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34 アイロニー

「陛下、何やら最近、王子が頻繁に書庫に出入りして居るとの報告が御座いました」

「ルデルトが書庫? 珍しい事も有る物だな。昔から良く本を読んで居るとは聞いて居たが、そう頻繁に出入りして居るとは何の心境の変化だ」


 書類に判を押しながら、デルドアの報告を聞き興味深そうに書類から目を上げた。

 そんなソレイダ陛下の一方で、デルドアは何故か目を輝かせて居た。


「陛下、此れは(まさ)しく転機が訪れたので御座いますよ! 王子も漸く自覚を持ち始めて下さったのです!」


 目をギラギラさせ興奮気味に机に両手を付き、ソレイダ陛下に詰め寄るデルドアに、ソレイダ陛下は考え込む。

 しかし、デルドアもソレイダ陛下も知らない。ルデルト王子の此の行動は、そんな事の為の行動では無いという事に……。




****




「はあ? お前何言ってるんだ…」

「ですからっ、王子も遂に王子としての自覚を持って下さり、そして王位を継ぐ気になって下さったのですねと、申し上げたので御座います!」


 デルドアの報告に間違いは無い。普段城中を忙しなく駆けずり回って居るメイドや執事達からの情報だろうからだ。基本部屋に籠りきりのデルドアやソレイダ陛下は、現在城の中で起きて居る事にも極めて気付き難い。

 その為、もっぱら城中の事はメイドや執事達に調べさせて居る。何か変化や、気になった事が有れば直ぐに報告する様にと言い付けて居るのだ。

 だから最近、ルデルト王子が異様なまでにエリッタを自室へと頻繁に呼び付けて居る事も承知済みで在る。

 最近のメイドや執事達の報告を考慮し、そしてエリッタを異様なまでに己の傍に置こうとする事から見ても、デルドアの言葉も(あなが)ち間違いでは無いかもしれない。

 そう解釈し、遂にルデルト王子が王位を継ぐ気になったんだと、王子としての自覚を持ち始めたんだと、有らぬ期待を持ってしまった。

 そんな興奮冷めやらぬ状態のデルドアは、ルデルト王子の自室まで駆け込み興奮気味に訴えたのだった。

 いきなり入って来たデルドアに何だと驚くルデルト王子は、今も何やら調べ物をして居たのか机の上には本と、びっしり書き込まれたノートが置いて有る。

 其れをその目で目撃したデルドアは、更にやはり確かな情報だったのだったと確信した。

 ルデルト王子は部屋へといきなり入って来て、尚且つ興奮気味に告げて来たデルドアの言葉に、訝しげに顔を潜めた。

 エリッタはそんな温度差の違う二人の傍で、デルドアにもコーヒーを淹れた方が良いかと様子を観察して居る。

 長く部屋に留まるのならば、デルドアにもコーヒーを淹れた方が良いのだが、直ぐに部屋を出て行ってしまうのならば、折角淹れたコーヒーも無駄になってしまう。

 暫く考えたエリッタが出した答えは、取り敢えず今はルデルト王子のコーヒーは淹れて置こうという事になったのだった。


「俺が王位を継ぐ気になっただあ? 誰がそんな事言ったんだ」

「城中のメイドや執事達から聞きましたよ! 最近王子は自室に篭る事が多くなり、其れも何やら熱心に勉強して居るとっ。私は其れを聞いた瞬間、嬉しくて堪りませんでした! 漸く王子も王位を継ぐ気になって下さったのだと!」


 目に涙を溜め、其れは其れは感激したと告げるデルドアに、ルデルト王子はどんどん不快を露にする。


「陛下もとてもお喜びになっておりますぞ! 此れでアルンド王国も安泰間違い無しで御座いますよ!」


 強面な顔で涙を堪えて居るデルドアの今の顔は、とても喜んで居る様には見えない仕上がりになって居る。

 眉は寄り目は更に細く鋭くなり、興奮して居る為顔は赤くなって居る。喜んで居ると言うよりも、逆に今のデルドアは怒って居る様にしか見えない。

 だが其れは普段のデルドアの姿を知らない者だったらの場合で、昔からデルドアの此の姿を見慣れて居るルデルト王子には、デルドアが怒って無いのは分かって居る。

 だが此の顔で机に両手を付き顔を近付けて来るのには、流石のルデルト王子も後ろへと身を退く。

 そしてデルドアの口から発せられた、ソレイダ陛下の名前に眉を寄せた。


「さっきから聞いてれば、お前何勘違いしてんだ」

「……勘違い?」

「俺が何時王位を継ぐなんて言った?」

「し、しかし! 其れでは何故王子はその様に熱心に勉強を…!」

「俺が勉強しちゃ駄目なのか? 王位を継ぐ気が無い俺が、こうやって勉強しちゃいけないのか?」


 冷ややかな視線を向けるルデルト王子に、デルドアは唖然とした表情を浮かべ後ろへと二、三歩下がる。


「そんな事誰が決めたんだ。俺は王位を継ぐ継が無いで勉強してる訳じゃ無いんだよ! 調べたいから調べてんだ!!」


 机を荒々しく叩いた拍子に、机の隅に置いて有ったコーヒーカップが落下した。コーヒーが溢れながら床へと落下して行くと思われたが、其れは寸での所でエリッタによって華麗に救出され、コーヒーを溢す事も、床へと直撃する事も無かった。

 キャッチしたコーヒーカップを手に、エリッタはまた机の上に置いても今のルデルト王子だと、何時暴れ出すか分からないと判断し、休憩時に食べ様と準備して居たクッキーが乗った、キャスター付きの台へとコーヒーを避難させる事にした。

 此れで大丈夫だと頷いた後、エリッタはちらりとルデルト王子とデルドアに視線を向ける。


「デルドア、親父にも言っとけ。俺は王位を継ぐ為に勉強してる訳じゃ無い。況してや、王位を継ぐ気何て無いんだってなあ」

「王子…」

「だから、こうやって俺に変に期待すんじゃねぇ! 余計な期待なんて持たれても俺が困るんだよ!! 分かったらさっさと出て行け!!」

「王、子…!」


 凄まじい剣幕で捲し立てたルデルト王子に、デルドアは何も言えず圧倒されて居た。そしてギリッと歯を噛み締め、デルドアは一礼すると、何も言わず部屋から出て行った。

 デルドアが居なくなった部屋は、シーンッと静まり返り、ルデルト王子の荒々しい息遣いだけが木霊して居る。


「ショック、受けたか……」


 ぽつりと、ルデルト王子は呟いた。デルドアが部屋から居なくなった事で、もうコーヒーを溢す心配は無いと思い、机の上にコーヒーカップを置こうとしたエリッタに、微かに聞こえる音量で告げられたエリッタは、小首を傾げた。


「いえ、私は何とも御座いませんが…。どうか致しましたでしょうか?」

「あ、ああそうかっ。何とも無いなら其れで良い」


 不思議そうなエリッタに、ルデルト王子は一瞬顔を歪めたが、直ぐ様言葉を繕った。


「ルデルト様、王位を継ぐ継がないは、ルデルト様の自由で御座います。余り考え込む必要は御座いませんよ?」

「そ、そうだな。そんな事、お、お前に言われなくても分かってんだよ!」


 声を荒げるルデルト王子に、エリッタは其れならば良かったと笑みを浮かべた。しかしその笑みに、ルデルト王子は嬉しさ等感じなかった。

 エリッタが自分が王位を継ぐ気等無いと言ったにも関わらず、何とも無いと言ったという事は、最初から自分が王位を継ぐ等期待をして居なかったという事になる。

 エリッタが悲しまなかったのはルデルト王子も良かったとは思ったが、エリッタがショックを受けなかったのは、其れは其れでルデルト王子がショックだったのだ。

 何とも言えない微妙な心境のルデルト王子等に気付かず、エリッタは暢気に鼻歌混じりに休憩だと、様々な形のクッキーを差し出して来るので在った。

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