32 人の上に立つという事3
「そして、幅広い知識教養等は上に立つ人物程必要不可欠になって来ます。此れは、教養ですね」
「まあ、頭が良いに越した事は無いだろ…」
「そうで御座いますねっ」
溜息混じりに溢したルデルト王子に、エリッタはくすくす笑いつつ頷く。
「誰かが困って居る時、その幅広い教養が詰まって居る引き出しの中から、その人物が今一番必要として居る事やアドバイスを的確に出し、適切な言葉で、尚且つ相手が理解出来る様に解りやすく、言って差し上げなければいけません」
「……」
「困っていらっしゃる方に適切なアドバイスの一つも出来ない等となったら、相手からは尊敬もされ無いでしょう。酷い場合ですと、頼り無い等と舐められてしまう可能性も出て来てしまいます」
「何でだ。そんなの得意不得意が有るだろ、一概には言えない」
コーヒーを口に含んだ後、何処か納得が行かないという様に告げたルデルト王子に、エリッタはそっと頷いた。
「確かに一概には言えません。ですが、上に立つ方は例外無く理不尽な事を言われる物です。人には得意不得意が有るから仕方が無い等と、そんな言葉は下の者達には通用致しません」
エリッタは笑顔でバッサリと言い切った。其れにルデルト王子は、グッと唸り声を上げるだけで反論出来ない。
「ですから、無駄だとお思いになってしまう程くだらない事でも、知らないよりは増しな為、知識として知っておいて損は御座いません」
「…くだらない事って」
「無くて困ってしまうより、有り過ぎて困ってしまう方が良いでは有りませんか。知識や教養に、無駄な物等御座いませんよっ」
「まぁ、そりゃそうだろうけど……」
胸を張って告げたエリッタに、ルデルト王子は頬掻きつつ曖昧に溢す。
エリッタの言って居る事は尤もなのだが、どうにもルデルト王子には納得が出来る様な、でもイマイチ納得出来ない様な状態で在った。
だが、知識や教養に無駄な物は無いと言う事には、ルデルト王子も賛成で在る。 其れは王位を継ぐ継がないを抜きにしても、だ。何かを調べたりする事が、ルデルト王子は意外と好きだ。其れは今まで知らなかった事を知れるからで在る。
その為ルデルト王子は、本を好んで読んだりもして居る。暇さえ有れば何時も本を読み耽って居るルデルト王子を、エリッタは文句無しに褒め称えて居た。
本を読む事は、其れだけでも勉強になるからだ。本を読んで居る自分を何時も凄いと褒めるエリッタに、ルデルト王子はその度に煩いと文句を言いつつも、内心満更でも無かったりする。
そして、エリッタに褒められるので在れば、まぁ勉強してやっても良いかもとも、思い始めて居た。勉強をして居るだけで、其処までエリッタが褒めてくれるので在れば、という事だ。
「其れではっ、慈悲深さと教養をご説明して来ましたが、いよいよ最後になります」
「力を抜く、だったか? 最初の二つは未だしも、最後の此れは一体何だよ、力を抜くって…」
「そのままの意味で御座いますよ?」
意気揚々と、何故か一人張り切るエリッタに、ルデルト王子は有り得ないと鼻で笑う。
「力を抜くって、絶対オカシイだろ。上に立つ者は何時でも気を張って、何が起きても直ぐ様対処出来る様にして居なければならないんだぞ? 其れを、力を抜けだと?」
鼻で笑うルデルト王子に、エリッタは其れは違うと首を振った。そんなエリッタにルデルト王子は片眉を上げる。
「違いますよ、ルデルト様。本当にお強い方は、勝ち続けて居る方よりも、負けて辛い思いを味わっても、どんな理不尽な思いを為さっても、静かに其処に座って居られるのです」
「どういう意味だ、其れ……」
「緊急事態に陥り、パニックを起こした国民と共に上に立つ方が狼狽えたり等すれば、国民は更に不安に駆られてしまいます」
「其れはそうだろ。上の奴まで狼狽えたりなんてしてれば、今の状況もイマイチ分かって居ない国民も、其れ程の事態なんだって不安にもなる」
「そうで御座います。ですから、例えどんな悲惨な状況化になったとしても、上に立つ方は冷静に国民の事を考え、尤も安全で、此の事態を速やかに鎮静出来る方法を考えなければなりません」
エリッタの言って居る意味は、ルデルト王子にも理解出来る。しかし、其れと力を抜く事の関係性が、イマイチルデルト王子にはまだ分からない。
此の話の流れでは、力を抜くよりも、より力を張らなければならないのでは無いのか。
国民の為にも、此れからを考える為にも、余計力を抜く事等有り得ないと、そう思った。
「どんな時も慌てず騒がず、肩の力を抜き悠然として居なければ、上に立つ方としては頼りがいが有りません。上に立つ方こそ、周りの状況をしっかりと見極めた行動をしなければいけないのですから」
エリッタの言葉を黙って聞いて居たルデルト王子は、又してもソレイダ陛下の姿を思い出して居た。
どんなに家臣達がどうすれば良いんだと焦り慌てて、父親のソレイダ陛下にすがって居ても、ソレイダ陛下だけは落ち着き、静かに考え込んで居た。そして騒ぐ者達を鎮め、直ぐ様対処法を告げて居たのだ。
エリッタの言う通り、ソレイダ陛下はどんな事態に陥っても、只悠然と座り、的確な指示を出して居た。そんなソレイダ陛下の姿に、ルデルト王子は不覚にも、改めて父親は王と言う者に向いて居るんだと、思い知らされる。
そして、自分は王と言う者を勘違いして居たと気付く。何処かで、王と言う者は玉座に座り、只只書類や家臣の言葉に頷き流され、要は王という者が其処に居さえすれば良いのだと、そうルデルト王子は思って居た。
しかし実際は、玉座に座る事は国民の人生をも左右し、王の言葉、選択一つで良くも悪くもなるんだと。そして其れ程責任重大で、何か失敗でもしよう物なら、批難を一身に浴びるのは王。その王として、国民や家臣達からの期待の重圧も大きい。
そんな玉座に、父親はもう何十年と君臨して居るんだと、ルデルト王子は尊敬してしまう。
そして改めて、此のままではやはり自分に王位を継ぐ資格は無いと思った。
しかし、ルデルト王子は其れを目の前に居るエリッタに言うと思ったが、結局言わなかった。
自分に王位を継ぐ事等出来ないと言ってしまえば、エリッタはどういう反応をするのかと、ふと思ったからだ。
呆れられるか、励まされるか、失望されるか、だったら仕方ないと見捨てられるか。
エリッタを好きだと自覚したルデルト王子は、エリッタに失望される事も、見捨てられるのも嫌だと思い、取り敢えず将来王位を継ぐかは分からないが、エリッタが自分から離れて行かない様にと、自分から率先して色々と学ぼうと動き出す決意を固めた。
「どうか致しましたか? ルデルト様。先程から何やら考え込まれて居る様ですが…」
「いや、何でも無い。お前の話について考えてただけだ」
「そうで御座いますか! 本当、ルデルト様はとても勤勉なお方で御座いますねっ」
嬉しそうにはにかんだエリッタに、ルデルト王子はなんとかバレずに済んだと内心息を吐く。
自分が先程決意した事を、エリッタにバレる訳にはいかないからだ。
エリッタにバレてしまえば、エリッタはルデルト王子が王位を継ぐ気になったと勘違いしかねない。
だがルデルト王子の決意は、あくまでもエリッタとの事を考えての行動で在り、王位を継ぐ気等更々無いのだから。




