魔力量を圧倒的に超過している。


 ベエルゼブルは防御に全身全霊を捧げる決断をし、全力の防御結界を展開する。


贖贄聖餐會(アドナイモレク)!!」


 今一度、青銅の偶像を出現させ、腹部を開帳、光の奔流に喰らいつく。


 吸収した魔力を防御結界の維持と強化の燃料に回す。これにより魔力吸収と防御結界のサイクルが確立された。


 循環は一瞬にして瓦解する。


 魔力保有量の超過により、偶像が砕け散り、防御結界も容易く破られる。


 虚しく、蠅の王は光の奔流に飲み込まれた。


「うおおおおおおお!!」


 魔力吸収の作用は継続しており、ベエルゼブルの内側をマリアの魔力が激しく行き交い、その度に光属性の持つ闇を浄化する力が悪魔に激痛を与える。


「ほら、全部吐いちゃいなさい」


 冷酷な聖女の言葉が光の中から聞こえてくる。


 光属性の性質で悪魔ベエルゼブルの魂は器から引き剥がされるが、尚も巨大な斬撃は続き、魂が消滅する頃、漸く終了した。


「しばらく出禁よ。地獄で反省しなさい」


 魂源界放内に静寂が訪れる。


 ただ一人マリアだけが立っていた。


 ベエルゼブルの魂は破壊されたが、悪魔の魂の本体は地獄にいるため、またいずれ復活するだろう。人間と悪魔の戦いに終わりはない。


「これなら、もう少し早く終わらせたわね」


 魂源界放を発動してからたった一撃で終わらせたのにも関わらず、マリアは己を責めた。


 ベエルゼブルに無限の魔力が有効かどうかの確認、つまり最大保有魔力量(胃袋の大きさ)の感知がもっと早くできていれば、その分、街の人々への雹と魔力吸収の被害は少なくできた。


 マリアは魂源界放を解除し、飛行船の甲板に戻る。


 ベエルゼブルが敗北したため、街への魔力吸収は終わり、上空の魔法陣も消滅して雹は止んでいる。


 飛行船の進路をポーカータワービルに固定する呪いも解除されていた。


 しかし、街を覆う結界は健在で、転移でも外には出られそうにない。


 つまり、ベエルゼブル以外に結界の使い手がいるということだ。


 蠅の王は自分が捨て駒だと言っていた。まだエクソダスとの戦いは終わっていないのだ。


 その後飛行船は無事にニューキャメロット市内の空港に着陸した。


 乗客たちはマリアに感謝しながら飛行船を降りて行った。


 飛行船から落とされた女の子とその両親は地上で無事に再会を果たした。


 静かになった飛行船内でマリアは一人、エクソダスの痕跡を調べる。


 乗客の死者は二名。理不尽にもアロンに射殺されてしまった。


 魔法騎士の死者は十名。果敢にエクソダスと戦い殉職した。


 彼らにもこの先の人生があったはずで、帰りを待つ家族や友人がいた。


 自分がもっと早く助けに来られていれば助かった命だと、聖女は己を責め続ける。


 今回、エクソダスの兵士に自決者はなく、全員が拘束されたが、記憶を消されていた。


 飛行船はポーカータワービルにぶつけた際に爆破させたかったため、自爆魔法を施さなかったのだろう。


 そして、もぬけの殻となったアロン──ベエルゼブルの器を調べる。


 ゆっくりと仮面を取ると、その下は包帯に巻かれたミイラだった。


 保存状態が良く、包帯の下は腐敗しておらず、血色は悪いが生きた人間とほとんど変わらない。ただ眠っているだけのようだ。


 その遺体の顔を見て、マリアは一人の人物によく似ていると思った。


「……ヨシュア先生」


 もう何もかも遅い。


 マリアは遠方のサンミシェル魔法学校から発せられる異様な魔力反応を感知したことで、答えを導き出した。


 第七の災いはマリアをサンミシェル魔法学校から遠ざけるための囮だったのだ。


 そして、敵の、ヨシュア・リベロードの本命は魔法学校そのもの。魔法世紀の未来を担う子供達の命だ。


 外に出て空を見上げる。


 まだ空は曇ったまま晴れない。


 最強の魔法騎士に出来るのは、自分の教え子たちを信じることだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ