第67話:『会』
「死にたくない……! 僕が……僕が消えるわけがないんだぁぁぁッ!!」
佐藤の絶叫が、極冷で凍てついた採掘場跡に引き裂くように響いた。
死の恐怖と莫大な拒絶反応に駆られた右首筋の『寄生核』が、どくんどくんと鼓膜を振るわせる激しい異音を立て、狂暴に蠢く。
寄生核から吹き出す漆黒の脈動は、すでに佐藤の意思すら飲み込み始めていた。
彼の右半身の皮膚が不気味に隆起し、黒紫色の魔導繊維が筋肉や血管に強引に絡みついていく。
スキルの能力と寄生核の過剰出力が混ざり合い、佐藤の頭上に、巨大な不吉の塊——『圧縮暗黒臨界弾』が生成され始めていた。
「橘ぁぁぁッ! お前も、その女たちも……この山ごと消し去ってやる!!」
空間そのものを圧砕するほどの漆黒の球体。
高濃度磁鉄鉱の岩盤が、その圧倒的な重力と魔圧に耐えきれず、ミシミシと悲鳴を上げて砕け散っていく。
「蓮さん……っ! 佐藤さんの魔力が臨界点を超えようとしています!」
シルフが全身の魔力を絞り出し、杖から極冷の壁を広げ続けるが、暴走する暗黒の圧力にじわじわと押され始めていた。
「持ちこたえて、シルフ! 蓮さんなら……蓮さんの矢なら絶対に届くから!!」
ウィネットも必死に歯を食いしばり、風のバレルを固定し続ける。
風圧で彼女の髪が激しく揺れ、額から汗が流れ落ちる。
ふたりの限界を超えた必死のサポート。
その背中を視界の端に収めながら、僕はただ静かに、弓を引き絞る『会』の境地へと深く潜り込んでいた。
周囲の爆音も、狂暴な魔力の威圧感も、僕の意識からはスッと遠のいていく。
(静かに……深く……)
身体の中心線(胴造り)は微動だにしない。
左腕の「押し」と、右腕の「引き」が、寸分の狂いもなく左右均等に引き合っている。
頬に触れる矢の感触。
胸に触れる弦の感触。
そして、狙いはただ一点——佐藤の右首筋にへばりつき、黒い脈動を撒き散らす『寄生核』の中心点。
(弓の弾性エネルギーを極限まで蓄え……『ボム・プチ』を極限まで圧縮する)
矢筈と、重甲亀から削り出された『新・風切三羽矢』の鏃の基部。
そこにセットした僕の全魔力『ボム・プチ』が、熱量を失った極小の爆縮種となって、高密度に凝縮されていく。
バログが情熱を注いで磨き上げた、重甲亀アイアンコアの圧倒的な質量。
風切鳥の羽が持つ、空気抵抗を物理的に無効化する異界の理。
シルフが凍らせた大気の静寂。
ウィネットが切り拓いた絶対無風の道。
そして、僕が日本で毎日毎日、身体に叩き込んできた『弓道』の呼吸と動作。
全てが組み合わさり、ひとつの「極致」として弦の上に結実していた。
「消えろぉぉぉぉぉッ!! 橘ぁぁぁぁぁッ!!」
佐藤が両手を振り下ろすと同時に、天井に届くほどの巨大な『圧縮暗黒臨界弾』が、空間を押し潰しながら僕たちへ向けて解き放たれた。
岩盤が砕け、衝撃波が空洞を削り取る。
逃げ場などどこにもない。
防ぐ術など、いかなる魔法にも存在しない絶対の破壊。
だが——僕の心は、鏡のように清らかに澄み渡っていた。
(満ちた……)
弓と、矢と、射手と、標的。
全ての条件が完璧に重なり合い、離れるべき「その瞬間」が訪れる。
意識して指を離すのではない。
満ち引きの波が海岸を離れるように、自然と、自ずから手離れる——。
『離れ』——!!
バシィィィィィィィィンッ!!!!
澄み渡る弦音が、崩壊する空洞の全てを打って響き渡った。
『カァァァァンッ!!』
直後、矢の末端で極限まで圧縮された『ボム・プチ』が、完全な指向性爆縮となって炸裂した。
音速を遥かに置き去りにする、異次元の推進力。
放たれた『新・風切三羽矢』は、空気を切り裂く音すら残さなかった。
風切鳥の羽が摩擦抵抗を完全に殺し、通過した空間には一本の細く美しい『白銀の光軸』だけが取り残される。
螺旋溝が空気の微小な流れを噛み、毎秒数万回転という凄まじい回転運動を開始。
迫り来る巨大な暗黒臨界弾の正面へと、新・風切三羽矢が突入した。
『チュドバァァァァァァンッ!!』
暗黒の質量塊の真芯へ、鏃が突き刺さる。
接触の瞬間、鏃内部の『ボム・プチ』が超音波爆縮波を連射。
高密度の魔力の塊を、回転の超運動エネルギーと局所爆縮衝撃波が、分子レベルで内側から削り砕いていく。
巨大な暗黒臨界弾は、僕たちの元へ届く前に——
たった一本の矢によって中心から真っ二つに穿たれ、左右へと爆散・瓦解していった!
「な……なにぃぃぃぃぃっ!?
僕の最大魔法が……裂かれた……!?」
絶叫する佐藤の視界の先。
暗黒の爆煙を突き抜け、白銀の光軸と化した『新・風切三羽矢』が、ウィネットの無風バレルを駆け抜け、寸分の狂いもなく彼の首元へと肉薄する。
「う……あ……あああああッ!!」
もはや避けることも、防ぐことも叶わない。
究極の一射が、狂気と宿命の果てに、ついに牙を剥いた。
読者の皆様は「極限に集中した」ことはありますか?
『集中』と一言に表現することはできますが、様々な種類、度合いがあるように思います。
例えば、工作や絵を描く際など、何かを作る時も『集中』をすると思います。このような場合の『集中』をしながら様々な思考を巡らせて取り組んでいると思います。
ですが、弓道における『集中』はそれと違います。
ただ一カ所の的を見続け、体が覚えた「弓を引くための動作」を無心で行います。
弓道競技において、一本のミスが勝敗を分けます。
外すことができない極限のプレッシャー。
この状況での『集中』の状態は「弓を引くための感覚だけ」が研ぎ澄まされています。それ以外の情報(誰が観ているか、環境音、気温、風など)は全て遮断されているといっても過言ではないです。
その状況下を制し、対戦相手に勝った時の達成感はまさに「やみつき」です。
※本来、弓道を行う心構えとして、「勝ち」を目標として行うことはあまり望ましくありません。
『正確に弓を引き続け、外すことなく試合を終える。その結果、「勝ち」という結果が伴った。』という気持ちが恐らく望ましいのだと思います。
まさに『正射必中』の理です。




