第十九章 先天闘気聖体
「そんな馬鹿な……」
アタルは目を見開き、観察席の前方に設置された投影スクリーンを食い入るように見つめていた。
「なぜ闘気すら使っていない人間が、あれほど簡単にスケルトンナイトを倒せるのだ!?」
勢いよく席から立ち上がり、スクリーンを指さす。その顔には、信じられないという表情が浮かんでいた。
突然の叫び声に、それぞれ受験者を観察していた学院長たちが一斉に振り返った。
「どうしたんですか? 何かあったんですか?」
真っ先に声をかけたのはアイリーンだった。
「武・伊勢という受験者が、肉体の力だけでスケルトンナイトを倒したのだ!」
「はあ? 爺さん、頭でもおかしくなったの? あんたの学院の人間なら、適当に一人選んでもできることでしょ? そんなに騒ぐこと?」
グラシアは腕を組み、思わず鼻で笑った。
「だから! 肉体の力だけだと言っておるのだ!」
アタルはさらに声を張り上げ、もう一度強調した。
その言葉に、その場にいた学院長たちも、ようやく事態がそう単純ではないことに気づき始めた。
「待って……闘気を一切使わずに魔物を倒したってこと?」
グラシアの余裕に満ちた表情が、徐々に消えていった。
「そのとおりだ!」
アタルは即座に答えた。
「そんなのあり得ないでしょ! 闘気も魔力も使わなかったら、普通の人間じゃ小型の魔物一匹すら倒せないわよ。どうやったっていうの?」
「もしかして、あの剣のおかげではありませんか?」
アイリーンはスクリーンに映る銀白色の長剣に目を向け、自分の考えを口にした。
「奴らは意識だけが中に入っておるのだぞ。忘れたのか?」
アタルはすぐに反論した。
「戦闘が始まってから終わるまで、わしはずっと奴の動きを見ておった。闘気が流れる兆候は一切なく、身体強化魔術を発動した反応もなかった! これが何を意味するか分かるか!?」
アタルは両手を広げ、天井を仰ぎながら興奮した様子で語った。
観察席にいた一同は、しばし沈黙した。
「つまり……あの子の肉体そのものに、それだけの力があるということですか?」
アイリーンは小さく首をかしげ、スクリーンの中の武・伊勢を見つめた。
「まさしくそのとおりだ! 肉体を鍛えることを専門とする闘気師でさえ、常人をはるかに超える力を発揮するには、闘気で身体を強化せねばならぬ。だが、あの小僧は違う! 動きから闘気の波動が一切感じられぬというのに、あれほどのことを軽々とやってのけたのだ!」
アタルは話すほどに興奮を募らせていった。
「闘気があまりにも微弱で、見逃したという可能性はありませんか? 確か、あの子は閉塞体質だったはず……あれ?」
アイリーンはそこまで言いかけ、自分でも疑問を覚えた。
「ようやく矛盾に気づいたか」
アタルはため息をついた。
「そもそも闘気とは、男性の乏しい魔力を補うために生み出された戦闘体系なのだ。その本質は、魔力の応用にすぎぬ」
「闘気術の原理はそう複雑ではない。魔力を衣のように全身にまとわせ、戦闘に応じて必要な部位へ自在に移動させるのだ」
アタルが右手を差し出すと、腕の表面に淡い光が浮かび上がった。
その光は薄い膜のように肌に密着し、彼の意思に従ってゆっくりと流れ、最後には拳へと集中した。
「だが、閉塞体質の者にはこれができぬ。まるで皮膚に呪いでもかけられているかのように、いかなる魔力も肌に定着しないのだ。そのため、体内の魔力は身体のあちこちからわずかに漏れ出すだけで、体表を移動させることができず、闘気術を使うこともできぬ」
アタルは説明を続けた。
「では、あの受験者は本当に肉体の力だけで戦っているということですか?」
アイリーンは驚いた表情を浮かべた。
「本当に闘気を一切使っていないと断言できるのか?」
それまで黙っていた南宮が、珍しく自らアタルに問いかけた。
「わしは闘気学院の学院長だぞ。見誤るとでも思うか?」
その言葉を聞いたグラシアは表情を変え、目を細めて考え込んだ。
「闘気も魔術も使っていないのなら、その力をどう説明する?」
南宮は核心を突くように尋ねた。
「考えられる可能性は一つしかない! あの小僧は先天闘気聖体なのだ!」
アタルは人差し指を立て、断言した。
「先天闘気聖体!?」
その名が口にされた途端、その場にいたすべての学院長の表情が明らかに変わった。
先天闘気聖体とは、あらゆる闘気体質の中でも頂点に位置する存在である。
その持ち主は一切の修練を必要とせず、体内の魔力回路を魔力が自動的に巡り、最も純粋な神級闘気を生み出す。
生まれながらに備わった闘気の鎧は、あらゆる攻撃から身を守り、凝縮した闘気による攻撃は天地をも滅ぼすほどの威力を発揮する。さらに、はるか遠方の標的を狙撃することさえ可能であり、神級闘気はさまざまな精神支配をも無効化する。
長時間にわたって激しい消耗を強いられたとしても、その身体は周囲の空気から魔力を自動的に取り込み、闘気へと変換し続ける。
まさに永久機関のような存在だった。
あまりにも常識外れな能力を持つことから、先天闘気聖体は「清浄聖体」「元素聖体」と並び、大陸の三大聖体と称されている。
「あり得ないわ! 歴史上、先天闘気聖体だったのは闘帝ただ一人よ! どうしてあんな青二才がそうだっていうの!」
グラシアは勢いよく椅子の肘掛けを叩いた。
「それに、先天闘気聖体は空気中の魔力を闘気に変えられるんでしょ? 閉塞体質にはそんなことできないじゃない!」
「お前も忘れるでないぞ。闘帝も最初は閉塞体質と判定されておったのだ。その後、数え切れぬほどの戦いを経て、先天闘気聖体の存在を証明したのだぞ」
アタルはグラシアを一瞥して言った。
闘帝の偉業は、ユハナ王国では知らぬ者がいないほど有名だった。
伝説によれば、彼は拳で天を割り、掌で大地を切り開いたという。
妖魔が跋扈し、戦火の絶えなかった時代。
彼はたった一人で十大妖王を相手に、一歩も引けを取らずに戦い抜いた。その身一つで万妖国の戦線を押し返し、闘気という戦闘体系を、その時代の頂点へと導いた。
その生涯そのものが、一つの伝説だった。
彼は歴史上唯一、人の身で神の領域へと到達した存在であり、すべての闘気師にとって永遠の信仰の対象でもあった。
現在もその神像は闘気学院の聖殿に高々と祀られている。
そして先天闘気聖体は、闘帝の力を受け継ぐ証と見なされ、闘気学院において至高の地位を占めていた。
「この世で、わし以上に闘帝を理解しておる者などおらぬ」
アタルはある人物を見やり、鼻で笑った。
「ふん! だから何? 闘帝という支柱を失ってから、闘気という戦闘体系はわずか数十年で衰退し始めたじゃない。結局、誰からも見向きもされなくなって、今じゃ学院の片隅で細々と生き延びてるだけ。過去の栄光にすがって、ちっぽけな自尊心を保つのが精いっぱいなんでしょ?」
グラシアは冷たく鼻を鳴らし、軽蔑を隠そうともしなかった。
「き、貴様……!」
アタルの顔は真っ赤になり、怒りのあまり言葉が続かなかった。
「何よ、文句あるの? ここ数年の学院ランキングで、闘気学院が何位だったか、わざわざ読み上げてあげようか?」
グラシアの声には、あからさまな挑発が込められていた。
「どこまで人を愚弄するつもりだ! どうやら今日は、お前の目上の者に代わって、わしがしっかりと躾けてやらねばならぬようだな!」
そう言い終えると、アタルの身体が急速に膨れ上がり始めた。
盛り上がった筋肉が衣服を内側から押し広げ、布地が今にも裂けそうなほど張り詰める。
凄まじい威圧感が観察席全体を包み込んだ。
「ははっ、やる気? ようやくアストラ総学園から、資源を食い潰す害虫を一匹駆除できるってわけね」
グラシアは獰猛な笑みを浮かべ、腰に下げた革鞭を引き抜いた。
鞭から冷たい寒気が放たれ、室内の温度が一気に下がっていく。
二人が今にも衝突しようとした、そのときだった。
コツン!
杖が床を叩く音が響いた。
決して大きな音ではなかった。
それでも、戦いを始めようとしていた二人は同時に動きを止めた。
「そこまでです」
モグがゆっくりと口を開いた。
その声は穏やかで落ち着いていたが、誰にも逆らわせない威厳があった。
「武・伊勢がどのような存在であろうと、現時点では、彼が先天闘気聖体であると証明するだけの根拠はありません」
「それに、あなた方の本来の仕事は、試験を受けている一人ひとりの受験者に目を向け、学院にとって最も将来性のある人材を見つけ出すことです。確証のない推測を巡って、ここで言い争うことではありません」
モグはその場にいる学院長たちを見渡した。
「分かったわい……」
アタルは不満げに力を収めた。
膨れ上がっていた身体は、徐々に元の大きさへと戻っていく。
グラシアも冷たく鼻を鳴らすと、革鞭を腰に戻し、何事もなかったかのように自分の席へ座り直した。
二人の力が消えるにつれ、観察席にはようやく静けさが戻った。
しかし、「先天闘気聖体」という名は、すでに学院長たち全員の心に深く刻み込まれていた。
席に戻ったアタルの視線は、なおも武・伊勢が映る投影スクリーンに注がれていた。
画面の中では、武・伊勢がすでに石の扉を開き、模擬幻境の最後の空間へと足を踏み入れていた。




