第26話 贖罪の山羊
「以上が、僕の過去の出来事です」
ヨシュア・リベロードはあまりに苦しい過去を淡々と語り終えた。
少女たちと校長は彼の経験した想像を絶する地獄に言葉を失った。
「その後、エクソダスを結成し、教師をする傍ら魔法至上主義者を殺していたというわけです」
どんなことがあっても人殺しは肯定できないと意気込んでいた強い正義感を持つ生徒たちも、復讐を否定する意思を言葉にしてぶつけることができなくなった。
「これでわかったでしょう。僕は既に大勢の人を殺しています。僕はこういう人間なんです。魔法使いを殺すために生きている、復讐者なんです。僕はもう正解には戻れない。あの時、僕は間違えてしまった」
ヨシュアはすっと立ち上がる。
アリスたちは反射的に身構えた。通信魔法を使い、ヨシュアを拘束するための作戦を共有する。
彼の凄惨な過去を知った今でも、復讐の阻止は全員共通の答えだった。
アリスが強い覚悟を持って決意を口にした。
「私たちが先生を止めます」
「僕は幸運だ。素晴らしい生徒たちの先生になれたのだから」
彼の右手にアーモンドの木でできた小さく細い杖が出現する。
既にキリエは彼の目の前に迫り、その手で体に触れようとしていた。
キリエの手が触れさえすれば、相手は魔法が使えなくなる。
ヨシュア・リベロードの姿が一瞬にして消え、校長の背後に現れる。
マリアと同じ高速転移魔法だ。
彼はそのまま杖を校長に突きつける。生徒たちは見たことのない、冷たく無感情な表情。校長を殺すつもりだ。
それをアリスが予測済みで、指示を受けていたイブがアンナの影から出現し、校長の身体を防御魔法で包み込んで守る。
更にルーナと椿姫の狙撃コンビが既に拘束魔法の照準をヨシュアに定めていた。
「奇跡遡行!」
「封印結界天岩戸!」
ルーナは体内水分操作魔法、椿姫は相手を暗闇の空間に閉じ込める封印結界を発動する。
しかしヨシュアを覆う防御結界によって虚しくも無効化されてしまう。
続けてアリスが魅了の魔眼、幻覚魔法、昏睡魔法を同時に仕掛けるがそれも通用しない。
再びキリエがヨシュアに触れようとするが、その手は半透明の壁に阻まれて届かない。
「うそ!? 魔法を無効化できない!?」
魔法を無効化する特性を持つキリエですら、彼の分厚い守りを超えられない。
「これは魔力を通さない性質を持つ『半魔導体』を用いて構築した結界です。『魔法を無効化する魔法』を無効化したというわけですね」
ヨシュアの防御結界はあらゆる状況に対応できるように調整されている。当然、自分の教え子と敵対することも織り込み済みだ。
ならば見せていない魔法を用いるまでと、アンナは八枚の式札を懐から取り出して宙に放り投げると両手を合わせた。
「式神、八神御前」
八枚の式札がアンナの周囲を等間隔に囲って浮遊し始めた。
八神御前は大和帝国の神話において、八岐大蛇を鎮めるために生贄となった八人の女神の霊だ。
「封印術、八死織」
素早く印相を結んで式神に指示を与える。
浮遊する八枚の式札は瞬時にヨシュアを囲うと、赤黒い魔力の檻を形成して、防御結界ごと彼を閉じ込めた。
八死織は閉じ込めた者を酔わせて眠らせる封印結界で、神話においては八岐大蛇を無力化した。
女神の強い怨念が対象を深い眠りに誘う精神干渉魔法の性質を持ち、防御結界で身を守っていても防げない。
「驚いた。神話の封印結界ですか。これは厄介だ」
先生は楽しそうに魔法を観察し、アンナを賞賛する。
彼はこの状況を純粋に楽しんでいた。成長した生徒を見ることは教師にとって何よりも喜ばしいことだ。
「それではこうしましょう。贖罪の山羊」
次の瞬間、ヨシュアは八死織の中から抜け出して校長の目の前にいた。
代わりに八死織の中にイブが閉じ込められており、封印結界の作用で意識を失っていた。
八岐大蛇そのものであるイブには効果覿面であっという間に気絶してしまったようだ。
アンナはすぐに封印結界を解除するがイブはしばらく動けないだろう。
「贖罪の山羊。対象と自分の位置を入れ替える転移魔法です」
授業のように解説しながらも、その手に持つ杖は校長を今にも殺そうと振り翳された。
寸前でアリスがヨシュアと校長の間に割って入り、身体を盾にする。
ヨシュアは困ったように杖を引き、後退した。
「そろそろ時間ですね。それでは皆さん、さようなら。赤羊荘に居れば安全です」
そう言い残してヨシュアは転移魔法でどこかへと姿を消す。
校長とアンナたちは自分たちがいつのまにか赤羊荘のロビーにいることに気がついた。
どうやら強制的に赤羊荘に転移させられたようだ。キリエも転移しているということは、空間ごと転移させたのだろう。校長室にあったテレビや電話、デスクやソファが周囲に散らばっている。
「い、生きてる〜!」
校長が悲鳴に似た安堵の声を上げる。
しかし、事態の解決はできていない。
ヨシュアはユニコーン寮生以外の生徒を殺すつもりだ。
一先ずの危機が去ったことで緊張の糸が切れ、椿姫が膝をついた。
「……なんで、ヨシュア先生が」
椿姫は結界魔法の才能があり、彼を強く尊敬していたため、裏切られたショックが一際大きいようだ。
ロビーを沈黙が支配するが、それは数秒と保たなかった。
「皆様こんなところで何をしていますの?」
エミリアがシオンを引き連れてロビーに現れた。
「外に魔物が大量発生しているというのに、問題児の皆様が寮にいらっしゃらないのでシオンと二人で探しに行くところでしたのよ、まったくもう」
エミリアは呆れつつも後輩の安否を確認して安堵した。先輩の姿を見て問題児の五人も安心する。本当に赤羊荘は安全なようだ。
アリスが現在の状況を先輩二人に伝えた。
「……そういうことでしたのね。まさかヨシュア先生が。残念ですわ」
ヨシュアがエクソダスで、ユニコーン寮生以外の生徒を殺そうとしていると知っても、エミリアは平静を保っていた。
ヨシュア先生がいなくなった今、自分がユニコーン寮の代表としてしっかりしなければと気張っているのだ。
「例え先生が敵だとしても、やることは変わりません。私たちは他寮生を助けるために戦いに行きますわ!」
エミリアの宣言で暗い空気が吹き飛び、問題児五人にも発破がかかる。
少女たちは頷き合い、互いに同じ意見であることを確認した。キリエが代表して意思を伝える。
「私たちも行きます。ヨシュア先生を止めるために!」
「それでこそユニコーン寮生ですわ!」
ユニコーン寮魔法決闘部であるエミリア、シオン、アリス、キリエ、ルーナ、椿姫、アンナの七人は戦闘準備を整えて再びロビーに集合した。校長は食堂で他の生徒たちと待機だ。
椿姫が窓から千里眼で外の状況を確認する。
魔法学校の空は黒い雲に覆われ、更にその曇り空を覆い尽くすほどの蝗の魔物の大群が飛行している。
蝗の魔物の一群が他寮の宿舎へと群がっており、戦闘に長けた生徒と教師たちがなんとか抵抗しているが、多勢に無勢、長くは保たないだろう。
「さぁ、悪いやつ全員ぶっとばしますわよ!」
エミリアの掛け声を合図に七人の少女たちは絶対安全圏の赤羊荘から飛び出した。




