16 その距離に
「そしてで御座いま――ああ! もうこんな時間じゃないですか! ルデルト様っ、そろそろお休み下さいませ!」
「はあ? どう考えてもまだ早いだろ」
「何を仰っているのです! もう十一時も過ぎて居るのですよ!?」
あれから更にリュレンダの話は続き、次に新米のミュレンナという女の話をし始め様としたエリッタだったが、不意に視線を向けた時計の時刻に驚愕。どうして言ってくれなかったのかとばかりにルデルト王子を見たエリッタに、ルデルト王子は知るかとその視線から逃げた。
しかしまだ時刻は夜の十一時過ぎ、普段城でも遅くまで起きて居る事が普通のルデルト王子にとって、此の時間はまだ寝るには早過ぎる。エリッタは、ソファでぐーたらして居るルデルト王子の腕を引き、ソファから起き上がらせベッドに寝かせ様とする。だが、ルデルト王子はその引っ張られる腕に力を入れ、エリッタに起こされ無い様にと意地悪する。
「ちょっ、ルデルト様! おふざけになって居る場合では御座いません! 起きて下さいーっ」
「だからまだ寝るには早いって言ってるだろ? 餓鬼じゃ無いんだ、こんな早い時間に誰が寝るかっ」
「でーすーがー!」
「そんなに寝て欲しいんだったら…ほら、俺を起こしてみろよ」
更に体から力を抜いたルデルト王子に、エリッタの引っ張る両手には更に重さが増し、一生懸命ルデルト王子を起こそうとエリッタは足を踏ん張り、んぎぎーっと何とも微妙な声を出しながら必死にルデルト王子の体をソファから起こそうとして居た。
そんな必死なエリッタの姿を眺めながら、ルデルト王子はつい先程まで胸に有った苛付きが無くなって居る事に気付く。エリッタが自分の為に必死になって居る姿は、ルデルト王子の目には可愛く見えてしまって居た。
しかしルデルト王子は可愛いと思ってしまった瞬間、瞬時にこんな特別綺麗な訳でも可愛い容姿な訳でも無いエリッタが可愛いと思う筈が無いと内心焦った。だが、そう考えて居る間にも、エリッタはルデルト王子を起こそうと必死に腕を引っ張っており、その姿にやはりルデルト王子は可愛いと思ってしまった。
「ルデルト様ーっ、いい加減にして下さいませ! 私は本気でルデルト様のお体を心配して居るのですよ!?」
「十一時に寝ようが一時に寝ようが大した事じゃ無いだろーが。お前は大袈裟なんだよっ」
「大袈裟等では御座いません! ルデルト様はまだまだ成長期なのです! 成長期の時はよく寝て、よく食べ、よく運動するのが一番なので御座いますよ!?」
「お前! 完璧に俺の事餓鬼扱いしてるだろ其れ!? 此れ以上成長するか!」
「え、ぎゃ!」
必死に引っ張りながら告げた言葉に、ルデルト王子はガバリと起き上がって怒鳴った。しかしルデルト王子が急に起き上がった為、ずっとルデルト王子を起こそうと引っ張って居たエリッタは、勿論踏ん張って居た足をつるりと滑らせ後ろへと引っくり返ってしまう。
「バッ! エリッタ!!」
硬い、絨毯も何も引かれて居ない床へと、何の受け身も取れずに背中から倒れて行くエリッタに、驚いたルデルト王子は咄嗟にさっきまで自分の腕を掴んで居たエリッタの手を掴み自分の方へと引っ張った。ルデルト王子が思って居た程倒れて行くエリッタを引っ張り上げるのに大した力は要らなかった様で、少し力を入れただけで簡単にエリッタはルデルト王子の腕の中へと導かれた。
「び、吃驚しました…!」
「お前、ほんと馬鹿だろ…」
ルデルト王子に引っ張り上げられたお蔭で、怪我一つ無いエリッタは、ルデルト王子の腕の中でバクバクと煩い心臓と共に、暢気な感想を呟いて居た。そんなエリッタに、ルデルト王子は溜息と共に腕の中のエリッタを見下ろす。すっぽりとルデルト王子の腕の中に納まったエリッタを、ルデルト王子は何と無しに見下ろして居た。しかしルデルト王子からは、エリッタは俯いて居る為頭しか見えない。
今もまだぶつぶつと、吃驚しただの頭をぶつける所だっただの、床に受け身も無しに倒れて居たら全身強打して大変だっただのと、胸を撫で下ろしながらそんな事を一人言って居た。
ルデルト王子はそんな何時も通りのエリッタに、少しほっとして居た。頭を打って居たら、こんなエリッタでも流石にヤバかっただろうと、心配して居るのだろうが少し失礼な事を考えて居たルデルト王子に、そんなルデルト王子の考えて居る事が分かったかの様に、急にバッとエリッタが顔を上げ見下ろして居たルデルト王子を見上げた。
ぼーっとエリッタを見つめたままだったルデルト王子は、急にエリッタが顔を上げた為、バチリと至近距離で顔を合わせる事になってしまった。
「ルデルト様、危ない所を助けて頂き、有り難う御座いました! ルデルト様のお蔭で、私最悪の事態を回避する事が出来ましたっ」
「あ、ああ…」
後少しルデルト王子が顔を下げれば触れてしまいそうな程近いエリッタとルデルト王子の顔。しかしエリッタはそんな近いルデルト王子の顔も気にして居ないのか、其れ共気付いて居ないだけなのか、満面の笑みでルデルト王子にお礼の言葉を告げた。だがルデルト王子の方は、其れ所では無かった。
エリッタとの顔の近さに、其処で漸く自分がエリッタを抱き締めて居る様な形になって居る事に気付いた。しかし気付きはしたが、自分がエリッタを抱き締めて居る事にも、少し動けば唇が触れる距離なのも、今のルデルト王子にはその出来事が一気に起こってしまった為、脳はその事態を直ぐに処理する事が出来ずに居た。
ショート寸前の頭を抱えたままのルデルト王子は、その場で硬直して居る事しか出来ず、しかし流石にエリッタもそんな様子のオカシイルデルト王子に気付いたのか、大丈夫かとじっと見つめる。
「ルデルト様、どうしたのですか? まさか…お加減でも悪くなってしまったのでは!」
石の様に硬直したままのルデルト王子に、エリッタは更に顔を近付け熱が有るのかもしれないと額に手を当て熱を測る。しかし更に近くなったエリッタの顔と、額に触れたエリッタの手にルデルト王子はビクッと体を跳ねさせた。体を跳ねさせたルデルト王子も気にせず、エリッタは熱が無い様でよかったと胸を撫で下ろし、笑みを溢していた。
な、何だこれ……!
ドクドク煩い自分の心臓に、ルデルト王子は内心かなり動揺して居た。いきなりエリッタの顔が近くに有ったから驚いただけだと思って居たルデルト王子だったが、謎の動悸は全く治まる事を知らず、今もその存在を主張して居る。今までに無いそんな自分の体の異変に、ルデルト王子はずっと有り得ないと、そんな事有る訳無いと思って居た事を明確に、ルデルト王子に自覚させた。
「え、ルデルト様……?」
唐突に、何の前触れも無く、エリッタはルデルト王子に抱き締められて居た。さっきまでの、軽く腕を回されて居たのとは違く、今はぎゅっと抱き締めるのが目的な様にエリッタの肩と腰に、ルデルト王子の腕が回されて居る。
此れにはエリッタも何が起きたのかと、ルデルト王子を見上げた。しかしルデルト王子はそんなエリッタの視線から逃げるかの様に、エリッタの肩へと額を押し付けて居た。急な事に、エリッタもどうした物かと困ってしまう。何度ルデルト王子を呼んでも、ルデルト王子は一切反応せず、只エリッタの体を抱き締めて居る。
まるで子供が親に甘える様なそのルデルト王子の姿に、エリッタは困った様に笑みを溢して、自分もルデルト王子の背中へと腕を回した。
「どうなさったのですか? ルデルト様」
「……」
「黙って居ては、流石の私でも分かりませんよ?」
「……」
「ルデルト様?」
「……別に」
何度目かのエリッタの問い掛けに、ルデルト王子は漸く答えた。しかしルデルト王子は一言答えただけで、後は何も言わなかった。突然変わったルデルト王子の態度に、エリッタはふふっと笑い、ルデルト王子の背をポンポンと優しく叩いて行く。
「私は、此処に居りますよ」
「……」
「何処にも行ったり等、致しませんよ?」
「……」
エリッタは、ルデルト王子が不安になったのだと思い、小さな子に言い聞かせる様に、背中を叩くリズムと同じ様に、優しく囁いて行った。
何時も読んで下さりありがとうございます!
今回は何時もと違う仕上がりになりました。
どうでしょうか?(汗)ほんと苦手です><




