第二十章 巨大ゴーレム
# 第二十章 巨型魔像
重厚な石の扉が、低い摩擦音とともにゆっくりと左右に開いていく。
足元に微かな振動が伝わり、広がっていく扉の隙間から、淡い光が漏れ出した。
武・伊勢は気負う様子もなく石の扉をくぐった。
その先に広がっていたのは、驚くほど広大な円形の石室だった。
周囲の壁には淡い青色の光を放つ水晶が埋め込まれ、左右にはそれぞれ二階の足場へと続く階段が設けられている。
武は室内をざっと見渡し、三つの特徴的なものに目を留めた。
一つ目は、天井から吊り下げられた巨大な紫色の鉱石だ。表面には時折、小さな紫色の電光が走り、錆びついた細長い鉄鎖一本で宙に固定されていた。
二つ目は、石室の隅に積み上げられた数十個の火薬樽。
そして三つ目は、二階の足場に設置された数基の巨大な弩砲だった。
石室の中央には、高さ五メートルほどもある巨大な石像がそびえ立っていた。
その身体は灰黒色の巨石を組み合わせて造られており、両腕は異様なほど太い。頭部の中央には深い十字形の溝が刻まれ、両脚は地面に深く埋まっている。
胸には巨大な青い魔核が埋め込まれ、明滅する光を放っていた。
巨大な石像は頭を垂れ、両腕を身体の脇にだらりと下げたまま、動く気配を見せなかった。
「んー……どうやらここが最後みたいだな?」
武は周囲を見回した。
ほかに出口らしきものは見当たらず、この石室には背後の石の扉と、中央に立つ巨大な石像しかない。
再び石像へ目を向けたとき、見慣れた文字が浮かび上がった。
【レベル42】【巨大ゴーレム】
「おっ! レベル四十二か。さっきのスケルトンナイトより十二も高いじゃないか。いきなり難易度が上がりすぎじゃないか?」
武の傍らに紫色の炎がゆっくりと浮かび上がり、ディゼルの声が響いた。
「小僧、気をつけろ。こやつはB級魔物の巨大ゴーレムだ。攻撃力が凄まじいだけでなく、防御力も魔法耐性も相当に高い」
「大丈夫だって。レベル四十二なら、まだそこまで高くない」
「?」
「周りの仕掛けには気づいておるか? あれらの用途はおそらく……」
「まあ待ってろよ。まずは俺に試させてくれ」
言い終わるより早く、武は駆け出していた。
武が巨大ゴーレムの間合いへ踏み込んだ途端、その胸の魔核が強く輝き始めた。
それまで薄暗かった頭部の十字形の溝にも、眩い青い光が灯る。
巨大ゴーレムはゆっくりと頭を持ち上げた。
石と石が擦れ合う鈍い音を立てながら、巨石の一つひとつが関節に沿って動き、巨大な身体が起き上がっていく。
武は巨大ゴーレムの側面へ回り込み、脚を狙って長剣を横薙ぎにした。
銀白色の刃が灰黒色の岩肌に激突する。
しかし、その表面に残ったのは浅い白い傷だけだった。
「硬いな、こいつ」
武がそう呟いた直後、巨大ゴーレムが右脚を持ち上げた。
重い足が地面を踏みつけ、石室全体が激しく揺れる。周囲の小石が高く跳ね上がった。
武が横へ身をかわすと、次の瞬間、巨大な石の拳が頭上から振り下ろされた。
床を覆う石板が轟音とともに砕け散り、大量の破片が土煙とともに四方へ飛び散る。
その衝撃で、近くの石柱までもが微かに震えた。
だが、石の拳の下に武の姿はなかった。
「思ったより動きが速いな」
武は数メートル先に立ち、ゆっくりと拳を持ち上げる巨大ゴーレムを見つめていた。
巨大ゴーレムが頭を回す。
十字形の溝から放たれる青い光が再び武を捉え、巨体が彼の方へ動き始めた。
武は後退しなかった。
長剣を両手で握り直し、膝を軽く曲げ、重心を落とす。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
口元から静かに息を吐き出すと、全身の力を少しずつ抜いていく。
巨大ゴーレムはすでに目の前まで迫っていた。
太い石の腕が猛烈な風圧を伴い、正面から襲いかかる。
武は目を見開いた。
一歩前へ踏み込み、腰をひねる。
全身の力を両腕へ集中させ、銀白色の長剣を前方へ振り抜いた!
刃が空気を切り裂くと同時に、目に見えるほど強烈な衝撃が剣の軌道に沿って放たれた。
前方の石板が次々と砕け、床には深い亀裂が一直線に刻まれる。
巨大ゴーレムの攻撃が武に届くより早く、正面から放たれた衝撃がその巨体を直撃した。
鈍い轟音が石室に響き渡る。
巨大な身体がぐらりと揺れ、巨大ゴーレムは数歩も後ろへよろめいた。
胸と左肩には、大きな亀裂が走っていた。
「ははっ! 結構効いてるじゃないか!」
武は満足げに笑った。
ディゼルは何も答えなかった。
目の前で起きたことが、どうにも理解できなかったのだ。
おかしい……あまりにもおかしい。
今の一撃には、魔力が一切込められていなかった。
ただ剣を振るった際に生じた衝撃だけで、防御力の高さで知られる巨大ゴーレムを後退させたというのか?
吾の記憶が正しければ、巨大ゴーレムは通常、複数の抗魔士が役割を分担し、連携してようやく討伐できる相手だ。
なぜなら、こやつには目に見える弱点が存在しない。
胸に露出している青い魔核のようなものは、弱点に見せかけた偽装にすぎない。本物の魔核は、その奥に隠されている。
つまり、どこから攻撃しようとも、あの高い防御力と魔法耐性を突破しなければならない。
それこそが、巨大ゴーレムがB級魔物に分類される理由の一つでもあった。
ディゼルは当初、「憤怒」の力を貸し与え、武が巨大ゴーレムの防御を突破する手助けをするつもりだった。
だが、どうやら余計な心配だったらしい。
いや……待て。
あるいは、もう一つの可能性が……。
この幻境にいる巨大ゴーレムは、意図的に弱体化されているのではないか?
ディゼルが思案を巡らせている間に、巨大ゴーレムはすでに体勢を立て直していた。
胸の青い結晶が、激しく点滅し始める。
「ん?」
武は目を細めた。
巨大ゴーレムは両腕を下ろし、ゆっくりと身体をまっすぐに伸ばした。
頭部の十字形の溝から放たれる青い光が、次第に強さを増していく。
次の瞬間、灼熱の青い光線が十字形の溝から放たれた!
光線は地面を横薙ぎにし、通り過ぎた場所の石板を次々と吹き飛ばしていく。
武は目つきを鋭くし、即座に横へ何度も転がって光線をかわした。
青い光線がすぐ傍をかすめ、焼けつくような熱気が肌を撫でる。
光線はそのまま遠くの石壁へ激突し、巨大な穴を穿った。
無数の石片が雨のように降り注ぐ。
武は立ち上がると、再び巨大ゴーレムへ目を向けた。
ところが、相手は動きを止めていた。
先ほどまで眩しく輝いていた十字形の溝も、徐々に暗くなっていく。
巨大な身体は同じ姿勢のまま、ぴくりとも動かなかった。
「どうやら、次は俺の番みたいだな」
武は自信ありげに笑い、地面を蹴って駆け出した。
巨大ゴーレムの膝に足をかけ、その勢いを利用して跳び上がる。
長剣の切っ先を青い結晶の中央へ向け、力いっぱい突き刺した。
滑らかだった青い表面に亀裂が走り、小さな破片が刃に沿って剥がれ落ちる。
武がさらに攻撃を加えようとした、そのときだった。
巨大ゴーレムの頭部に刻まれた十字形の溝が再び光り始める。
左腕が勢いよく持ち上がり、目の前の武へ振り払われた。
武は長剣を引き抜き、後方へ跳躍した。
巨大な石の掌が眼前を通り過ぎ、激しい風圧が吹きつける。
空中で身体をひねった武は、視線を上方へ走らせた。
そして、口元に笑みを浮かべた。
「まだ終わりじゃないぞ!」
武は手にしていた長剣を天井へ向けて投げ放った!
銀白色の刃が空気を切り裂き、狙い澄ましたように鉄鎖を直撃する。
紫色の雷光をまとった巨大な鉱石が支えを失い、真下へ落下した。
そのまま巨大ゴーレムの身体へ激突する!
耳をつんざく衝突音とともに、無数の紫色の電光が巨大ゴーレムの全身を駆け巡った。
巨体がびくりと硬直し、胸の青い結晶が再び暗くなる。
「ははっ! やっぱりな!」
武はその隙を逃さず、再び巨大ゴーレムの正面へ回り込んだ。
亀裂だらけの青い結晶を見上げ、にやりと笑う。
「さあ、次はお前の魔核と俺の拳、どっちが硬いか勝負しようぜ!」
武は両拳を次々と繰り出し、青い結晶へ猛烈な連打を浴びせた。
ドン! ドン! ドン!
拳が豪雨のように降り注ぎ、一撃ごとに鈍い衝突音が響く。
青い結晶の破片が次々と剥がれ落ち、表面全体に亀裂が広がっていった。
巨大ゴーレムの胸部が激しく震え、周囲の分厚い岩石にも亀裂が走り始める。
「うおおおおっ!」
武は最後の一撃を、青い結晶の中央へ叩き込んだ!
ドゴンッ!
青い結晶が轟音とともに砕け散り、無数の破片が四方へ飛散する。
その奥から、偽装に隠されていた本物の魔核が姿を現した。
武はそれを片手でつかみ、そのまま握り潰した。
まだ微かに痙攣していた巨体が、完全に動きを止める。
頭部の青い光が消え去ると、巨大ゴーレムの身体が崩れ始めた。
両腕や両脚を構成していた巨石が次々と剥がれ落ちる。
五メートルもの巨体は支えを失い、轟音とともに崩壊して、無数の石塊となって床へ散らばった。
ピロン!
石室に澄んだ通知音が響いた。
続いて、武の目の前に淡い青色の文字が数行浮かび上がる。
【受験者「武・伊勢」】
【幻境クリア、おめでとうございます】
【クリアタイム:3分52秒】
【10秒後、自動的に幻境から退出します】
十秒後、武の視界が暗闇に包まれた。
再び目を開けると、そこは見慣れた募集会場だった。
右手に温かな感触が伝わってくる。
視線を落とすと、母親が両手で自分の右手を優しく握っていた。
武の動きに気づいたのか、由美子が慌てて顔を上げた。
「武くん! 戻ってきたの?」




