第68話:悪を射る
暗黒の煙を美しく切り裂き、風のバレルを一筋の白銀の光となって疾走する『新・風切三羽矢』。
毎秒数万回転という凄まじいドリル回転運動と、風切羽による空気抵抗ゼロの滑空。
そして矢の末端で炸裂し続ける『ボム・プチ』の指向性ロケット推進。
その運動エネルギーは、もはやこの世界のいかなる物理的質量をも凌駕していた。
「ひ……ヒィィィィッ……!!」
佐藤の眼球が、死の恐怖で極限まで見開かれる。
彼は必死に右腕を掲げ、最後の悪あがきとして高濃度の魔力障壁を首元に集中させようとした。
だが、遅すぎた。
シルフの極冷によって空気分子の伝播は固定され、ウィネットの無風バレルによって直線上の射路は完全に固定されている。
さらに、僕がさきほど放った矢が穿った位相の隙間へと、寸分の狂いもなく『新・風切三羽矢』の鏃が飛び込んだ。
『チュドズバァァァァァンッ!!!!』
佐藤が必死に展開した密度の壁は、ガラス細工のように呆気なく粉砕された。
超高周波のドリル回転と、鏃の隙間で連射される『ボム・プチ』の微爆縮衝撃波が、佐藤の多重歪曲障壁をミクロン単位で穿ち、こじ開け、削り砕く。
防壁の破片がキラキラと七色の光となって飛び散る中、矢はついに——佐藤の右首筋へと到達した。
(——そこだっ!!)
僕の放った『新・風切三羽矢』が、標的の真芯を捕らえる。
狙うは佐藤の皮膚でも、彼の頸動脈でもない。
彼の右首筋から鎖骨にかけて禍々しくへばりつき、黒紫色の魔力を撒き散らし続けている侵食の元凶——『寄生核』。
『ドドズスゥゥゥゥンッ!!!!』
吸い込まれるように、『新・風切三羽矢』の三面極圧尖端が、脈動する寄生核の「真ん中」へと突き刺さった!
「ガハッ……!? ぐ……あぁぁぁぁぁっ!?」
佐藤の口から、吐血とともに絶叫が跳ね上がる。
しかし、矢は佐藤の首の肉体や骨を傷つけることはなかった。
重甲亀の高密度鏃は、弓の精密な弾道制御とボム・プチの微爆縮ハックにより、佐藤の生体組織と寄生核の「境界線」を完璧に見極めていたのだ。
『キュイィィィィィィィィン……ッ!!』
寄生核の芯に突き刺さった瞬間、矢軸の超回転と、
鏃内部に仕込まれた第二の『ボム・プチ』による局所微爆縮波が、寄生核の細胞構造へ向けて一気に解放された。
爆発ではない。
佐藤の体を吹き飛ばすような、乱暴な破壊ではない。
超音波のごとき超微細な高周波振動と爆縮波が、寄生核を構成する異界の魔導細胞の分子結合だけを、ピンポイントでミリ単位、ミクロン単位で完璧に剥離・分解していく。
「あ……が……あ……っ!?
僕の……僕の……核(力)が……っ!?」
佐藤の右首筋でうねっていた黒紫色の肉塊が、ピキピキと白い亀裂を全身に走らせた。
肉片が飛び散ることも、血が噴き出すこともない。
ドリル回転の運動エネルギーと微爆縮の衝撃波を受けた寄生核は、内部から砂時計の砂のように粒子化していき——
『サラサラサラサラ……ッ』
一瞬にして黒い微粒子となって風に舞い、跡形もなく消滅・崩壊していった。
肉体を一切傷つけず、へばりついていた寄生核のみを細胞レベルで消去する——まさに、弓道の精密射撃と物理ハックが成し遂げた「神業」だった。
ズガァァァァァァンッ!!
寄生核を穿ち抜いた『新・風切三羽矢』は、そのまま減速することなく直線状に飛翔を続け、佐藤の背後にある巨大な磁鉄鉱の岩壁へと深々と突き刺さった。
岩壁の奥深く数メートルに沈み込んだ矢は、そのドリル回転の余波で山全体を微かに振動させた後、静かにその運動を停止した。
「「「………………」」」
坑道内の巨大な空洞に、信じられないほどの静寂が訪れた。
天井から降り注ぐ黒い稲妻も、空間を圧迫していた重苦しい暗黒魔導の波動も、まるで最初から存在しなかったかのように、潮が引くように消えていく。
「あ……ぁ……っ」
首筋から寄生核が消え去り、宙に浮いていた佐藤の身体が、重力に従って地面へと力なく落下した。
ドサリ、と冷たい岩盤の上に倒れ込む佐藤。
彼の右首筋には、血の一滴すら滲んでいなかった。
へばりついていた禍々しい肉塊は綺麗に消え去り、そこにはただの滑らかな、人間の皮膚だけが残されていた。
「貫いた……。
佐藤の肉体を傷つけずに……あの寄生核だけを……穿ち砕いた……!」
ウィネットが呆然とした声を漏らし、手に纏わせていた風の刃を消した。
「信じられません……。
超高周波ドリル運動とボム・プチの微爆縮を重ね合わせ、異形の寄生組織だけを細胞レベルで分解消滅させるなんて……!
蓮さんの『和弓の理』は……魔法の領域すら超越しています……!」
シルフが杖を握りしめたまま、胸を激しく上下させて僕を見つめる。
僕は、ゆっくりと弓を押し倒し、静かに呼吸を整えた。
手に残る、確かな手応え。
バログが作ってくれた最高の矢と、シルフとウィネットの信頼。
そして、僕が日本で培ってきた弓道の全てが結実した一射。
(終わったんだ……)
緊張の糸が解け、全身の筋肉から一気に熱が抜けていくのを感じながら、
僕たちは静かに倒れた佐藤の元へと歩み寄った。




