第66話:極冷・圧縮風・爆縮の三重奏
「や、やめろ……来ないでくれ、橘ぁぁぁッ!!」
尻餅をついたまま、地煙を上げて後退する佐藤の叫びが、空洞内に虚しく響き渡った。
先ほどまでの圧倒的な全能感と高笑いは影を潜め、その顔には生々しい動揺と死への恐怖が色濃く張り付いている。
「なぜだ……! なぜ僕のスキルと寄生核の力が、お前のような低スキルな奴に破られるんだ……!? 僕は選ばれたんだ! 異世界で特別な存在になるはずだったんだぞ!!」
佐藤が取り乱しながら右首筋の『寄生核』へ手を当てると、黒紫色の肉塊が自衛本能からか、これまでにないほど狂暴に脈打ち始めた。
ドクンッ! ドクンッ! と不快な脈動音が空洞内に鳴り響き、彼の全身から湧き出る暗黒魔導が過剰に跳ね上がる。
『ガガガガガガッ……!』
寄生核は宿主の危機を察知し、佐藤の本来のスキルの出力を極限まで強引に引き出そうとしていた。
周囲の磁鉄鉱の壁が激しく砕け散り、黒い稲妻が空洞全体を覆い尽くす。
「蓮さん! 佐藤さんの寄生核が……過剰出力で暴走しようとしています!」
シルフが速やかに前に出て、杖を強く握り直した。
「あたしたちが開けた『道標』を塞ぐつもりだね! させないよ!!」
ウィネットも傷ついた肩の痛みを堪え、両腕に圧縮された風の刃を巡らせる。
「ああ、ふたりとも……最後のサポートをお願いするよ」
僕は静かに告げ、右手で握りしめた『新・風切三羽矢』を弓に番えた。
風切鳥の羽が静かに空気を孕み、重甲亀の高純度アイアンコアがズシリとした確かな質量を僕の指先に伝えてくる。
バログの職人魂、シルフの氷、ウィネットの風、そして僕が積み重ねてきた和弓の「理」。
その全てが結集した、たった一本の「本命」。
「シルフ、極冷で周囲の魔力収縮をフリーズさせてくれ! ウィネット、新・風切三羽矢の軌道上に、絶対無風の真空バレルを重ねてくれ!」
「了解しました! 『絶対極冷境界』——!!」
シルフが杖を地に突き立てる。
杖の先から溢れ出た白銀の極冷波が、津波となって佐藤の足元から空間全体へと広がった。
佐藤の寄生核が強引に集めようとしていた大気中の魔力と空気分子が、絶対零度の極冷によって瞬時に運動エネルギーを奪われ、カチリと音を立てて熱運動を停止する。
「な……っ!? 魔力の集束速度が……落ちる……!?」
「あたしの番だよ! 『絶対穿空バレル』——貫けぇぇぇッ!!」
ウィネットが旋風を解き放つ。
先ほど予備矢が穿ち抜いた弾道孔を追うように、超極細に圧縮された無風の風の筒が、僕の弓手から佐藤の右首筋——寄生核の真芯へと向かって一直線に固定された。
高濃度磁鉄鉱の粉塵も、佐藤が放とうとしていた黒い稲妻も、ウィネットの風のバレルによって完全にシャットアウトされ、僕と標的を直線で繋ぐ「絶対の射路」が完成する。
「お前ら……お前らぁぁぁッ!! 邪魔をするなァァッ!!」
佐藤が狂乱し、首筋の寄生核から溢れ出る暗黒魔導を周囲に破れかぶれに撒き散らした。
黒紫色の巨大な魔導弾や炎の槍が乱れ飛ぶ。
だが、シルフの極冷によって集束を阻まれ、ウィネットの真空バレルによって軌道を弾かれたそれらの攻撃は、僕の立つ場所へと届く前に空しく側方の岩壁へと叩きつけられ、虚しく爆砕していった。
「無駄だ、佐藤」
僕は静かに一歩踏み出し、左足の爪先を佐藤の首筋へと向けた。
「僕たちが積み重ねてきたものは、ただの『チートの暴力』じゃない。お前がゴミクズだと見下した絆と、理屈と、磨き続けた術だ」
姿勢を垂直に正し、身体の中心軸を完璧に定める
新・風切三羽矢を弦に番え、矢筈と鏃の隙間に、僕の全魔力——『ボム・プチ』の爆縮エネルギーを極限まで充填していく。
矢軸の周囲に、薄桃色の微小な爆縮の気泡が、高密度に凝縮されていく。
弓を頭上高く、静かに掲げ上げる。
「ひ……ヒィッ……! 来るな……来るなあああッ!!」
佐藤は目を見開き、自身の周囲に展開できる限りの魔力障壁を重ね合わせようと狂奔する。
だが、一度シルフとウィネット、そして僕の予備矢によって「位相の隙間」を解明され、フリーズさせられた彼の防壁に、もはや無敵の死角は存在しなかった。
「……ふぅー……」
深く、深く、息を吐き出す。
大気を引き裂くように、弓を左右均等に押し引きしながら引き降ろしてくる。
弓がギリギリと重厚な鳴りを上げ、弦が僕の頬と口元に完璧に収まる。
弓を引ききった極限の静寂——『会』。
風切鳥の羽が空気を完全に殺し、重甲亀で最高峰の鏃が、佐藤の右首筋にある『寄生核』の中心点を捉えている。
(和弓の弾性エネルギー + 風切羽の空気抵抗ゼロ + らせん溝のドリル超回転 + ボム・プチの指向性推進……)
全ての物理条件と魔導ハックが重なり合い、美しい方程式の解が、僕の指先で弾けようとしていた。




