第70話:王都の安寧と、世界の広がり
旧黒銀鉱山の崩落から二日後。
朝日が優しく差し込む王都ギルド本部の医務室で、心地よい風がカーテンを揺らしていた。
「——本当に、ありがとうな。蓮」
ベッドに体を起こしたゴルドが、重厚な声を響かせた。
包帯で巻かれた手で僕の腕を固く握りしめる。
その目には、あふれんばかりの感謝と安堵の色が浮かんでいた。
隣のベッドではカルムもすっかり意識を取り戻しており、ライラが甲斐甲斐しくリンゴの皮を剥いている。
「ゴルドさんたちの傷も、無事に回復に向かっていて本当に良かったです」
僕は心から安堵の笑みを浮かべた。
佐藤の身柄は、僕たちが王都へ連れ帰った後、冒険者ギルドと王都騎士団の共同監視下に置かれた。
寄生核の洗脳から解放された彼は、自身の犯した罪を素直に認め、ギルドの取調べに全面協力している。
ゴルドたち『鉄壁の角笛』への補償や罰則については、今後ギルドの正式な裁定によって下されることになったが、彼自身も誠実に向き合う意思を示しているという。
「奴から聞いたぞ……」
ゴルドが苦笑いを浮かべながら呟く。
「あの異形の防壁を、お前はたった一本の矢で……しかも肉体を傷つけずに『寄生核』だけを撃ち砕いて取り除いたんだってな。まったく、お前の弓の腕には毎回腰が抜けるぜ」
「あたしたちのサポートもあったけどね!」
胸を張って割り込んできたウィネットに、部屋全体が温かな笑いに包まれた。
医務室を後にした僕たちは、ギルド長室へと呼び出された。
重厚な扉の奥で待っていたのは、王都ギルドの長——厳格な佇まいを見せる老剣士だった。
「橘蓮、そしてシルフ、ウィネット。今回の『旧黒銀鉱山』における佐藤の無力化、ならびに寄生魔獣群の討伐……見事であった」
ギルド長は羊皮紙の書状を僕たちの前に差し出した。
「君たちの功績は、王都の危機を未然に防いだ特大なものだ。よって、冒険者ランクの昇格を認める。……本日より、君たちを『Aランク冒険者』として認可する」
「Aランク……!」
シルフが感極まったように口元を押さえる。
Aランクといえば、国家規模の依頼や高難度ダンジョンの攻略を任される、冒険者の中でも一握りの猛者だけに与えられる高位の称号だ。
低スキル「ボム・プチ」しか持たず、ギルドの片隅で路頭に迷いかけていた僕が、まさかここまでの高みに到達できるとは、一年前には思いもしなかった。
「感謝いたします、ギルド長」
僕が深く一礼すると、ギルド長は柔らかな笑みを浮かべ、真剣な眼差しで言葉を続けた。
「だが、蓮よ。喜びも束の間だが、ひとつ留めておいてほしいことがある。……佐藤の供述により、彼に寄生核を授けた魔王ヴァルザードの影が、この大陸の各地で蠢き始めていることが分かった」
「ヴァルザードの影……」
「そうだ。佐藤のケースは、ほんの序章に過ぎん。世界各地でチート能力に溺れた者や、異形の力を与えられた者が芽吹き始めている。……世界は今、密かに激動の時代へ突入しようとしているのだ」
ギルド長の言葉に、僕の胸の奥で静かな闘志が芽生えた。
僕たちが成し遂げた佐藤の解放。
だがそれは、世界を脅かす巨大な悪との戦いの、ほんの「始まり」に過ぎないのだと。
ギルド本部を出た僕たちは、その足でバログの鍛冶工房へと向かった。
「バログさん! 帰ってきたよ!」
工房の扉を開けると、そこには相変わらず金槌を手に汗を流しているバログの姿があった。彼は僕たちの顔を見るなり、目を見開いて手にしていた作業道具を放り出した。
「小僧……! 無事だったか!」
バログは太い腕で僕の肩を掴み、そのまま背中の矢筒へと視線を走らせた。
「あの矢……『新・風切三羽矢』はどうなった!?」
「無事だよ。傷一つついてない」
僕は背中から光を放つ一矢を引き抜き、バログへと手渡した。
バログはまるで宝物を扱うように慎重に矢を受け取り、重甲亀のアイアンコアの結合部を透かし見た。
「す……凄まじい……! あれほどの衝撃と超高周波ドリル回転に耐えて、目に見える摩耗すら零だと……!? 俺の職人人生で、最高の傑作だ……!!」
バログは涙ぐみながら、自慢の髭を撫で回した。
「バログさん、この矢と、量産してくれた汎用超貫通矢があったから、僕は仲間を守り、勝つことができた。本当にありがとう」
「礼を言うのは俺の方だ、蓮。俺の作った鏃を、これ以上ない完璧な『理』で扱ってくれたんだからな!……よし、次はお前たちのAランク昇格祝いだ! 今夜は俺の奢りで酒場を貸し切りにしてやる!!」
「わーい! バログさん太っ腹ー!」
ウィネットが跳び上がって喜び、シルフも嬉しそうに微笑んだ。
宴もたけなわとなり、賑やかな酒場を少し抜け出して、僕たちは王都を一望できる小高い丘の上に立っていた。
夜風が心地よく頬を撫でる。
見下ろす王都の街並みには、温かな生活の光がキラキラと灯っていた。
「蓮さん……」
シルフが隣に並び、遠くの夜空を見上げた。
「私たち、本当に遠くまで来ましたね。最初は小さな依頼をこなすだけで精一杯だったのに……Aランク冒険者になって、王都を守って……」
「あたしも、蓮さんとシルフに出会えて本当によかった。この世界が、毎日すっごく楽しくなったもん!」
ウィネットが背中から抱きついてくる。
「僕もだよ。ふたりがいてくれたから、和弓の理とボム・プチの工夫で、ここまで戦ってこられたんだ」
僕は背中の矢筒と、手に握りしめた弓の感触を確かめた。
僕が持っているスキルは、相変わらず「ボム・プチ」という生活魔法レベルの低スキルだ。
だが、弓道で磨いた技術と物理法則を応用したハックがあれば、どんな理外のチート能力をも穿ち抜くことができる。
そして、僕にはかけがえのない仲間たちがいる。
夜空の向こう——まだ見ぬ広大な大陸の先には、魔王ヴァルザードの脅威や、さらなる強敵たちが待っているだろう。
(でも、僕たちなら大丈夫だ)
どんな困難が立ちはだかろうと、僕の弓と仲間が必ず新たな道を穿ち開いていく。
「行こう、ふたりとも。……新たなる旅路へ」
僕の言葉に、シルフとウィネットが力強く頷いた。
満天の星空の下、僕たちの新たなる物語が、今ここから静かに幕を開けるのだった。




