第65話:方程式の証明
「ハッハッハ! 諦めが悪すぎるぞ、橘ぁッ!!」
空洞の中心で高笑いする佐藤の周囲で、紫黒い魔力が暴風のように渦を巻く。
右首筋にへばりついた寄生核がドクンドクンと脈打つたびに、空気の屈折率が狂い、彼の姿が蜃気楼のようにユラユラと歪んでいた。
だが、僕の眼にはもう、その「タネ」が見えていた。
「シルフ、ウィネット。僕の指示通りに魔力を集中させてくれ」
「はいっ! 蓮さんの方程式……見届けてみせます!」
「あたしも準備完了だよ! あの気取り屋のメッキ、剥がしてやろう!」
シルフが杖を力強く握り締め、ウィネットが傷ついた肩をかばいながらも鋭い視線を佐藤へ向ける。
僕たちの作戦はこうだ。
まず、シルフの極冷魔導で佐藤の周囲の空気密度を急激に下げ、寄生核が作り出している超高周波の空気振動を物理的に熱運動ゼロへ凍結させる。
次に、ウィネットの極限圧縮された風で直線状の「無風の真空バレル」を固定し、高濃度磁鉄鉱粉塵による大気の乱反射をシャットアウトする。
そして最後に、僕が解き放つドリル矢の先端で、
『ボム・プチ』による局所的な超高周波衝撃波を爆縮発生させ、佐藤の残された空気の疎密境界を物理的に破砕しながら貫通する。
「無駄だ無駄だ無駄なんだよ!
僕の『多重歪曲障壁』は完璧なんだ!
雑魚が三人がかりで何を企もうと、僕の領域は破れない!!」
佐藤が右手を掲げ、空洞の天井から巨大な暗黒の槍を何十本も生成し、僕たちへ向けて一斉に振り下ろした。
『ドガガガガガガガガッ!!』
「今だ、シルフ!!」
「『絶対絶対零度(絶対極冷波)』——ッ!!」
シルフが叫びとともに、全魔力を杖の先から解き放つ。
純白の氷結晶の波動が佐藤の足元から一気に駆け上がり、降り注ぐ暗黒の槍の群れごと、佐藤の周囲数メートルの空間を包み込んだ。
「何……!? 凍結魔法……!?
フン、そんなもので僕の魔力波動は止められ——」
佐藤の嘲笑が途中で凍りついた。
シルフの放った極冷は、佐藤の身体を氷漬けにするためのではない。
彼の周囲に存在する「大気分子の運動エネルギー」そのものを極限まで奪い去るためのものだ。
空気分子が熱運動を失い、固直する。
寄生核がどれだけ超高周波の魔力振動を送り込もうとも、振動を伝えるべき空気分子自体が極冷によって動けなくなり、多重歪曲障壁の「疎密の波紋」がピタリと停止したのだ!
「なっ……魔力波動の伝播が……打ち消されている……!?」
「ウィネット、今だ!!」
「任せてっ! 『旋風無風バレル』——切り開けぇぇぇッ!!」
ウィネットが両腕を突き出す。
シルフがフリーズさせた極冷の空間へ向けて、超極細に圧縮された螺旋の風が一直線に突貫した。
磁鉄鉱の粉塵と乱雑な空気が瞬時に左右へ押し散らされ、僕の立つ場所から佐藤の右首筋——寄生核の真芯へと繋がる、「完全な真空の風のバレル」が一瞬だけ出現した。
「バカな……! 風と氷の二重魔法で、僕の防壁の伝播を打ち消し、射路を固定しただと……!?
だとしても無駄だ! 僕の寄生核が放つ密度の壁そのものは突破できん!!」
佐藤が焦燥に駆られ、右首筋の寄生核から出力を最大に引き絞る。
最後の抵抗として、首元だけに超高密度の魔力高圧膜が凝縮される。
「解は……もう出ている!」
僕は右足を力強く踏み込んだ。
姿勢を垂直に正し、全身の軸を固定する。
弓筒から引き抜いた汎用超貫通矢を、吸い付くような所作で弦へと番えた。
矢の末端と鏃の隙間に、僕ができる最大で最弱の魔法『ボム・プチ』の爆縮魔力を極限までセットする。
弓を静かに高く掲げ上げる。
「……ふぅー……」
世界から全ての雑音が消え去った。
視線は、ウィネットが開いた「風のバレル」の先、
佐藤の右首筋に蠢く『寄生核』の真芯ただ一点。
滑らかに、そして重厚に弓を引き降ろす。
弓がギリギリと軋み、限界の弾性エネルギーを蓄えていく。
引ききった極限の静寂——。
シルフの極冷が空気の振動を固定し、ウィネットの風が弾道を一筋の光とし、バログが鍛え上げた重甲亀の鏃が鈍い光を放つ。
異世界で出会った仲間の想いと、僕が日本で磨き続けてきた『和弓の理』。
そして、低スキル『ボム・プチ』の物理的ハック。
その全てが、いま完璧なひとつの方程式として完結した。
『離れ』——!
バシィィィィィンッ!!!!
『カァンッ!』
爆音とともに放たれた汎用超貫通矢は、
音速の数倍の超ロケット推進となって風のバレルを駆け抜けた。
らせん溝が空気を受け止め、毎秒数万回転という異常な超高速ドリル運動を開始。
佐藤が首元に展開した最後の高圧空気の密度の壁へ、矢の先端が到達する。
『チュドバァァァァンッ!!』
接触の瞬間、鏃内部の『ボム・プチ』が超音波爆縮波を連続連射。
高圧の空気壁と、ボム・プチの微爆縮衝撃波が正面衝突し、密度の境界線がドリル回転の運動エネルギーによって粉砕・こじ開けられていく!
「な……なにぃぃぃぃぃっ!?
僕の防壁が……物理的にドリルで穿たれて……崩壊していく……!?」
佐藤の目が驚愕で飛び出さんばかりに見開かれた。
多重歪曲障壁の位相隙間を完璧に捉え、超高密度金属と超高速回転のエネルギーを殺すことなく、矢はついに防壁の「向こう側」へと突破した!
「届いたぁぁぁぁぁっ!!」
ウィネットが歓喜の叫びを上げる。
ズガァァァァァンッ!!
直線上に突き抜けた汎用超貫通矢は、佐藤の右首筋——脈動する『寄生核』の、目と鼻の先数ミリの空間をかすめ、そのまま背後の巨大な磁鉄鉱の岩盤へと深々と突き刺さった。
「ヒッ……!?」
佐藤は首元をかすめた強烈な衝撃波と風圧に煽られ、
悲鳴を上げて岩座から転がり落ちた。
「ハァ……ハァ……っ!
あ、あぶなかった……!
はずれた……! お前の矢は僕の首を外れたぞ、橘ぁぁぁっ!!」
尻餅をついた佐藤が、引きつった顔で惨めな歓喜の声を上げる。
しかし——。
「はずれてなんて、いないよ」
僕は静かに弓を倒し、冷徹な眼差しで佐藤を見つめた。
「な……んだと……?」
「僕が狙ったのは、お前の首じゃない。
今放ったのは、ただの予備の矢だ。
お前の防壁の『位相隙間』を固定し、穿ち抜くための……道標だよ」
「な……っ!?」
佐藤がハッと息を呑み、僕の手元を見た。
僕の右手には、いつの間にか背の矢筒から引き抜かれた、七色の光を放つ風切鳥の羽を持つ——『新・風切三羽矢』が番えられていた。
本命の切り札。
重甲亀からバログが削り出した、あらゆる防壁と物質を概念ごと穿ち抜く、究極の一射。
シルフの極冷、ウィネットの風、そして僕の予備矢が穿った「完全な貫通孔」。
佐藤の防壁は崩壊し、彼の首筋にある『寄生核』は今、僕の射線上に完全に無防備な姿で晒されていた。
「ひ……ヒィッ……!?」
佐藤の顔から血の気が失せ、ガチガチと歯を鳴らし始めた。
「さあ……決着をつけよう、佐藤」
静かな宣告とともに、僕たちは最後の決戦へと足を踏み入れた。




