第23話 十災
一年生たちは校外学習を終えて、サンミシェル魔法学校へと帰還した。
ユニコーン五人組以外の一年生たちはすぐに普段通りの学校生活を再開した。
五人以外の一年生はヨシュアの結界内にいたからあの地獄を知らないのだ。
地獄を知ってしまった五人は学校に戻り次第すぐに自分たちにできることを始めた。
放課後、学校の図書室に集まった五人はエクソダス事件の資料に目を通す。
学生で子供のアンナたちにできることがあるとすれば、実際にエクソダスと戦った経験を活かして、彼らの目的や次の動向を調べることくらいだった。
この資料は学校の中で大人しくしていることを条件に、マリアから預かったものだ。
そのマリアはエクソダスを追って世界中を飛び回っており、学校にはいない。
これまでエクソダスがテロを行ったのは計六回だ。ニューキャメロットのグーフ・ポーカー殺害が五回目で、一昨日のナイル校長襲撃が六回目にあたる。
資料の写真を見ていた椿姫がハッとした。
「なにかわかったの?」
ルーナが尋ねると椿姫はハキハキと答えた。
「この写真を見てください。魔法陣にエネアドの神が刻まれています」
椿姫が指差しているのは事件現場の床の写真だ。
その全てにエネアドの神の紋章を刻んだ魔法陣が写っている。
全て別の神の紋章が刻まれており、同じ魔法陣はない。
「これってエクソダスが処刑で使う魔法陣? 校長が腫れ物だらけになってたやつ。これがどうしたの?」
「エネアドの十災はご存じですか?」
ルーナは頷く。アンナも校長から聞いたので知っていた。古代エネアドを襲った十回の災いだ。
「この魔法陣に刻まれた神はそれぞれが十災で打倒されたという説がある神々です。
例えば、一番目の災いでは川が血に染まるのですが、これは川を司る神『ハピ』を倒した証という学説があります」
椿姫がピックアップした事件現場の写真には壺を持つ神『ハピ』の紋章が刻まれた魔法陣が写っている。
「このハピ神の魔法陣は一回目の事件現場で確認されたものです。そして、こちらがその一回目のテロで犠牲になった方の状態です」
次に椿姫は被害者の死に際の写真を取り上げる。
その写真には血まみれの男性が写っていた。身体中が赤いペンキを被ったように真っ赤だ。
映像記録ではハピ神の刻まれた魔法陣の術式が起動するとともに被害者の方の身体から血が吹き出ていた。
「十災で起きた災害と処刑された人の状態が似通っています。それに災いと処刑は内容だけでなく、順番も同じなんです」
椿姫が魔法陣の写真を時系列順に並べ替え、それぞれに対応する被害者の写真をくっつけて置いた。
第一の災いは血の災い、倒された神はハピ。
一回目のテロでは川の神ハピの魔法陣により、被害者は自分自身の血に染まった。
第二の災いは蛙の災いで、倒された神はヘケト。
二回目のテロでは蛙の頭部を持つ水の女神ヘケトの魔法陣により、被害者は肉食の蛙の群れに身体中を食われて死んだ。
三回目から六回目までも同じように、対応する順番の災いを再現した方法で処刑が行われている。
校長は助かったが、第六の災いである『腫れ物』が彼の身体を蝕んでいた。
「それで、なんで神話のマネをして処刑をしてるの?」
キリエの質問に椿姫もポカンとする。
「……す、すみません。『十災』と『処刑方法』に共通点があるということには気がついたんですけど、それだけで、理由は全然わかりません!」
ぺこぺこと謝る椿姫。椿姫の話を聞いていたアリスが口を出した。
「いえ、お手柄ですよ、椿姫ちゃん。エクソダスの本当の目的がわかったかもしれません」
辛そうにアリスは眉間に皺を寄せた。椿姫が見つけた事件と神話の関係性がアリスを答えへと導いたようだ。
「アンナちゃん、入学式の日に学校の結界に違和感を覚えたと言っていましたよね?」
「う、うん、そうだけど、それがどうしたの?」
アリスの顔が更に険しくなる。
「……エクソダスはサンミシェル魔法学校を襲う可能性が高いです」
全員その可能性を無意識に頭から外していたのかもしれない。言われてその場の全員の心臓がドクンと跳ねた。
魔法至上主義者を殺すエクソダスなら魔法学校を襲ってもおかしくない。
「今すぐに確かめたいことがあるので、校長室に向かいます」
言いながらアリスは走り出してしまった。まだ彼女がどうしてその考えに至ったのか聞けていない。アンナたちもアリスを追って校長室に向かう。
「なんなんだおまえたち。退学の件なら済んだだろう」
校長室の中で観葉植物に水をやっていた校長がいきなり雪崩れ込んできた生徒たちに驚く。
校長室には大きな箱型のテレビが置いてあり、ニュース番組が放送している。その内容はエクソダス事件のものだ。
「突然申し訳ございません。今すぐに確認したいことがあるのです。この学校の結界について」
それならヨシュア先生に聞けばいいのにと、アンナたちは疑問に思う。アリスは校長の許諾の返事を待たずに質問する。
「この学校の結界の魔法陣には『ホルス神』の紋章が刻まれていますか?」
ホルス神は天空を司るエネアドの神だ。校長はやれやれとアリスの質問に答えた。
「そうだ。ヨシュア先生が赴任してきた際に、元々あった結界では心許ないと彼が新たに結界を張ったのだ。
私がエネアドの王族の血筋だからと、王家の象徴である『ホルス神』の紋章を結界の魔法陣に刻んでくれたのだが、何故おまえがそのこと知っているんだ」
アリスが魔法陣と犠牲者の写真を校長に提示する。それを見て校長はすぐに思い至った。
「まさかエクソダスは『十災』を再現するための儀式を行っていたとでもいうのか。いやまさか、そんなことは絶対にありえん」
教師だけあって頭の回りは速い。だがその事実をすぐには受け入れられない。
魔法の中には伝承や神話の出来事を再現するものが多く存在する。聖剣解放や聖典系などがそうだ。
ホルスは十災最後の災いである『子供を殺す災い』において討たれた神だという説がある。ホルスはエネアドの最高神ラーの子とされ、子供の象徴だ。
エクソダスがこれまで災いに準えた処刑を行なってきたのならば、ホルスの魔法陣によって齎される最後の災いは──
「エクソダスはこの学校の生徒を殺すつもりなんです。エクソダスは最終的に十番目の『子供を殺す災い』を起こすために、これまで十災に準えた処刑を行なってきたと、私は考えています」
アリスが言い切った。
魔法学校には力のある魔法使いが多く集まっている。そこを襲撃するなら相応の準備がいる。
この学校に仕掛けられた子供殺しの魔法を補強するために、これまでの処刑を十災の再現で行ったとアリスは考えていた。
魔法は詠唱や魔法陣の工程を省いて行使することもできるが、入念に準備すればそれだけ効力が上がる。
一から九までの災いが再現されたとなれば、十番目の災いも神話をなぞるように現実のものとなるだろう。
校長はアリスの意見を否した。
「それは絶対にない。この学校の結界はヨシュア先生が張ったものだと言っただろう。ホルスの魔法陣があるのは確かだが、エクソダスの件とは偶然の一致だ」
「ヨシュア先生がエクソダスの関係者なら偶然ではなくなりますよね」
アリスの一言に校長だけでなく、アンナたちも呆然とする。何故、ヨシュアがエクソダスの関係者だと思い至るのか理解できなかった。
「それこそありえん。彼はエクソダスから生徒と私を守ってくれたではないか」
校長はヨシュアを弁護する。アンナたちもヨシュアがエクソダスの関係者だとは思えなかった。
「守ってくれた理由はわかりません。
ですが、魔法という学問の総本山であるこのサンミシェル魔法学校に張られた世界最高の結界を破れるのは、結界を張った張本人だけです。
エクソダスが世界中の結界を破れるのも、ヨシュア先生の助力があったとするならば頷けます」
「待て、アリス・カサブランカ。確かにこの学校の結界をどうにかできるのは世界で唯一ヨシュア先生だけだ。
だが、そもそも魔法学校が襲撃されるということすら憶測に過ぎない。憶測を前提にヨシュア先生がエクソダスの関係者だとするのは飛躍しすぎだ。
魔法陣と被害者の共通点からして、エクソダスは十回目の犯行で子供を殺すかもしれないが、それが我が校の生徒だとは限らんしな」
校長はアリスの荒唐無稽な意見を否定しながら、ヨシュアを信じようと反論する。
しかし自分の言葉が語られるたびに、校長は信じたくない答えに近づく。
アリスの意見は破綻し、飛躍し過ぎているが、同時にパズルのピースはある程度揃っていた。
「……そもそも動機がないだろう。おまえたちなら知っているだろうが、彼は素晴らしい教師だ。彼が人間を、子供を殺すとは私には思えない」
アンナたちも校長の意見に賛同して頷く。しかし、アリスだけは賛同しない。
ヨシュアを信じる校長と生徒たちの感情寄りの意見に対して、アリスもまた感情寄りの意見を述べた。
「ヨシュア先生の心は常に結界に覆われていて読めません。ですから私にも動機はわかりません。
これもまた飛躍し過ぎた意見なのですが、私はヨシュア先生の心が読めない故に、彼を信用できず、先日は無謀な行動を取りました。私の中で、彼は信用できない人なんです」
アリスらしくない個人的な感情を軸にした言葉に校長は沈黙して考え込む。
座学成績トップのアリス・カサブランカともあろう者が、個人的にヨシュアを信用できないという理屈のない意見を言ったことで、校長の天秤は揺れていた。
彼女の言っている『エクソダスは魔法学校を襲う』と『ヨシュアがエクソダスの関係者』という意見は証拠の欠けている想像に過ぎない。
しかし事実を並べて作り上げられたソレは予測というより測定だった。聞いていたアンナたちも信じたくないのに本当にそれが事実のような気がしていた。
「信じてもらえなくても構いません。私が独断でヨシュア先生を拘束します」
焦りを含んだアリスの声を聞いて、校長は決断した。
「おまえがそこまで言うなら信じよう。マリア先生を呼び、ヨシュア先生を拘束してもらう。その後に彼の事情聴取だ。対応はこれでいいな、アリス・カサブランカ」
「ありがとうございます、校長先生」
アリスは少し安堵するが、他の四人はヨシュアがエクソダスの関係者という話にはまだ懐疑的だった。
アリスが間違っているとも思えないが同時に、ヨシュアがエクソダスの関係者とも思えなかった。
「む、おかしいな。マリア先生に通信魔法が繋がらないぞ」
電話機型の通信魔法機でマリアに連絡を試みる校長だが、繋がらないようだ。
静かな校長室に、テレビから慌ただしいアナウンサーの声響いた。ニューキャメロットからの中継映像のようだが、映像と音声が乱れている。
『現在ニューキャメロットは大粒の雹に見舞われています! 上空には巨大な魔法陣が展開されており、街全体を謎の結界が包み込んでいます!』
ノイズの走る中継映像には野球の球ほどの雹が降るニューキャメロットの街並みと上空に展開された魔法陣が微かに映し出されている。
その映像に椿姫が魔眼を凝らす。
「大気の神シューと天空の女神ヌト、第七の災い、雹の災いです」
椿姫がニューキャメロットに降りかかる災害を告げる。
アリスの予想通り、エクソダスは十災を準えたテロを行っているようだ。しかし今回は規模が大きい。雹は個人ではなく街全体に被害を与えている。
校長はガチャンと受話器を置く。マリアに繋がらないため、魔法騎士団に問い合わせたようだ。
「マリア先生はニューキャメロットに向かったらしい。連絡が取れないのはニューキャメロットに張られたエクソダスの結界のせいだろう。テレビの中継は何故か映っているが」
そのテレビの画面が突然暗転する。次の瞬間、画面には蠅の仮面を被った人物が大きく映し出された。
エクソダスの指導者アロンだ。びくりとアンナは身体が震えた。
『私はエクソダスの指導者アロン。これより、第七の災いによって、欲望の都と肥えた豚共に裁きを与える』
不気味な羽音じみた声が魔力を通して世界中に響き渡る。
それと同時に、サンミシェル魔法学校の空気が微かに揺れた。
八回、礼拝堂の鐘が鳴る。窓から差し込む日差しがなくなり、周囲が薄暗くなる。外からけたたましい虫の羽音が聞こえてきた。
アンナは入学式の日の違和感と同じ感覚を今この瞬間に感じていた。
「なんだ、あれは」
校長が窓の外を見て驚愕する。アンナたちもその光景を目の当たりにした。
二メートルほどの体躯の巨大な蝗の大群が空を埋め尽くしていた。
蝗の身体は黒く、その手足は逞しく発達しており、人間のように指が備わっている。蝗型の魔物だ。
椿姫の魔眼が光り、蝗の群れのその先を見透す。
「上空に巨大な魔法陣が展開されています。刻まれているのは豊穣を司るオシリス神とイシス神。第八の災い、蝗害です」
第七の災いと同時にサンミシェル魔法学校で第八の災いが発生してしまった。校長は椅子に倒れ込むように座った。
「バカな、二箇所同時に襲撃だと? それにまだ第八だ。学校を狙うなら最後の災いのはず。まさか、このまま最後まで連続でやるつもりじゃないだろうな!?」
外部との連絡は取れない。ホテルの時と同じくエクソダスの結界で校内の通信も妨害されており、防壁により学校の敷地の外に出ることもできないだろう。
アリスはキリエ、椿姫、ルーナ、アンナと目配せする。戦わなくてはいけない時が再び来た。強くなる猶予なんてなかった。それでも、ただここで終わりを待つつもりはない。
「校長先生、学校の結界の魔法陣の場所を教えてください。おそらく、それが最後の災いを起こす要だと思われます。それを今から破壊しに行きます」
アリスの質問に校長が答えようとした時、校長室の扉が開き、ヨシュアが現れた。全員の心臓が高鳴る。
「鐘塔のある中央の礼拝堂ですよ」
ヨシュアはいつもの変わらない落ち着いた様子で答えてくれた。
しかし現在の彼が纏う魔力の波長はエクソダスの結界や災いの魔法と一致している。
アリスの予想は当たってしまったのだ。
「流石ですねアリスさん。お見事、正解です。
僕はエクソダスの関係者です。
正確に言えば指導者ということになるのでしょうか。
エクソダスは僕が裏から操る組織なんですよ」
まるで授業のようにアリスを褒める。
そして、普段の授業のように犯行の解説を始めた。
「この魔法学校内で起こる全ての事象は結界によって僕に筒抜けです。
アリスさんが僕の正体に気がついたことに、僕も気がついた。
だから、こうして急遽第八の災いを魔法学校で行うことにしました。
丁度、第七の災いでマリア先生をここから遠ざけられていて運が良かった。
エクソダスはこのままサンミシェル魔法学校で最後の災いまで全ての儀式を完遂させます」
ヨシュアがエクソダスだったことと、彼がこれから人殺しをするのに平然としていることがショックで、生徒たちも校長も唖然としてしまう。
その様子に、ヨシュアは申し訳なさそうに頭を掻き、的外れな心配をした。
「すみません。最初に言っておくべきでしたね。安心してください。ユニコーン寮の生徒に危害は及びません。寮の過越の結界が皆さんを災いから守ってくれます。
エクソダスの目的はあくまで魔法至上主義者の排除です。
先日のホテル襲撃の際も、皆さんのことを過越の結界でお守りしたでしょう?
あの時は皆さんが戦ったことでマリア先生が間に合ってしまい、教師の隠れ蓑を維持するために、他の生徒と校長を助けてしまいましたが、どの道、最後の災いで皆殺しにできます。
さて、ここまでで何か質問はありますか?」
他の生徒たちは皆殺しで、自分たちだけ助かるなんて、安心できるわけないし、当然質問もあった。
キリエが悲しそうに訪ねた。
「どうしてですかヨシュア先生!? どうしてこんなことするんですか!」
生徒が答えを求めている。教師である彼はそれに応えなくてならない。顔を上げて、気の弱い声で語った。
「復讐です。僕の家族は魔法至上主義者に殺されました。だから魔法至上主義者を殺し、その子供も殺して、その思想を絶やし、世の中を平等にする。それが僕の目的です」
そのやり方は間違っている。生徒たちは全員そう思った。
アリスが説得を試みる。
「こんなことは今すぐやめてください。ヨシュア先生はこんなことをする方ではありません!」
「皆さんは僕のことを何も知らないでしょう。本当の僕はこんなことをする人間なんですよ」
ヨシュアは悲しそうに微笑む。本当にユニコーン寮生には危害を加えたくないようで、言葉使いすらも今だに優しい。
「そうですね、皆さんはこのままだと、また外に出て戦い始めてしまうでしょうから、ここに引き留めておくためにも、少し昔話をしましょうか。お会いするのもこれで最後でしょうから、僕のことを知って欲しい」
いつの間にか校長室には結界が張られていた。物理的にも外には出られない。
キリエだけなら魔法の効力を受けないため出られるかもしれないが、彼女はここに留まることにした。
他の生徒たちは心配だが、魔法学校の教師と生徒には強者が多いため、大群とはいえ下級の魔物なら持ち堪えられるはずだ。
それよりも今は元凶である目の前のヨシュアをなんとかしたかった。キリエなら格上の相手にも通用するかもしれない。
とはいえ、正体を明かしたヨシュアの魔力の強さはアロンをも凌駕していた。
「お聞きします」
アリスが代表して答える。アンナたちはヨシュアが隙を見せたらいつでも拘束できるように立ったまま身構えて話を聞く事にした。ヨシュアは校長室のソファに腰掛ける。
「それでは、最後の授業を始めましょうか」




