第二十四章 招かれざる客
先頭を歩いていたのは、前を開けたベストを着て、鍛え上げられた胸筋を露わにしたスキンヘッドの大男だった。腕には荒々しい紋様の刺青が刻まれ、肩で風を切るように堂々と歩いている。
その両脇には、小柄で痩せた体つきの、いかにもずる賢そうな目をした短髪の男が二人付き従っていた。
「兄貴! 闘気学院への入学、おめでとうございます! 兄貴ほどの実力があれば、将来は間違いなくS級抗魔士になれますよ!」
左側の子分が腰を低くして、媚びるように褒めちぎった。
「まったくそのとおりですぜ! これでもう兄貴を舐めた態度を取れる奴なんていませんよ! 闘気学院は誰でも入れるようなところじゃありませんからね。今回ばかりは俺たちまで鼻が高いっす!」
右側の子分もすかさず調子を合わせた。
「これから兄貴も正式な抗魔士になるんですから、俺たち二人のこともよろしく頼みますよ!」
大男はすっかり上機嫌になり、下品な笑い声を上げると、子分の一人の頭を無造作に叩いた。
パンッ、と乾いた音が響く。
「ガハハハ! 安心して俺様についてこい! これからはいい思いをさせてやるからよ!」
二人に散々持ち上げられて気をよくしていた大男は、ふと顔を上げた。
その視線の先にいたのは、向こうから歩いてくる武と由美子だった。
由美子の姿を目にした途端、大男の目つきが変わった。
大男は由美子の身体を舐め回すように眺め、口元にいやらしい笑みを浮かべた。
「ちっ……とんでもねえ上玉じゃねえか。このクソみてえな場所に来てからずっと溜まってたんだ。今日はちょうどいい獲物が見つかったぜ……」
まるで由美子がすでに自分のものになったかのように、大男は低くつぶやいた。
そして進む方向を変え、二人に向かって大股で歩き始めた。
子分たちもすぐに意図を察し、その後を追った。
「おい! ちょっと待ちな!」
大男が武と由美子の前に立ちはだかる。
二人の子分も左右に回り込み、逃げ道を塞いだ。
「おい、姉ちゃん。そんな優男なんか放っといて、今夜は俺様についてこいよ。気持ちよすぎてパパって呼びたくなるくらい、たっぷり可愛がってやるぜ?」
大男は下卑た笑みを浮かべ、遠慮なく由美子の身体を眺め回した。
子分たちも傍らで卑しい笑い声を漏らしている。
由美子の顔から血の気が引き、反射的に武の背後へ身を寄せた。
武は眉をひそめた。
胸の奥で怒りが燃え上がる。
つい先ほど懸念していたことが、もう現実になってしまった。
この混乱に乗じて弱者を食い物にする連中が現れることは、十分予想していた。
まさか、こんなにも早く遭遇するとは思わなかったが。
母さんがここ数日、ずっと緊急救護区域にいてくれたのは幸いだった。
そうでなければ、こうした連中に何度絡まれていたかわからない。
武は由美子を完全に背後へかばい、大男を冷たい目で見据えた。
「さっさと失せろ。俺を怒らせる前にな」
同時に、武はさりげなく周囲の様子を探った。
少し離れた後方では、先ほどから二人のあとをつけていた避難民たちが、相変わらずこそこそとこちらをうかがっている。
(ちっ……まだいるのか……)
目の前にいる三人のクズを今すぐ地面に埋めてやりたいところだったが、武は手を出さずにいた。
白鳩収容特区の法律がどうなっているのか、まだ把握していない。
ここで騒ぎを起こせば、破格生としての資格に影響する可能性もある。
安全な住まいを確実に手に入れるためには、今は我慢するのが得策だ。
だからこそ、武はすぐには動かなかった。
少なくとも、相手が先に手を出すまでは。
しかし、大男は武に冷たい目で睨まれ、自分の威厳を脅かされたと感じたらしい。
その顔が怒りで醜く歪んだ。
「ハハッ! この俺様に失せろだと? とんだ笑い話じゃねえか!」
大男は怒鳴り声を上げた。
「てめえ、俺様が誰だかわかってんのか!?」
「さっきの募集試験じゃ、大勢の前で巨大な岩を五つも軽々とぶっ壊してやったんだぜ! 俺様の勇姿を見てなかったのかよ!」
大男はわざとらしく構えを取り、自慢の筋肉を見せつけた。
「そうですぜ、兄貴! おい、そこの兄ちゃん。うちの兄貴は試験官からも大勢の前で褒められたんだぞ! 戦闘力は八階の闘気師に迫るほどだって言われたんだからな! 痛い目を見たくなきゃ、その女を置いてさっさと失せな!」
左側の子分はそう言いながら、由美子の身体をいやらしい目で眺め回した。
「ちょっと待ってください、兄貴!」
もう一人の子分が手を挙げた。
「俺、記憶力には自信があるんですけど、さっきの募集試験にこんな優男、絶対いませんでしたよ!」
「ほう? そうなのか!」
大男は片眉を吊り上げた。
「なるほどなぁ! 優男って呼んだのも間違いじゃなかったってわけか! 募集試験に参加する度胸すらなかったとはな!」
「間違いありません! あれだけ大勢の受験者がいましたけど、こいつの顔は一度も見てませんから!」
「ガハハハハ!」
大男はますます調子に乗って笑い始めた。
だが、そのやり取りを聞いていた武も、少し困惑していた。
(……俺も、こいつらを見た覚えがないんだが)
募集試験のとき、武は不確定要素を排除するため、会場にいた人間を一通り確認していた。
その中に、この三人の姿はなかったはずだ。
顔を隠していた連中の誰かでない限り、間違いない。
それに、巨大な岩を砕く試験なんてあっただろうか。
自分が受けたのは、魔力量を測る水晶玉の検査と、幻境での試験だけだった。
そこまで考えたところで、武はある可能性に思い至った。
(……なるほど、そういうことか)
彼らが言っている募集試験は、最初に訪れたあの屋外広場で行われたものなのだろう。
一方、自分は係員に案内され、別の、人目につきにくい募集会場へ連れていかれた。
話が食い違うのも当然だ。
試験会場だけでなく、試験内容まで異なっているのなら、今回の募集試験には何らかの段階分けが存在するのかもしれない。
学院側は、受験者の実力やほかの条件をもとに、あらかじめ難易度の異なる試験を用意していたのではないか。
(だとしたら、何のために? それに、何を基準に振り分けているんだ?)
少なくとも、学院側は受験者全員を同じように扱っているわけではなさそうだ。
そうでなければ、わざわざ試験を分ける必要がない。
(まあ、それならそれで好都合か)
相手がその程度の受験者なら、ここで手を出しても、それほど大きな問題にはならないだろう。
いざとなれば、アイリーン学院長が何とかしてくれるだろう。
「ハハハッ! どうした? 怖くて声も出なくなったか?」
大男は勝ち誇ったように一歩踏み出し、武へ威圧的に迫った。
そして、太い指を武の胸元にぐいと押しつけた。
「おい! 俺様が話しかけてんだぞ! 耳が聞こえねえのか!」
「はぁ……どうやら、考えすぎだったみたいだな」
武は小さくため息をついた。
言い終わると同時に、胸元に押しつけられていた指をつかみ、そのまま上へ九十度折り曲げた。
ゴキッ。
耳障りな関節の音が響く。
「ぎゃああああああっ!?」
大男は凄まじい悲鳴を上げ、激痛に顔を歪めた。
だが、相手が状況を理解するよりも早く、武の脚が動いた。
その蹴りが、大男の腹部に深々と突き刺さる。
ドンッ!
鈍い衝撃音とともに、その巨体がぼろ袋のように五メートルほど吹き飛び、地面に激しく叩きつけられた。
「ぐっ……う、ぐぅ……」
苦しげに身体を丸めたものの、起き上がる間もなく白目をむき、そのまま意識を失った。
「自慢の勇姿を見せてくれるんじゃなかったのか? もう終わりか?」
武はゆっくりと脚を下ろした。
その表情に、大きな変化はなかった。
「さて……あとはお前らか……」
武の視線が、傍らで固まっている二人の子分へ向けられた。
「ひぃぃぃぃぃっ!?」
あまりにも予想外の展開に、二人は魂が抜けたような悲鳴を上げた。
転びそうになりながら大男のもとへ駆け寄る。
そこでようやく、兄貴分が完全に意識を失っていることに気づいた。
「あ、兄貴ぃ……!」
二人はそれ以上何も言わず、慌てて大男の身体を左右から抱え上げた。
そして、負け犬のように無様な姿をさらしながら、その場から逃げ去っていった。
武は三人の背中を見送り、目に宿っていた冷たい光をようやく和らげた。
それから振り返り、ずっと背後にかばっていた由美子へ目を向ける。
由美子はまだ恐怖から立ち直れていないようだった。
青ざめた顔に怯えの色を残したまま、周囲にもう危険がないことを確かめると、ようやく長く息を吐いた。
「武くん、大丈夫? 怪我してない?」
由美子は心配そうに手を伸ばし、武の胸元を丁寧に確かめ始めた。
「心配しないで、母さん。俺は平気だよ。先に『手』を出したのは向こうなんだから、正当防衛ってやつさ」
武は冗談めかして言い、少しでも場の空気を和らげようとした。
由美子は武が本当に怪我をしていないことを確かめ、ようやく少しだけ安心した様子を見せた。
武は周囲を見回した。
先ほどまでこちらをうかがっていた避難民たちも、いつの間にか姿を消していた。
ふと空を見上げると、辺りはすでに薄暗くなっていた。
武の胸に、再び焦りが込み上げる。
「もうこんな時間だ。母さん、少し急ごう」
武は由美子の手を取り、歩き出した。
(アイリーン学院長の約束が本当ならいいんだけどな……)
そうでなければ、今夜は収容センターで一晩をやり過ごすしかない。
二人は足を速め、緊急救護区域へと向かった。
その頃――。
街道から少し離れた小高い丘の上。
四つの人影が、武の去っていった方向を静かに見つめていた。
そのうち三人は、身体をすっぽりと覆う黒いローブをまとい、顔も体つきも深い影の中に隠している。
残る一人だけは、ほかの三人とはまるで違う格好をしていた。
古風な衣装を身にまとい、頭には笠をかぶり、手には折り畳み式の扇子を持っている。
「彼なのか?」
黒衣の一人が、最初に口を開いた。
「違うみたいですね」
別の一人が、淡々と答える。
「だから言っただろう。魔力もろくにない避難民を何人か操って探りを入れたところで、意味なんかないって。それならB級抗魔士を何人か操って、一斉に襲わせたほうが早い」
「見つけられるなら、の話だろう」
黒衣の一人が、取り合わずに返した。
「それに、我々は彼と戦いに来たわけじゃない」
三人目が苛立たしげに舌打ちしたが、それ以上は言い返さなかった。
「そういえば、お前は前に彼のすぐそばまで行ったことがあったな?」
「あれは反応しなかったのか?」
「しませんでしたね」
問いかけられた黒衣の人物は、静かに首を横に振った。
「彼の体内に奇妙な力が存在しているのは確かですが、私たちが探しているものではありません」
「つまり、また外れだったってことか?」
「まあ、候補を一人減らせたと思えばいいでしょう」
そのとき、ずっと傍らで黙っていた古風な衣装の男が、ようやく口を開いた。
「おやおや。どうやら、今日のお芝居もそろそろ幕引きのようですね」
男は小さく笑い、手にしていた扇子をぱちんと閉じた。
「それじゃ、私は一足先に失礼しますよ。何かあったら、また連絡してくださいね」
言い終えるや否や、その姿は跡形もなく消え去った。
まるで、最初からそこには誰もいなかったかのように。
残された三人の黒衣の人物は、それを見ても驚いた様子を見せなかった。
「あいつを放っておいていいのか? 募集試験で一位まで取ってるんだぞ」
「構わん。この任務がいつ終わるかもわからないんだ。好きにさせておけ」
「はぁ……俺はさっさと任務を終わらせて帰りたいだけなのに。なんでこんなに面倒なんだよ……」
「それで、次はどうする? どこを探すんだ?」
黒衣の一人が尋ねた。
「ふむ……」
先頭に立つ黒衣の人物は、しばらく考え込んだ。
やがて、遠くに街の明かりが灯り始めた大都市へと視線を向ける。
「まずは、ほかの者を調べてみよう」




